登校
私と桐生が通う福徳高校までの道のりは約十五分程度、その間に私たちは来週に控えている定期テストの対策をしながら歩いていた。今は私が桐生に日本史の問題を出しているところだ。
「『江戸幕府の役職で、将軍に直属して国政を統括する職は?』」
「老中」
ピンポーンと口で正解の音を出してから次の問題に移る。
「『江戸幕府の大名区分で、関ケ原の戦い以前から徳川氏に従う大名の名前は?』」
「譜代大名」
「『また関ケ原の戦い前後に徳川氏に従うようになった大名の名前は?』」
「外様大名」
「正解。じゃあ次は……」
どの問題を出そうかと記憶を探る。さすがに歩きながら問題集を開くのは色々と危険なので、自分の知識の中から問題を出す必要がある。これがかなり暗記系の科目の対策として役立っていて、中間では私も桐生もかなりの高得点を記録した。なのでテストが近くない時もたまにやっていたので、改めてここで出す問題が中々見つからないこともある。そういう時は……。
「『794年、平安京へ都を移すことになったがそれを提案した人物は誰でしょう?』」
「……平清盛?」
ブッブーと言いながら両手でバツを作る。
「正解は和気清麻呂でした」
テスト範囲には全く関係ない問題を出す。当然ながら桐生は怒っていいのだけど、全く怒ったりせずにメモ帳を開いて今の問題と答えのキーワードを書いていく。
「……テスト範囲じゃないんだよ?」
「でも、り、利理が覚えてるってことは日本史の範囲なんでしょ。今は必要ないかもしれないけど受験では必要な知識なら覚えておくよ」
この超とかドが付くほどの真面目な意見を返してくる。ホント偉いなぁと思いつつ、自分のいたずらを桐生のためと正当化して今後も突発的な問題を出そうと決意を固めていた。
「それじゃ次は僕から問題を出すね」
桐生が問題と一言添えてから問題を出す。
「『ライプチヒの戦い後、即位した人物は誰でしょう?』」
「……ナポレオン?」
「ルイ18世だよ。次の問題、『ジャコバン派の恐怖政治の中心的人物は誰でしょう?』」
「……ナポレオン?」
「ロべスピエール……。その困ったらとりあえずナポレオンっていうの止めない?」
「だって外国人の名前とか意味わかんないし! 何よそのロべ何とかって!?」
「ロベスピエールだよ。相変わらず世界史、っていうか外国の人の名前が覚えられないんだね」
基本的な科目はどれも問題なくこなせるけど、世界史だけは私にとって苦手教科である。理由は今桐生が言ったように名前をまず覚えられないからである。何度も覚えようと努力したが、なぜか外人の名前だけは頭に定着してくれない。私の中ではナポレオンが存在しているだけでも奇跡みたいなものなのである。ナポレオンが何をした人かは全く知らないけど。
「そんなんじゃまた中間テストの時みたいに赤点になるよ」
桐生が心配そうな表情を浮かべる。確かに中間で一桁の点数を取った唯一の教科なので、どうにかしたいのが現状である。これまでにもいくつもの対策を講じてきたが、どれも上手くいかなかった。しかし今回はまだ諦めたわけではない。
「大丈夫よ、今回は出雲が新しい対策を考えてきたって言ってたから!」
自信満々に親指を立てた時、桐生がさっきよりもさらに不安そうな表情を見せた時、その出雲がちょうど横にやってきた。
「私の名前を呼んだかしら?」
見るからに高級そうな黒塗りの車からやってきた。
「御機嫌よう、ミス利理」
「御機嫌よう、ミス出雲」
見るからに執事と分かる様な見た目と佇まいをした人が車の後部座席のドアを開けると、そこから私のクラスメイトである出雲が出てきて挨拶を交わした。貴族風の挨拶をするのはもはや私と出雲の中ではいつものやり取りである。桐生は相変わらず冷めた目で一歩引いて見ているけど。
「今日も暑くて敵いませんわね」
お嬢様と一目で分かる様な派手なロール髪を左手で払いながら右手で日傘を指す。制服を着てなければ間違いなくどこかの貴婦人と間違える煌びやかな所作だった。
「確かに」
私と桐生はもう十分以上歩いているから当然汗が出始めているけど、さっきまでおそらくクーラーのかかった車にいた出雲はまだ汗は出ていなかった。それも時間の問題だと思うけど。
「こんな暑いところでのんびりしてられませんわ。早く教室へと向かいましょう」
「そうだね」
学校の校門をもう視界にとらえているので、この暑さとももうすぐオサラバできることに期待しつつ、少し足早に校舎に向かった。
「ほら、桐生も早く行こう」
「あ、うん……」
そのまま三人で教室へと歩いていった。
校舎に入るとクーラーの涼しい風が出迎えてくれて、ホッと一息つけた。やっぱり涼しくて気持ちいいなぁ。
そんな文明の利器に改めて感謝しつつ、教室へと向かう。その途中で出雲が自信満々に私に告げてきた。
「今回は絶対に利理の世界史の点数を上げてみせますわ!」
「本当!?」
「ええ、今日の放課後から早速特別レッスンをしましょう!」
私の世界史における問題を解決できると豪語する出雲に私は感謝するしかなかった。これまでにも何回も勉強会を開いたのに全く効果が無くて、正直私の方が居たたまれない気持ちになっていたのに、出雲は諦めずに次から次へと新しい対策を考えてきてくれた。今度こそはその頑張りに応えようと強く思った。
「これは放課後が楽しみね、桐生!」
「あ、ああ。うん、そうだね。今度こそ世界史の赤点脱出できると良いね」
「もちろんできますわよ! 私を誰だと思ってますの!?」
大船に乗ったつもりでいなさいと不敵な笑顔を浮かべながら教室へと入っていった。その後に続いて私も教室へと入って、大きな声でクラスメイト達に挨拶した。
「みんな、おはよう!」
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