勉強会
「はいじゃあ後は皆さん頑張って試験に臨んでくださいね」
六時間目の現国の先生が試験前最後の授業であることを告げつつ、今日の授業が全て終わった。
来週の水曜日から期末試験のため、今週の水曜日から部活は活動休止。そのため六時間目が終わってもすぐに動き出す人はほとんどいなかった。真っ先に動いたのは私と委員長の合口ちゃんだった。
「それじゃあ今日も数学で聞きたい事がある人は前に集まってください」
「後ろは今日は自主勉ってことでお願いね」
いつもなら理系科目、特に数学の対策が教室の前で委員長主導で行われて、後ろで私主導の文系科目の対策が行われるのだが、今日だけは個人的な理由で自主勉にしてもらうことにした。
「今日はどうしたの?」
委員長がその理由を尋ねてきたので、そのままクラスの皆にも向けるように答えた。
「今日は出雲に世界史の特訓をしてもらうからなの。だから日本史とかの対策はまた来週で」
それに委員長とクラスの皆が納得して、委員長の指示が出てから皆で机を動かし始めた。この放課後の勉強会も今日で三日目なので、皆慣れた動きで机を動かしていった。
「出雲、今日はお願いね」
「お任せなさい、利理。今日という今日はあなたの世界史の点数をアップさせますわ!」
出雲が自信満々に答える。今朝からかなりこの調子だったので、一体どんな対策を用意してきたのか楽しみで仕方なかった。その答えももうすぐわかる。
「ぼ、僕も一緒で良い?」
桐生が私と出雲の所にやってきていた。相変わらずの猫背だった。
「別に私は良いけど……」
赤点脱出対策を出雲から受けるわけだから、すでに平均点どころか九十点を超えても良いくらいに勉強している桐生には意味がないんじゃないかと思う。加えて今回の先生役は出雲だから、出雲が許可するのかどうかを一応確認してみた。
「私も構いませんわよ。世界史の成績が優秀な桐生さんにも私の対策が如何に利理に有効かチェックしてもらいたいですから」
不敵な笑みで桐生を見据える。まるで桐生が私の世界史の成績を変えられなかったけど、私はできるわよと自慢しているみたいな言い方だった。桐生が少しムッとした表情を見せる。この二人のお互いに対する対抗心は相変わらずだった。
「それで、今回はどんな対策なの?」
このままだと口喧嘩でも始めるんじゃないかという険悪な雰囲気が出始めたところで、私が出雲に尋ねる。
「今回はこれですわ!」
カバンからファイルを取り出し、そしてそのファイルから数枚の紙を見せてきた。
「これで世界史の勉強をしましょう!」
パッと見では教科書の文章をそのまま書きだしてきただけの文章だった。
「これが私対策なの?」
机の上に広げられた紙を私と桐生で見回す。すると桐生がアッと小さく驚いたような声を上げた。
「も、もしかしてこれ……」
桐生が指差した場所に目を向ける。そこには『路辺州日得』と赤く書かれていた。
「ロべスピエール……?」
「その通りですわ!」
桐生の答えに出雲が大きな声で応えた。
「利理が外国人の名前を覚えられないのはカタカナ表記が苦手だと考え付きましたので、今回のテスト範囲の人物名を全て漢字表記にしてきましたわ!」
それをまとめたのがこの紙ですわと説明を加える。言われてから文章を良く見ていくと、確かに所々意味不明な漢字の羅列がいくつかあった。これが全て人物名なんだと認識できた。
「『路辺州日得』……ロベスピエル……、ロベスピエールね!」
まだ一人目だったけど、それが読めたことがちょっと楽しくて、何よりカタカナよりも確かにこっちの方が目に付くから、凄い意識が集中させやすかった。
「あ、これなら覚えられるかも」
「ほ、本当!?」
桐生が予想外の反応だと言わんばかりの声を上げた。ちゃんとカタカナ表記で覚えられる桐生からすれば、これはむしろ覚えにくいのかもしれないけど、でも私にはこれまでとは違う、確かな手応えを感じていた。
「うん、漢字の方が覚えやすいし、何よりこの漢字の読み方を考えるのが楽しい。世界史の勉強で面白いって思ったのは初めて」
その私の反応に満面の笑みを浮かべているのが出雲だった。
「どうやら私の予想が当たった見たいですわね。これなら利理も楽しくできると思ったんですのよ!」
出雲が古風な貴族のようにオーホッホと笑った。
「これなら確かに赤点脱出できそう……!」
言いながら私は出雲の紙から目が離せなかった。漢字の羅列を見付ける度にどう読むんだろうかとあれこれ考えるのが楽しくて仕方なかった。出雲に質問しながら答えを見付けていき、その日はテスト範囲に出てくる人物の名前をひたすら覚えた。カタカナだけで覚えるよりも手間がかかるのに、いや手間がかかる分、頭に定着していく感覚が確かにあった。
中学の時から苦手だった外国人の名前をこんな形で克服できるとは思わなくって、私はこの対策を教えてくれた出雲に感謝の気持ちで一杯になった。
長年の悩みを解決できそうになったその日は、いつもよりも勉強会の時間の進みも早く感じて、気が付いたら下校時間の六時になっていた。
七月最初の日はこれ以上ない幸せな気持ちで終わった。この日が全ての悲しみの始まりとも知らずに。
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