七月三日日曜日

リセットボタン

「……」

 気が付いたら日曜日で、もう日も沈んだ夜の時間帯で、私は今まで何をしていたのか最初分からなかった。そこが自分の部屋だと最初分からなかった。顔に纏わりつく湿り気が、なんだが嫌な気分にさせてきたので起き上がって枕を見る。枕が濡れていたからこその湿り気で、そしてその濡れている原因が自分の涙だということに気付くのに少し時間がかかった。

「そうだ……。さっきまで私、泣いてたんだ……」

 その理由も思い出して、また視界が滲み始める。

 出雲に世界史の突破口を開いてもらったあの日の夜、その日唯一の欠席者だった渡辺会子ちゃんが、自宅で死んでいた。自分で手首を切っていて、自殺ということになったらしい。遺言の類がなかったため、なぜ自殺してしまったのかその理由が定かではなく、担任の先生がクラスでいじめがなかったか心配していた。葬儀の席でそういった話を大々的にするわけもなく、とりあえずクラスの中心的存在の私と委員長にだけ先にチェックしておきたかったんだと言っていたのを思い出す。そのやり取りは覚えているのに、自分が何て答えたのかもう覚えていない。多分答えられないくらい酷い状態だったんだろう。もしかしたら委員長が答えてくれたから私は答えなかったのかもしれない。でもどちらにせよ、いじめなんてあるはずがなかった。私はクラスの皆と仲良くなったつもりでいたんだから。

 それが自己満だと思い知らされて、思い出して、涙が溢れ出た。

「うぅぅ……、あぁぁ!」

 渡辺会子ちゃんが死んだことはもちろん悲しいけど、それ以上に、その自殺を止められなかった自分に悔しさを覚えていた。

 渡辺ちゃんともっと仲良くなっていれば、もっと親しくなっていれば、心の支えになっていれば、この自殺は止められたんじゃないかという自責の念が強く、重くのしかかる。

 渡辺ちゃんは音楽を聴くのが好きで、最初に話しかけた時もイヤホンを付けていた。教室の隅で静かに佇む姿からは想像もできなかった、ロックな音楽が好きというのが印象的だった。その音楽の話を色々聞いてみて、その好きなアーティストの話をする時のちょっと饒舌になる部分とかも好きで、音楽に対する愛が凄いなって思ったんだ。R.W.Sっていうそのアーティストの音楽は私も勧められてからはよく聞くようになって、新曲の話も先週したばっかりだった。

 クラスでは私以外に話相手を作ろうとしなかった渡辺さんだったから、私が何とかしてあげるべきだったんだと、後悔しかできなくなっていた。

 私がもっとちゃんと渡辺ちゃんの事を見ていれば、自殺する兆候を見付けられたのかもしれなかったのに。

 私がもう友達になったなんて勘違いをしていなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。

 私がもっとちゃんとしていれば……!



 コトッ。



 私自身、何でその音に気付けたのか分からなかった。本当に微かな音だったのに、何故か妙に頭に響いたその音の発信源に、無意識的に視線を動かしていた。

 

 さっきまで何もなかったはずの枕元に、真っ白なボタンが置かれていた。

 円形で、押せばピンポンと鳴りそうなそのボタンは、確かにさっきまでそこになかったはずだし、私の部屋に置いてあるようなものでもない。

 よく見るとそのボタンのすぐ横には紙も置いてあって、その一番目立つ場所に大きな字でこう書かれていた。


『リセットボタン』


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