第11話
凪紗ちゃんとのそんなワンシーンもあり、場所は部室へ移った。
部室に入ると、凪紗ちゃんはすでに着いていた。僕をちらりと一瞥してから、そっぽを向いた。
彼女のほかにも、部室には数人の男女。二年生の数人と、一年生の僕を除く三人。
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
部長の新堂さんの挨拶に返事する。現在は夕方だが挨拶はおはようございます。中学生のときの部活でもそうだったけど、なぜそういう習慣があるのかは分からない。
「さて、一年生はそろったね。今日も君たちだけで話し合いをしてもらうことになるけど、どう? 進んでるかい」
凪紗ちゃんが新堂さんの質問に答えた。昨日の話し合いでジャンルから決めることにしたこと。そしてその結果青春をテーマにしたドラマを作ることに決めたことを伝える。
新堂さんは感心したようにしきりに頷きながら、
「そうかい、いい感じだね。……申し訳ないね、なにも相談になれず。そろそろ三年生も部活に復帰してくると思うから。それに、僕らにも分からないところがあれば聞きにくれていいし。一応、顧問も隣の部屋にいるはずだから、質問しに行ってもいいと思うよ」
顧問をおまけ扱いしていいのか。
新堂さんはそれじゃまたあとで、と言い残し、他の二年生を引き連れて撮影に出かけた。
残された四人はいつものようにテーブルを囲むように座った。
「さて、今日も話し合いか……何から話せばいいんだ?」
「まあ、昨日の延長で、青春ドラマの内容を決めていけばいいんじゃない?」
「だよなあ。うーん、なんか案ある人いる?」
「案……ねえ、……」
静寂が落ちる。いきなり案を話せと言われても、となってしまうのは仕方ないだろう。
しかしこのまま黙っていたのでは話し合いが進まないか。
せっかく昨日予習のためにDVDを見たんだ。話を進めるためにも僕から切り出そう。
「こういうの、考えたんだけど。普通の高校生の男女がひょんなことから昔にタイムスリップしてしまって、なんやかんやするって感じの話」
「……それあなたが昨日見たっていうDVDの話じゃない。なんやかんやって雑すぎるし」
速攻でばれた。まあ隠すつもりもなかったが。
もちろんパクリをするつもりで話したわけではない。
「まあ参考にするにしても、タイムスリップか……。正直使い古されたテーマじゃないか? コンクールの作品は面白いアイデアとその生かし方が大事だっていうし、アイデアとしては弱いと思うんだよな」
「それに、昔って言われても、撮影も難しそうよね。展開も長くなっちゃいそうだし」
さんざんな言われようである。
しかし、その批判ももっともなものである。
「アイデア、か」
斬新なアイデア。
八分間の映像作品。
考えれば考えるほど制約が追加されているような感覚。思っていた以上に難しい。
再び全員が押し黙ってしまう。おそらくはほかの三人もアイデアを出すのに苦悩しているのだろう。凪紗ちゃんに至っては小さくぶつぶつ呟いているのが微妙に聞こえる。
「あー……じゃあこういうのは? ある日主人公の高校生が差出人不明の手紙を受け取って、それから身の回りにいろいろな異変が起こっていく、っていう。で、実はその手紙は呪いの手紙でした、みたいな」
「ホラーじゃねえか」
だよなあ。
自分で言いながら途中でやめようかと思ったくらいだ。
その後も僕はいくつかのアイデアを出すが悉く批判を喰らっていた。凪紗ちゃんや花村君もアイデアを出すが、自分でやっぱ違う、と意見を取り下げるか指摘を受けていた。
進まない。
黙っている間にも時間はゆったりと進む。花村君はしきりに時計を見ていた。だが何度見ても時間の進み方は一定でしかない。
むしろ今までの話し合いが順調すぎたのだろうか。と思わないでもないが、考えてみれば、昨日のそれはアイデアの出し合いから一時的に逃げようとしていただけと捉えられないこともない。そう考えると今日の沈黙は昨日のものだったのかもしれない。
なら、引き伸ばしたところでこの段階で詰まるのは仕方のないことか。
「あ、一個思いついた。主人公のスマホに差出人不明のメールが届いて、主人公はその差出人とメールをしあうようになる、みたいな話」
ならば、今すべきは停滞ではなく進もうとすることではないのだろうか。
そう思った僕は、とりあえずアイデアを出す。
「悠緋、差出人不明って言い方好きだな……いやそれはどうでもいいか。それってホラー? じゃないよな?」
「恋愛……になるのかな。相手が男か女かでも変わると思うけど」
「まあさっきまでの案よりは面白そうだよな。でも、恋愛にするとしたらさ――」
「…………ずっと思ってたのだけれど」
花村君の台詞を中断したのは、僕でも凪紗ちゃんでもない。倭さんだった。
花村君も呆気にとられたように黙った。相変わらず前髪が目元を覆って倭さんの表情はよくわからない。
「批判ばっかりしても、……話し合いは進まないと思う」
諫めてくれた、のだろうか。花村君は倭さんの言葉を受けて、少し眉を顰めながら、
「じゃあ、倭さんはどうなんだよ。全く話に参加しなかったくせにさ。そういうなら自分で良いアイデアのひとつやふたつでも出してほしいね」
「ちょっと、そんな言い方は」
花村君の言うことにも一理あるのは確かだった。倭さんが今日喋ったのはこれが初めてだ。
花村君は自分でも言い過ぎたと思ったのか、小声で悪い、と付け足した。
「……創作作品を数人で作るときには、アイデアを出す際に批判を全くしないという方法をとることがあると聞いたことがある」
一瞬、僕は倭さんが何を話し始めたのか理解できなかった。
「……そのかわり、どんなくだらないことでも小さなことでもいいから考え付いたものをみんなで言っていく。その内容について言ってすぐに話し合うのではなく、アイデアがある程度出た後で話し合う……」
彼女の話そうとしているのは、話し合いの仕方ということになるのだろうか。
どんな小さなことでも、思いついたことを話す――。
「…………こういうのをブレインストーミングというらしい。……私たちも、まずはアイデアを出すことだけに専念して、その後のことは考えないようにした方がいいと思う」
ブレインストーミング。聞いたことがあるような、ないような名前だ。
倭さんがここまで長く話すのは初めて見た。付き合いが浅いにしても、だ。この状況に思うところがあったんだろうか。
批判を行っていた主な二人も、その考え方には賛成できるところもあったらしく、思案をしているようだ。
「…………このまま不毛に黙るよりも、そうするほうがいいと、私は思う」
倭さんは無表情のまま。
「僕は、賛成かな」
倭さんの意見を後押しするように、僕はそう言った。
「……そうね、私も、そのほうがいいと思う」
「確かに……な。よし、もう批判はしない」
とにかく意見を出すか、と花村君。ただ、その表情はちょっとばつが悪そうだった。
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