誕生日
「利理、早く行きますわよ!」
四時間目の授業もつつがなく終了し、前の席にいる出雲が振り返りながら席を立つ。今はお昼休み、つまり昼食の時間なので、出雲が行こうと言っているのは学食の事である。福徳高校には学食があって、生粋のお嬢様である出雲にとっては庶民の味が食べられるということでかなり気に入っている。それは毎日学食で昼食を食べていることからも良く分かった。
私はというと母親から定期的に料理も勉強しなさいと言われていて、お弁当を自分で作ることもあるし、学食に頼ることもある。ちなみに来週に試験を控えている今は完全に学食頼りである。それともう一つ理由があって……。
「あ、ちょっと待って」
すでに教室のドアまで歩いている出雲に待ってもらって、私はカバンの中からお菓子の袋を取り出す。出雲とは逆方向にいる柿谷君の名前を呼ぶ。柿谷君は男子生徒数名と昼食用に机の配置を変えているところだった。
「今日誕生日でしょ、おめでとう!」
誕生日を祝福しながらお菓子を手渡す。私の行動をきっかけに、周りの男子たちもおめでとうと次から次へと祝福した。柿谷君は少し照れくさそうにしながらもお菓子の袋を受け取ってくれた。
「ありがとう、いやー本当に覚えてくれてたんだな」
「俺ももらったけど、それ美味かったぜ。しかも手作り」
「マジ!?」
すでに誕生日を迎えていて私からクッキーをもらったことのある大川君が柿谷君に食べてみろと勧める。
クラス全員と仲良くすることを目標にしている私は、入学式から数日で全員の連絡先と誕生日を聞き出していた。誕生日には私の手作りのクッキーをプレゼントとして渡すことで、友好を深めようと考えていたからである。これだけは試験に関係なく守ろうとしているため、お弁当も作るとなると勉強の時間が減ってしまうのも昼食を学食にしている理由の一つである。柿谷君で九人目なので、クラスでも私のこの行動はほとんど日常的な風景の一つになっていた。
柿谷君が私に食べていいかと聞いてきたので、遠慮なくどうぞと答えた。
「ウマッ! サクサクで食べやすいし、甘さもちょうどいい。これなら何個でも食べられる!」
何だかテレビのグルメリポーターみたいな感想を言った柿谷君に、私だけでなく大川君たちも笑う。
「なんだよその下手くそなリポート」
「いやでもマジで美味いって。ありがとうな、橋口」
改めてお礼を言われてどういたしましてと返す。正直自分のための料理は億劫だけど、こうやって誰かに美味しいと言ってもらえるのはかなり嬉しい。今の私は多分結構だらしない笑顔だと思う。
「相変わらずですわね、利理」
「わ、出雲。ごめんね待たせちゃって」
後ろからヌッと出雲が出てきたのでちょっとびっくりした。
「いいえ、大丈夫ですわ。それよりも柿谷さん。利理からの手作りクッキーなんですから、しっかりと味わって、その恩に感謝しながら食べるんですのよ!」
「なんでそんな堅苦しい食い方しないといけないんだよ。こんなに美味しいクッキーだったらパクパク食べたくなるっての」
出雲の言葉に行動で返すように二つ三つとドンドンクッキーを平らげる。もう半分以上食べてくれたのを見て、私は内心さらに嬉しくなっていた。
「ムムム、私も食べてみたくなってきましたわ。一つくらい分けなさい」
「やだね。これは俺のだ」
そういって残りを全部口に入れた柿谷君。最後にごちそう様と手を合わせて私に再度感謝を示した。出雲がそれを見て心底悔しそうにキーッと口を歪ませていた。
「能登……、お前どんだけ食いたかったんだよ?」
私もそこまで出雲が食べたがっていたとは知らなかったからちょっと驚いている。でも確か……。
「でも出雲って一昨日誕生日だったでしょ?」
「そういえばこないだ食ってたな。じゃあ別にいいじゃ……」
「もう一度食べたい欲求が勝っているのですわ!」
クラス中に響き渡る大声だった。出雲がこんなに大きな声を出すのを初めて聞いたし、クラスメイトももちろうそうだったから、教室が一瞬静まり返った。周りからの視線が集まっているのを感じてなぜか焦りを感じて、とにかく出雲の落ち着きを取り戻そうと声をかける。
「だ、大丈夫だよ。試験が終わったら出雲が食べたいだけ作ってきてあげるから!」
駄々をこねた子供をあやすように出雲に優しく話しかける。予想外の状況で少し声は上擦っていたけど、出雲は涙目になりながらも、それで納得してくれたようでこくんと首を縦に振った。
「うん、じゃあ学食に行こう。今日は出雲の好きなナポリタンを食べよう、ね?」
「ナポリタン……、良いですわね。それにしましょう」
「うん! それじゃ行こう!」
じゃあねと柿谷君を中心とした男子グループからそそくさと離れて、お騒がせしましたと一言謝ってから教室を出た。
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