第10話

 こみ上げるあくびをこらえきれず、口を大きく開いてしまった。さぞかし間抜けな面構えになっているに違いない。

 一年生のクラスが並ぶ廊下を歩く、放課後。

「なんだか眠そうだね」

 隣に並んで歩く凪紗ちゃんが、僕の顔を覗き込みながら言った。

 あくびをかみ殺してから、曖昧に返事を返した。

「ちょっと夜更かししちゃって」

「へえ、珍しい……のかな?」

「まあ、あんまりしないかな」

 生活習慣は規則正しいほうだ。

 会話をしながらも僕たちは廊下を進んでいた。向かう先は部室。

 凪紗ちゃんとはついさっきたまたま廊下で会って、どうせなら一緒に行こうということになって、現状。凪紗ちゃんとはクラスも違うし、その階も違うので会うことは珍しいことだった(僕のクラスは二階で、彼女のクラスは三階だ)。

「映画を見てたんだ」

 と、僕は夜更かしの経緯を話すことにした。世間話にはちょうどいいだろう。

 昨日。

 部活で話し合いをして、青春ドラマを作ろうということになり、青春の何たるかを分からない僕はレンタルショップを訪れた。

 そこでたまたま倭さんと会い、おすすめのDVDを借りることになった。

 倭さんと別れて帰宅した後、僕は夕飯の後に早速借りてきたそれを見ることにした。次の日にはまた部活だ、その前にネタを仕入れておこう、と。

「その映画が思っていた以上に面白くてさ。本編見終わってからも特典映像なんかを見てたら、気づいたら深夜だった」

 倭さんがおすすめした一枚目。

 普通の高校生の物語かと思えば、ひょんなことから事件が起こり、はちゃめちゃなストーリーが怒涛のように展開されていく。それなのに内容は理解しやすく、終わりはすっきりとまとまっていた。二時間半の本編が終わった後にはある種の爽快感すらあった。

 ああいうのを名作、傑作と呼ぶのだろう、と僕は思った。素人の意見ではあるが。

「ふうん……」

 途中まで興味深そうに相槌を打っていた凪紗ちゃんだったが、話が終わるころには唇を尖らせてそっぽを向いていた。あれ……面白くなかっただろうか。

「じゃあ悠緋君は、放課後に倭さんと二人でレンタルショップでDVDを選んでいたわけだ」

「いや、その言い方だとまるで僕と倭さんが一緒にDVD借りに行ったみたいじゃん……たまたまだよ」

「でも二人でDVD探してたんでしょ?」

「そりゃそうだけど」

 そっか、ふうん、と繰り返す凪紗ちゃん。拗ねてるのか?

「ま、私には関係ないんだけどね!」

 突然、凪紗ちゃんが速度を上げた。というよりもはや走っている。

「ちょ、」

「関係ないけどねー!」

 放課後といえど教室や廊下は無人ではない。まばらに残る人が、僕と凪紗ちゃんをちらちら見ていた。

「何を怒ってるんだろう……」

 最近の女の子は分からない。昔も分からないけれど。

 呟きを置き去りに、僕は凪紗ちゃんに追い付くべく走った。

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