七月一日金曜日

橋口利理

 トゥンティルルティンティン、トゥンティルルティンティン……。

 カーテンの隙間から朝日が差し込む時間帯に、いつも通りのスマホのアラームが鳴り始めた。

 私はベッドから起き上がって、机の上に置いてあるスマホを手に取ってアラームを止めた。

 そのまま机の前にある窓のカーテンを開ける。初夏の眩しい日差しに目を細める。梅雨が明けたと勘違いするほどの快晴だった。

 その日差しからエネルギーをもらいつつ、うーんっと伸びをして体と意識を覚醒させる。

 いつもと変わらない、なんてことのない、清々しい夏の日の始まりだった。

 ――よっし、今日も勉強会頑張ろう!

 目が覚めたばかりだけど、すでに意識は放課後の楽しみに向いていた。


「行ってきまー……」

 両親に登校の挨拶をして勢いよく玄関を開ける、つもりだったのだが、忘れ物に気付いて三秒前に履いた靴を脱いでリビングに戻る。テーブルの上に置いてけぼりにされていた小さなお菓子の袋を持ってカバンに入れる。

 ――危ない危ない、今日は柿谷君の誕生日だった。

「行ってきまーす!」

 今度こそ勢いよく玄関を開ける。そこにはいつもと変わらず、長身だけど猫背でだらしない姿の男子生徒、手熊桐生が私を出迎えてくれた。

「おはよう、桐生!」

「お、おはよう。り、利理」

 引きつった表情、普通の人が見たら怖い表情になっているその笑顔に笑ってしまう。

 桐生とは一緒の中学校だけど、一緒に登校するようになったのは高校から。別に桐生に出迎えられるのが嫌というわけではないのだけれど、余りにも清々しい朝に似つかわしくない表情なので、毎朝必ず笑顔で挨拶するように課題を出したのだ。

 実際本人も強面のせいで人から避けられるのを気にしていたらしく、少しでも印象良くするために笑顔の練習を始めたのだ。その時ついでに橋口と名字で呼んでいたのを利理という名前で呼ぶように修正した。

 始めて三か月、笑顔はいまだにひきつっているし、名前で呼ぶのもまだまだ照れがあるのが現状だった。

「今日もダメだね。もっと口角上げて上げて」

「こ、こう?」

 口角を上げようと頑張っているんだけど、何故か顎も一緒に上がってしゃくれ顔になった。

 ――どっかのプロレスラーのモノマネみたいになっている。

 私にとっては変な顔で笑えてくるものだけど、桐生の事を良く知らない人にはこれが怖く見えるらしい。まあ私の予想だと単純に身長差から来る圧迫感みたいのが原因だろう。

「どんだけ表情筋固いのよ。ちゃんとこうやって指で上げる練習しときなよ」

 自分の両手の人差し指で唇の両端を上げて見せる。桐生も同じように自分の唇を持ち上げる。

「それから猫背!」

 口角を上げることに専念している桐生の背後に素早く回りこんで背中を思いっきり叩く。笑顔がちゃんと出来ていないこと以外にもこの猫背が問題だとも思っている。背の低い子だと覆いかぶさるように見てくるから余計に怖いんだと思う。だから笑顔の練習と一緒に猫背も直すように注意している。

「こ、こうかな」

 背筋を伸ばして、それでもまだ胸を張ってるとは言えない姿勢だが、桐生なりの努力が見える姿勢と笑顔だったので親指を立てて上げる。

 そんないつも通りの朝の挨拶もそこそこに、私は桐生と一緒に高校へと向かった。今日も友達と一緒に楽しい事ができる学校へと。

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