注意事項

『リセットボタン』


 リセット。やり直し。

 その単語が目に付いた瞬間から、私は紙から目が離せなくなってその先の文章も読み進めた。

『このボタンを押すと、押した本人は六月二十三日の午後七時に戻れます。戻るのは本人の意識だけで、服装や持ち物はその日の物に変わります。』

 押すだけで十日ほど過去に戻れるなんて話を聞いたら普通は嘘だと思う。そんな技術が開発されていたらもっとニュースになるどころか世界が変わるレベルの出来事だと思う。しかし今の私にはそんなのを冷静に判断することはできるわけもなく、もしこれが本当なら……と思わずにはいられなかった。

『使用者の望む未来を手に入れるまで何度でも使用可能ですが、一点だけ注意事項があります。』

 何度でもやり直せるという部分が魅力的な言葉に聞こえると同時に、注意事項という言葉が私の脳裏に刻み込まれる。それさえ守れば、渡辺ちゃんを助けられるのであれば、それがどんなものだった構わないと次の文章に意識を最大限集中させた。

『このリセットボタンの存在を誰にも明かしてはなりません。これ自体は手にした本人にしか見えないし使えませんが、その存在を口外した時点でこのボタンは無に帰ります。友達にも親友にも兄妹にも親にも、誰にも話してはなりません。』

 もっと難しい注文かと思ったけど、ただ単にリセットボタンの事を誰にも言うなというルールだけだった。過去に戻れるボタンを持ってるなんて話をしても信じてもらえるはずがないし、話した時点でそれが使えなくなるのであれば、このルールを破ることなんてほぼなさそうだと思った。

『それでは注意事項を守って、気の済むまでタイムリープの旅をお楽しみください。』

 タイムリープという単語は初めて聞いたけど、多分タイムトラベルとかと同じ意味だろうと予想した。リセットボタンの横に置かれていた紙に書かれていた文章はそれで全てだった。裏返しても何も書かれていなかった。


 リセットボタンの説明書を読んでいたら、いつの間にか涙は引いていて、今はその説明書をもう一度読み直していた。しかしそれ以上新しい文章を見付ける事はなかったし、読み飛ばしもなかった。

 ――リセット……。

 今の私はそれを早く押したい衝動に駆られていた。当然だ。今の私ほど過去に戻りたいと願っている人がどれほどいるのかと言いたくなるくらいに、私は過去に戻りたくて仕方がなかった。

 渡辺ちゃんを助けられるかもしれない。

 いや、これがもし本当に過去に戻れるボタンだとしたら、私は何が何でも彼女を救う。

 渡辺ちゃんのためにも、そして自分のためにも。

 中学校時代の失敗が一瞬だけ脳裏を過ったが、それをすぐに振り払って意識を保つ。

 ――今度こそ、失敗なんてしない。

 まだこの時は、リセットボタンが本物である確証なんて何もなかったのに、私はすでに過去を変えられるつもりでいた。おそらく何度でもやり直せるという部分を鵜呑みにしていたからだと思う。

 私は意を決してボタンを押す。それが本物かどうかはこれでわかるんだし、突然現れたという異質感がどうしてもいたずらに感じられなかったから、私は確信を持ってボタンを押した。

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