第4話 small one

 もう一人も女性、――恐らく年齢はあさ美より二、三歳下の、小柄な人である。

 彼女も大抵は和哉より後に停留所に現れた。しかし彼女がどの方向から来るのかは、かなり早い段階から和哉には分かっていた。彼がバス通りの向こう側へ渡るために信号待ちをしている時、その遠く先に彼女が歩いて来る姿が見えているからである。

 彼女の歩き方は独特である。右肩に掛けたバッグの手提げの部分を右手で握り、『く』の字にした身体でバッグを背負うようにして大股で前に進むのである。その風貌は、まるで和哉がここに転居する前に別れた、――いや、別れて転居したというのがより正確ではあるが、その女性をひと回り小さくしたように思われた。和哉は気づいていなかったが、その殆どがあさ美と対照的だった。

 ところで彼女だが、――先例に倣い、ここからは「Maya(マヤ)」と呼ぶ。と言っても、この名前は和哉の別れた女性に因んでいない。仮にでもそうするのは、彼が望まないと思うからである。飽くまで彼女が持つエキゾティックな雰囲気を、――和哉の彼女に対する印象を形容したものである。

 マヤは、色黒で小顔である。顔面に配置された各パーツの凝縮感に目を奪われる。目鼻立ちがはっきりとして、――とにかく目力が強い。そして、少しだけこけた頬とほっそりした顎、対する心持ち厚めの唇、――これらをストレートで長い黒髪が囲う。それは先程話した歩くさまやこれから話す扮装的なスタイリングと一体となり、何処か人を寄せ付けない、頑なでディフェンシブなエネルギーを放っていた。

 インディゴのタイトなデニムに、十センチはあろうかというヒールにゴールドの装飾メッキのあしらわれた、黒革のパンプスを合わせる。これが彼女のお気に入りのようだった。歩く時はそのヒールを路面にガツガツと打ち付ける。丈詰めを施していないデニムは、脛から下に幾つかのしわを寄せ、弛みを作ることで調整されていた。夏場の上半身は黒のタンクトップに包まれていることが多かった。全身が細身であるにもかかわらず突き出た胸部が妙なアクセントを醸し出していた。

 バスを待つ間のマヤは、決まって酒屋の広場に立つ柱の陰でマイルドを吸った。ステンレス製の吸い殻入れが柱の側面に据え置かれている。彼女はバスが来るまで肺を休めない。――きっと、一日の本数など決めていないのだろう。

「吸っている煙草まであいつと一緒だな……」

 和哉はそう思うことがあった。同時に、いつも同じ黒のパンプスに軽い不快感も抱いた。(つづく)

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