オニヒコ
伊勢志摩
第1話 襲撃者たち
古代の富士山が黒煙を噴き上げ、不気味な鳴動をくりかえしている。
標高は若干低く、稜線もややいびつである。
富士の裾野に築かれた壮麗な文明都市、フジ・ヌブリ国。ちょうど現在の青木ヶ原のあたりだ。そこから一つの光点が飛び出していった。
石造りの部屋である。どこやら研究室のおもむきがあった。
「サクヤが逃げただと!この役立たずがっ!」
頭でっかちの壮年の男が、その腰ほどまでの小人を、念力で睨み倒した。
「ナガ、ホロ、すぐに追うぞ!」
「はい、ハッケ博士」
女性のシルエットが答えた。これがナガだ。ホロは隣の巨大な人影であった。
三つの影が山道を登っている。まだ残雪がそこかしこにある早春だ。
道幅はあるが左側は深い渓谷で、右側は急峻な斜面になっていた。
先頭の巨大な男の名はオニヒコという。一本角の兜をかぶっていた。
豪快な造りの大剣を腰にさげ、熊の毛皮をはおっている。
太股や二の腕には、血の滲んだ包帯が巻かれ、鉾を杖がわりにしている。
顔は黒っぽい袋状の、首のあたりを絞った布に包まれていてさだかではない。
目と口の部分にだけ穴があいている。そこからのぞく両目は三白眼である。
熊のような巨人に寄りそうのはニホンオオカミの雄だ。
ガロウと名付けられている。
その後ろから革の合羽で身をくるんだ銀髪の青年がつづく。
美男だが怜悧な刃物にも似た雰囲気をそなえていた。こちらの腰には装飾をほどこされた太刀だ。
フブキという名のその青年はオニヒコの従者である。
「オニヒコさま、やっとツグミの姿が見えなくなりました」
山道が広くなった、小さな雪原のようなところで振り返るフブキ。
「オゴ……」
そこだというように、呻いて鉾を斜面の上に向けた。
鉾の先、木々の間を猫のような足取りで歩む少女。ツグミといい、蛮族の娘だ。
首や肩に狐の毛が残る革製の上着と腰に山刀、さらに矢筒と弓を装備していた。
口に乾し肉をくわえ険しい眼差しをオニヒコにむけていた。
「くそ、しつこい山猫め」
うんざりしたような口ぶりだ。
と、狼が足をとめ、とがった耳を立てた。
「ガロウ?」
オニヒコの問いに、ガロウと呼ばれた狼は、牙を剥き唸ることでこたえた。
オニヒコはかろうじてこの狼の名前は発音できた。
「敵のようですね」
銀髪の青年が物静かに告げる。オニヒコは黙って鉾を構えた。
「まさか気づかれるとはな」
前後左右の残雪がふいに吹っ飛び、仮面に白装束の男たちが10人ほど飛び出した。
「その兜と黒覆面、タマツ国の王子、オニヒコだな」
奇妙な、隈取りのような仮面をつけた首領格の男が、剣を抜きはなった。
「グルル……」
「おっと、会話できないのだったか」
仮面の下から癇に触るふくみ笑いがもれてきた。
「なんでもオギャーと産まれたとき、あまりの醜さに母親がしめ殺そうとして、喉がつぶれたとか」
「きさまら何者だ」
フブキは反りかえった太刀を抜きオニヒコの前に出た。
「その銀髪、おまえが悪名高い巫術師のフブキか。二人とも死んでもらうぞ」
(オニヒコさま、手強そうです)
(フブキ、おれはこわい、かなしい。逃げてもいいか?)
(なさけないことを……)
フブキの神通力で二人は会話している。
「かかれっ!」
いっせいに襲いかかる仮面の男たち。
「赫気!」
フブキの太刀が一閃した。文字通り剣尖が閃光を発したのだ。
衝撃で二人の男が朽木のように倒れた。
「ガバッ!」
ガロウに喉笛を食い破られた襲撃者が血を吐く。
「オニヒコだけ狙え!」
鉾を振り回すオニヒコをツグミの矢が狙っていた。
オニヒコの背後から斬りつける襲撃者。
その首筋を矢が貫いた。
「くそ!」
ツグミが毒づいた。
「邪魔すぎ」
矢継ぎばやに射る。
「ちっ、あんなところにも仲間がいたのか!」
齟齬に舌打ちし、首領みずからオニヒコに襲いかかる。
首領の男は、オニヒコと向かいあっている手下の背中を蹴飛ばした。
はずみでオニヒコの鉾にとびこんでしまう手下。腹を貫かれた。
鉾をこれで封じることができた。
「オニヒコの首、もらった!」
常人離れした跳躍力で、オニヒコの頭上から切りかかる。
「ウガァーッ!」
「なにっ!?」
手下の男をぶらさげたまま、オニヒコは鉾を振り上げたのだ。
首領は手下にぶつかり体勢をくずして一本角の兜の上に落ちた。
オニヒコの太い首がその体重を受け止める。
「げふっ!」
首領はモズの早ニエのようにもがいた。
「こ、こうなれば……道連れに……」
眼下の峡谷を見て決断した。
くの字になったまま、オニヒコの背中越しにふくらはぎを切った。
「ガッ!」
「オニヒコさま」
振り向いたフブキの視界に、オニヒコと首領、その手下の三人がひとかたまりになって渓谷に落ちていくところがうつった。
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