第13話

 しばらくの間。

 しばらくの間、僕たちの話し合いは続いた。内容は変わらず、アイデアの出し合いだった。

 まったく新しいアイデアを出す。既に出たアイデアを見直して応用したアイデアを出す。たまに雑談。

 アイデアの書かれたルーズリーフは裏表三枚に及んだ。薙紗ちゃんは疲れていた。

 三枚目を書き切った時点でブレインストーミングは終了。次の段階に移る。

「……別の紙にリストアップして、削っていきましょう」

 薙紗ちゃんの労働を無下にするため、ではなく、出し合ったアイデアを後からでも確認するために、倭さんがそう言った。

 意外なことに花村君が進んでその役を引き受けた。次の日、彼の目元には隈が刻まれていた。パソコンに一つ一つ打ち込んだらしい。

 せめて土日挟んでほしかった、と。

 こちらはちゃんと労っておいた。

 過程はさておき、そういうわけでそれまで出したアイデアのリストが出来た。A4の紙を両面使って十枚。

 花村君の仕事は思っていた以上に丁寧で、似たアイデアをまとめていたり、備考欄を設けていたりと中々の充実ぶりをみせていた。

 その日からの話し合いはリストを見ながら、実際にドラマを作ることを考えていく段階へとシフトした。

 それまで出てきたアイデアの一つ一つを検討し、実際にできそうか、良い作品になりそうか。展開、撮影、諸々の条件を踏まえて話し合う。

 この作業は中々に大変だった。

 というのも、アイデアの数は多いうえに、どれがドラマの原石となるか分からない以上、それぞれのアイデアに対して話し合う内容が多かったからである。

 ブレインストーミングの際に「青春に拘らない」とは言ったものの、実際作るにあたっては青春らしさを込めるのはある意味必須だと考えた。

 アイデア自体に青春らしさがなくとも、その展開、その使いようで青春らしさを混ぜることはできる。要は、アイデアの”活かし方”だ。

 そんなこんなで、刻々と四月の終わりが近づいてきて。

 気付けば、五月が始まっていた。



 まだ春といっていいのだろうか。

 段々と気温が高くなっていくのを、日に日に感じる。

 五月二日、月曜日。

 明日からはゴールデンウィーク。約一週間近く、休みが続く。

 長い休日が明けた後には、いよいよコンクールの作品締め切りが現実的になってくる。

 そろそろ構想の段階も終わらせなければいけない。誰に言われるわけでもなく、僕たちはそうなんじゃないかとアタリをつけた。

 文化部棟に並ぶ部室を横目に、僕は目的地まで歩く。今日は早めにHRが終わったから、僕が一番乗りかもしれない。

 思えば大体いつも僕が最後のほうだったな、担任によって変わるものなんだろうか。

 電気はついている。ということは既に誰かが来ているのか。

 ともかく、と扉に手をかけ、力を込める。

「おはようございま……す」

 部室内。

 一人の男性が、椅子に腰かけていた。

 足を組み、手には分厚い本。参考書、だろうか。

 その人は、僕が初めてこの部室を訪れた時にいた――

「ん、おはよう。君は……」

「亜城、悠緋です。はじめまして、じゃないですよね」

 栞を本に挟んで、ぱたん、と閉じた。

「会うのは二回目だね。僕は迅清一郎、三年生で元部長だよ」

 やっぱり三年生だったのか。

 迅さんが椅子から立つ。細いのに背は高かった。

 それに、不思議な雰囲気というか。何とも言えないけど。

「よろしくね」

 右手を差し出してきた。僕も右手を出す。握手。

「……よろしくお願いします」

 まあ座りなよ、と迅さんが促し、僕は言われるがまま向かいの席に座った。

「……他の三年生の方は、来てないんですね」

「うん。今日俺が来たのは私用だからね。ちょっと忘れ物をとりに。――他のは、ゴールデンウィーク明けに来るよ」

 ゴールデンウィーク明け。

 しかし、新堂さんも言っていたけど、三年生の人々は部活に復帰してどうするんだろう。受験勉強とか、しないんだろうか。

「君はどうなんだい、コンクールに作品出すんじゃないの」

「まあ、一応進んではいるかと……」

「ふうん。ドラマ?」

「はい」

「やっぱり。最初はそっちに惹かれるよね」

 くくく、と小さく笑いながら。

「俺の時もそうだったな……今はどの段階だい」

「段階……えっと、構想、の。アイデアを出して、絞って、そろそろ決める段階です」

「はやいね」

 俺の時は五月いっぱいまでかかっちゃったな、と懐かしむように迅さんは呟いた。

 五月いっぱいって……。

「それ、間に合ったんですか?」

「間に合わせた、って言ったほうが正しいかな。撮影は土日で終わらせた」

 構想一か月半、撮影二日。

 そんなバランスで大丈夫なんだろうか。

「そういうもんだよ、一年の時なんて。ただでさえ期間が短く、何の下地もないんだ」

 確か、一日目に青春ドラマを作ることを決めた際にも、二年生に早いと言われたっけ。

「……一年生のひとりが、話し合いの方針を決めてくれて。それのおかげです」

 言うまでもなく、倭さんのことである。

「へえ……分かる人がいたのかな。いいことだよ、人材は大切にしないとね」

「人材、ですか」

「そう」

 企業の社長が言いそうなことだ。

 さてと、と息を吐きながら迅さんは椅子から立ち上がった。

「アイデアが出て絞り終わったなら、次は脚本だね」

「脚本……」

「撮影のことも考えながら、どういうストーリーにするのか。大事な部分だよ」

 もっとも大事じゃない工程なんてないんだけどね。

 そう言って、彼は本を持った手を振った。

「じゃあ、お疲れ。僕は帰るよ」

 他のみんなに挨拶とかしなくていいんだろうか。

 手の隙間から見える本――参考書のタイトル。高校一年生の僕でも知っている、有名な大学の名前が記されていた。

「お疲れ、さまです……」

 微笑を返し、迅さんは部室から去っていった。

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