第7話 秘薬魔胎丸


 おだやかな陽光のもと、山を下る四人と一匹。


「わたしがいては皆さんに迷惑がかかります」

 サクヤが不安げに振り返った。

「グルルー」

 オニヒコが喉の奥をうならせた。虎から剥いだ生皮を背負っている。


「こっちも飛行戦車が使えればな」

 つくづく残念そうにフブキはいった。

「壊れてさえいなければ……」

「はい水に潜ったり、あれには様々な使いようがあります。でも人間には御しきれないそうで、わたしのような者が必要とされています」

(……)

 オニヒコは何もいわない。

「いまのわたくしには人を殺したり傷つけたりすることはできませんが、ハッケ博士は調整をすると言っていました。そして……優しい舞姫だったナガは変わってしまいました」


 オニヒコの心中は複雑だった。オニヒコもまた荒ぶる者だからだ。その変化は虎退治をしたときの比ではない。

 オニヒコの真の姿をまのあたりにしたときサクヤはどう思うだろう。




 低空を跳ねるように飛びまわる飛行戦車。


 サクヤを捜していた。

 さらにもう一人捕獲したい獲物が増えていた。


「一本角の巨人とな……」

 ハッケはこめかみのあたりを押さえて仮面の男たちの情報を反芻していた。

 そのひときわ大きな頭部からこめかみにかけて手術痕があり、サイバネティックな処置がほどこされているようだ。


「もしや伝説の羅刹が産まれたのか」

「羅刹というとあの神と人間との混血ですか」

 コポラが甲高い少年の声で問うた。


「神々ですら羅刹の国を滅ぼすためには海に沈めるよりほかなかったと伝えられておる」


「ではホロより強いのですか」

 コポラの言葉に機械化原人がにらみつける。



 

「見つけた」

 操作盤らしき球体にナガが手をかざした。

 機体が急旋回する。


「攻撃します」

「あくまでも威嚇だぞ」

 ハッケはナガに釘をさした。




 口笛が鋭く注意を喚起した。


 ツグミが空を指し示していた。


 そこには思いがけず接近していた三角形のシルエットがあった。


 オニヒコはサクヤを抱えて岩陰に隠れた。

側面に装備されている砲塔が火を噴き、威嚇射撃が周囲に撃ち込まれる。



「オニヒコさま」

 哀願してオニヒコの手に大剣の柄を握らせようとした。

「わたしは誰も傷つけたくありません。ですから……」

 サクヤはオニヒコの愁いをおびた瞳にあとの句をのみこんだ。


 オニヒコはゆっくり首を横にふり、サクヤの頭を分厚い胸に抱いた。


『わしから逃げおおせると思ったか!出てこいサクヤ、まわりの人間が巻きぞえになるぞ!』

 頭上で停止した飛行戦車から声がながれた。


「ハッケ博士、やめてください!この人たちを傷つけないでっ!」

 サクヤがたえきれず立ち上がった。


それを見てゆっくり飛行戦車が着陸した。

ハッチが開いて三つの人影がおりてきた。

 ホロ、ナガ、ハッケの順だ。


(サクヤが二人いる!)

オニヒコがナガを見て驚愕した。


「うふふふ。帰りましょ、サクヤ。戦争って音楽より面白いわよ」

 ささやいてナガは腰の大口径銃を抜くや、振り向きざま背後に発砲した。

「きゃっ」

 銃弾は木っ端を散らしてブナの太い幹を破裂させ、矢をつがえたツグミを落下させた。


「もどったらすぐナガのように調整してやるぞ」

「グロロロ……」

 告げるハッケにオニヒコはサクヤをかばうように立ちはだかった。


「むう、お前がオニヒコとやらか」

 ハッケは異形の大男に興味を示す。ホロもつられるように半歩踏み出していた。

「なんと、やはり羅刹ではないか!」


(オニヒコを知っているのか?)

 太刀と左手で剣印を結び、隠身の法で姿を消しているフブキだった。


「昔な、ずいぶんと昔ためしに秘薬魔胎丸を調合し、堕胎薬と偽ってばらまいたことがあったわ。まれに羅刹が産まれると禁断の書にあったからの。みんな流産したとおもっていたが……」

 そこでハッケは痙攣したような笑い声をあげた。

「くっくっく……おぬし、よほど生命力が強かったとみえる」


(堕胎薬だと?やはりそうか、女王あの毒婦めオニヒコの母親に一服盛ったんだ。にらんだとおりだ!)

 そろそろと気づかれぬまま、ハッケたちに接近するフブキ。


だがハッケの耳の通信機にコポラから警告があった。

『博士のすぐ左に動体反応』


『機銃をぶちこめ』

ハッケの命令に、飛行戦車に残っていた小人がトリガーを引いた。


「うわっ!」

フブキの足元に銃弾がばらまかれ、隠身がやぶられた。

 同時にオニヒコと原人ホロが動いた。激突する巨体。


「赫気乱刃!」

 フブキの赫気術がハッケ博士を襲う。

 しかし命中した赫気は、ダメージを与えることなく跳ね返されてしまった。

「ほほう、霊気をあやつるのか。あいにくだが、わたしは精神強化の措置をとってあるのだよ」

 異常なほど大きな頭部を指さす。

「ほれ、こんなこともできる」

「ぶあっ!」

ハッケが睨みつけると、衝撃波がフブキの五体を、ばらばらに引きちぎった。


「グガッ!」

一方、オニヒコも原人によって岩に叩きつけられていた。

「なんだ羅刹といえど機械化原人ホロの敵ではなかったか」

 ハッケは心底残念そうな表情をうかべた。

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