第2話 回想


 チャシとよばれる木柵と堀で囲まれた丘上の聚落。タマツ国である。


 海がせまり、小さな港が望める。


 ひときわ立派な館が王の居城だ。灯台もつとめる高楼がそびえていた。


 高楼から眺望するガンコウ王その人。どことなくアイヌ文化の香りがする衣装だ。

 長い眉毛のしたに厳格な眼差しがあった。


「ガンコウ王よ、オニヒコさまのことをお考えか」

 白髯の家老が登ってきた。気のきくことに酒を持参していた。


「せめて岩の下じきになったケガが治るまで、追放をまってやればよかった」

「ケガは霊廟を破壊した天罰です。ほんとうなら王子といえど死刑ですぞ」

 王に杯をわたして酒を注ぐ。


「わかっておる……が、不憫でならぬ」

 ガンコウ王は苦悩していた。

「いかに乱暴者だったとはいえ、オニヒコのあとを追いかけたのが狼一匹では」

 王はよろめきながら門を出ていく、オニヒコとガロウの姿を回想していた。


「巫術師のフブキもあとを……」

「あれはだめだ。オニヒコの通訳をいいことに、威張りちらしておった。仕返しをおそれて逃げだしたにすぎん」

 即座に否定するガンコウ王。ぐいっと酒を飲み干す。


「それにもう一人、奴隷女だったツグミというのが」

「もっといかん!オニヒコが蛮族との戦で捕虜にした娘だ。親の仇とつけねらっているにちがいない」

 はげしく首を横に振るガンコウ王だった。


「オニヒコさまらしい旅立ちでしたな」

 しみじみと呟いた。

「いまごろどうしているのやら」

 触れれば指を切りそうな三日月を見上げた。




 ひとつ星が舞う。


 ひらりひらりと舞い踊る。


 行く先をさがしているかのようだ。


 迷い疲れて星は流れた。


 流れ落ちてオニヒコの目にとびこんだ。


 たゆたう夢うつつの裡にとびこんだ。


 思い出の水面に波紋がひろがっていく。


「いくらガロウの頭がよくても人の言葉は喋れません。口の構造がちがうのです」

 フブキは言う。

「オニヒコさまのあごや舌もまた同じで……」

 怒りに殴りつける。


「あんたのお母さんもあたいらと同じ奴婢だったそうね」

 ツグミが告げた。

「いくら醜いからって、命とひきかえに産んだ子の首をどうやってしめるのさ」

 嬉しくて張り倒した。


 哀しくてガロウを蹴とばす。


「あなたのお母様は嫉妬した女王に毒を盛られたにちがいありません。毒のせいでオニヒコ様の体は……」

 やめろフブキ。


 自分が嫌いで壁に頭を打ちつける。


「霊廟を崩落させたのは女王の配下に決まっています。オニヒコ様を殺そうとしたのでさ」

 もう言うな!


 言葉にならないもどかしさに暴れた。


 抑えようのない感情の嵐に翻弄されてしまう。


 気がつけば誰も彼も、なにもかも、傷つけ壊していた。


 自分と同じように傷つき壊れてほしかったのか。


 


 さんざめく葉ずれ、苔くさい瀬せらぎ、そして笛の音。


 笛の音。


 五感がひとつになって夢の淵から意識が立ち上がった。




 夜。

 巨岩がごろごろしている川原に仰向けに倒れているオニヒコ。

 オニヒコもまた父と同じ細い月を見上げている。


 オニヒコの兜は割れて覆面が破れ、醜怪な顔の一部がのぞいていた。

 髪はちぢれ、皮膚は裂け、肉が崩れていた。額中央には名前の由来となった角のような突起がある。


オニヒコの足の方、渓流の岩には襲撃者の死体がひっかかっていた。


 冬の名残の雪片が、花びらのように舞い降りてくる。

どこからともなく笛の音がながれてきた。

「ンン……」

それをきっかけのように、ゆっくりと立ち上がる。満身創痍だ。


(おれ、さびしい)

 哀切な響きに誘われたかのように、オニヒコは山奥へと消えていった。


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