第9話
陽は傾きかけて、夜が訪れようとしていた。
さっさと帰って夕食を食べて寝てしまおう、と考えていたが、僕はふと思い立ってある場所に立ち寄ることにした。
リュックから財布を取り出して、中身を確認。うん、充分足りるだろう。
遅くなってどやされることがないよう、さっさと行ってしまおう。
――そうして、僕が来たのは某大手レンタルショップだった。
DVDやCDを借りることができ、本・文房具なども取り揃えているあのレンタルショップである。
学校と自宅の最短距離にはないけれど、多少寄り道すれば来ることのできる場所だ。
「さて、どのへんかな……」
今回の目的は本や文房具ではない。あ、でもあとでマンガの新刊が出ていないか確認しておこう。
今日の部活での、話し合いの成果。
青春物を作ろうという、方向性の決定。
しかし僕には、青春の何たるかがまったく分からなかった。
ということで予習である。
天井が高く広々とした店内を、目的のものを探して歩く。外の薄暗さと反比例するように白色の照明が輝いていた。
なんとなく目安はついている。テレビドラマを見るのは時間がかかりすぎてしまうと思ったから、邦画の棚。ジャンルはどうだろう、〈青春〉なんてのがあればおあつらえ向きだけれど。
なかったとしたら、なんだろう。とりあえず高校生が出ていそうな作品を探せばいいのかな。
「……ん」
そうこうしているうちに、邦画の棚を発見。
マンガ原作……は違う。ホラーも違う。うん、このへんかな。
「やっぱ高校生が出てるのってだいたい恋愛ものだよなあ」
数年前だかに流行ったスマホ小説原作の恋愛映画。最近上映されたばかりの少女漫画原作の恋愛映画。そしてそれらの類似品のような作品が羅列されていた。正直違いが判らない。
悩み唸りながら、しゃがんでケースの背に書かれたタイトルを斜め読みしていく。そのとき、ふと影が僕の上に覆いかぶさった。
「…………こういう映画が、趣味なの?」
「え?」
小さい、ともすれば聞き取れないような声量。
影の根元には、茶のローファー。見上げると、腰ほどまで伸びた黒髪が揺れていた。
立ち上がって、声の主を見直した。顔の半分ほどが前髪で隠れた、小柄な少女。
「あ、倭、さん?」
「…………うん」
あってた。
倭えりな、僕と同じ映研の一年生。
もちろん、二人で会ったのは初めてのことだった。
「あ、えと、倭さんも何か借りに来たの?」
無言で頷く。目が前髪で隠れて見えづらいため、表情が分かりづらい。
並んで立ってみると、倭さんは結構背が低かった。男子の平均身長と変わらない僕と比べても、頭頂は肩に満たない。
そうなるので当然僕は少し視線を落としながら倭さんを見るのだが。
「……そ、そう」
背に似合わないくらい、上半身の一部分が自己主張していた。
いや、なんでもないです。
「もしかして、倭さんも探しに来たの? 青春物の映画」
またしても無言の首肯。
「…………」
「…………」
会話が続かない……。
この状況で去ってもいいんだろうか。それとも留まって探す? どうすれば正解なんだろう。
「……私のことは、気にしないでいいよ」
倭さんがぼそりと呟いた。
僕がどうするべきか逡巡していたから、そう言ってくれたのかな。悪い子じゃないとは思うけれど。
――うん、せっかくだし。
「いや、よかったら一緒に見ていかない? 僕はあんまり分からないから」
小さな頭が動いて、見上げるように僕に向いた。
その口は真一文字だったが、しばらくして、うん、と口を開いた。
「……こっち」
言うや否や、倭さんは踵を返して棚の間を歩いていく。僕はとりあえずついていった。
曲がって、迷いなく進み、また曲がる。
「結構来てるの、ここ?」
「…………家が近いから」
倭さんが歩を止める。その横の棚には、まさに僕が探していた青春っぽいパッケージが並んでいた。
さっきの恋愛ゾーンはピンク色って感じだったけれど、こっちは何だろう……水色? 空色? っていう感じ。感覚的に。
爽やかだ。
「倭さんのおすすめとかある?」
隣で棚を漁る倭さんに尋ねる。手に取っていたケースを元に戻して、一歩下がり棚を広く見渡す。
「……ある」
やがて見つかったのか、もう一度棚に近づき手を伸ばす。どうやら最上段に置かれてあるらしい、が。
「…………」
つま先で立って右腕を精一杯伸ばすが、ぎりぎり届かない。
確かにここの棚は高いな。と思いつつ、僕は手を伸ばして倭さんの指先が示しているケースをとった。
「これ?」
倭さんの顔が僕の方を向いていた。なんだろう、僕からは彼女の眼は見えないのに、視線が合ってるように思える。
そして小さく頷いた。
「へえ……」
タイトルを読んでも記憶には引っかからない。
「おすすめ」
裏返して裏面を見る。あらすじを見る限り面白そうだ。つい最近の作品ではなかった。
「倭さんはこういうのが好きなの?」
「……私は、なんでも見るから。なんでも読むし……」
どうやらこだわりは特にないらしい。
その後、一枚だけ借りていくのもなんだかなあと思ってさらに一枚倭さんのおすすめを観ることにし、倭さんが良さげなのを探すのを手伝った。
気づいたのは、彼女は別に無口なわけじゃないということ。話を振れば普通に返してくれる(首を振るだけのこともあるけど)。一見話しかけづらそうに見えるだけで、実際はそんなことなかった。
「……亜城君は、時宮さんと友達?」
「え? 凪紗ちゃんと?」
ただ声が小さいから、静かなところでないと話しづらいというのはあるかもしれない。
「……別に。ちょっと昔に知り合いだったことがあるだけ」
ぼかしながら答えた。ふうん、と返す倭さんは興味が失せたようで、再びDVDを探す作業に戻った。
「結構借りるんだね」
店内で使える小さなプラスチックのかごには、五、六枚ほどのDVDが入れられていた。一週間あるとはいえ、見れるのだろうか。
「大丈夫……」
平常よりさらに小さい声で、たぶん、と呟いたのを僕の耳は見逃さなかった。倭さんのお金だし僕が口を挟む必要はないんだけどね。
レジで会計を済ませ、外へ。空はすっかり暗くなってしまっていた。
僕はまあ大丈夫にしても、倭さんはどうなんだろう。
「暗いけど、一人で大丈夫?」
「……問題ない」
横に並ぶ倭さんを窺うが、やはりその表情はよくわからない。
どうやら店を出てから向かう方向からすでに別のようで、店先でお別れとなった。
「じゃ、また明日。気を付けてね」
社交辞令のような別れの言葉をかける。
倭さんは、なぜか一瞬固まったあと、僕に向き直って、
「…………また明日」
と。
風が髪を揺らした。
垂れた前髪が隠していた両の瞳が僕を見ていた。
その口元はかすかに歪み、微笑を形どっていた。
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