第2話 big one
一人は二十代後半から三十代前半の大柄な女性である。
彼女は大抵、和哉より後に停留所に現れた。和哉は、小さなタオル地のハンカチで汗を拭く彼女の姿が印象に残っている。――と言うことは、彼女が顔見知りとなったのは、暑い時季だったのであろうか。彼の転居は八月の中旬だったが、それがその時の残暑の中だったのか、或いはその明くる年の夏だったのか、彼には記憶がない。いずれにせよ、彼女は、――和哉の中では暑い時季の姿が浮かぶということである。
彼女は白い服装が多かった。と言うより、和哉はそれしか覚えていない。そしていつも彼はこう思った。
「何故、あの体格で白を着るのか?」――余計なお世話である。が、所謂肥満という程ではない。骨太で肉付きがいいのである。恐らく一七〇センチ近くある身長と長い脚も「肥満」を見た目で遠ざけるのに貢献していた。けれども、本人は背の高いのを気にしているのか、いつもヒールの平たいパンプスやサンダルを履いていた。それが七分丈のパンツと共に、丈夫そうな足首を一層引き立てた。
緩めのウェイブの掛かったボリュームのある長い髪は、明るめの茶色で、そのうち少し短くカットされた。時々アップにしていたのを見ると、きっと暑苦しかったのであろう。顔つきは色白で大人しそうな、細い目は黒目がちだった。そして何より目を惹くのは、――ここまで話せば想像に難くない、豊かな臀部だった。白のストレッチパンツに包まれることの多いそれは、何か見てはいけないような、背後に立つ者をはらはらさせる、眩しさがあった。と同時に、大きくどっしりした主張の強いさまは、今どきのスリムな女性にはない、母性を匂わせる安心感を与えてくれるものでもあった。
彼女は、バスを待つ間、そしてバスに乗ってからも、常に文庫を開いていた。両手に持つ文庫はやけに小さく見えた。その小さな的に真剣に食い入る姿は、ひどい肩凝りを案じさせた。そんなにまで彼女を惹きつける内容が何なのか、和哉は少しだけ気になった。
和哉は、初めて彼女を見た時、彼が三十代前半に付き合っていた女性と何処か似ていると思った。彼女は、ちょうどその女性をひと回り大きくした感じだった。
ところで、彼女を――いつまでも名無しの「彼女」としておくのは、この先話を進めるうち、判り難くなるだろうと思う。そこで、失礼を承知の上で、和哉のかつての女性の名に因み、便宜上「あさ美」としよう。
あさ美は、バスを待つのに停留所には並ばなかった。しかしこれは彼女に限ったことではない。歩道の内側に構える酒屋の敷地に、バスを待つ皆が適当な間隔で散らばっているのである。和哉も比較的そうしていた。それ程幅の広くない歩道は、歩行者の邪魔になるばかりでなく、ややもすると後ろから来る自転車に轢かれそうになるからである。(つづく)
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