第6話

 十九日、火曜日。

 なんの変哲もなく授業が終わり、放課後。

 坊主の中田やその他と別れを告げ、僕は文化部棟の廊下を歩いていた。二階に上がり、映研の部室へ。

 部室の前まで来て分かったが、今日は中が騒がしい。

「失礼します……」

 どのような言葉をかけながら入るべきか逡巡して、扉を開けた。

 中には昨日以上に人が集まっていた。一年生は僕以外の三人。見知っている新堂さんと加賀さんのほかに、さらに三人。

「お、亜城君おはよう」

 僕も部室に入って総勢九人。広い部室といえども機材もあるうえにこの人数だと少々狭く感じる。

「昨日は紹介できなかったからね。三年生は今日もいないけど、二年生は集まったから。紹介しよう」

「あ、ありがとうございます」

 僕は一年生の塊に加わる。

「まあ僕のことは紹介する必要はないと思うけど――一応ね。部長、新堂はじめです。よろしくね」

「加賀日和子。名前はそのうち覚えるでしょ」

「俺ははじめまして、だな。賢木瑛士、生徒会もやってるからあんま面倒は見れないかもしれないけど、よろしく」

「僕は蘇芳深夜、太陽の沈んだ夜を照らす月――よろしく」

「わ、わたしは由良百合です。よろしく、お願いします……」

 二年生は五人のようだ。

 ここに、僕が初めて部室に来た時にいた先輩はいなかった。あの人は三年生なんだろうか。

 先輩達の背後に、ビデオカメラやよくわからない機材が準備されているのが見えた。今日も先輩は撮影に行くみたいだ。

「さて……今日は僕が一年生の面倒を見ることになってるから。よろしくね」

 爽やかな笑顔を見せる新堂さん。

 ぞろぞろと、二年生の面々が部室を出ていく。

 新堂さんは昨日の加賀さんと同じように、DVDプレイヤーを操作している。

「今日は、いや今日も、座学をしよう。まずはいろいろな作品を見てみようか。知識はあって困ることはないからね」

 無論正しく用いることが前提だけれど、と新堂さんは付け加えた。

 座るように促されて、僕たちは昨日と同じように椅子に座った。新堂さんは椅子には座らず、パソコンの置かれた机の端に体重を乗せて立っていた。

「じゃ、上映スタート」



 五つ目のドラマが終わり、僕たちは一息つくことになった。

 新堂さんがセレクトしたドラマの数々は、映研OBOGの作品だったり、全国大会で賞に選ばれた他校の作品だったり、様々だった。

 内容も、それぞれの作品に特色があり、見てて飽きない。

「どう? 見るだけでも結構面白いでしょ」

「そっすね。オレたちと同年代とは思えねえなあ……」

 花村君が背を伸ばしながら息を吐く。

「まあ、高校に入る前からそういうことをしてる人だっているだろうしね。でも、ほとんどの人は高校から始めてるんだ。君たちと変わらないよ」

 じゃあ見終わったところで、と新堂さんはつなげた。

「何でもいい、感想を聞こうかな」

 作品を鑑賞して意見交換。僕の想像していた映画研究部はまさにそんな活動内容だったけれど、違うのはその先があることだった。つまり、その意見を受けて僕たち自身がドラマを作ること。

 凪紗ちゃんは昨日と同じく演技について思うことがあるようだった。

「こうやって数を見てると、そんなに演技に違いはないのかな、って……演技がうまい人もいれば、下手っていえば聞こえは悪いですけど、……素人らしい人もいて。もしかして演技の良し悪しは関係ないのかもしれない、と思いました」

 少し落ち込んでいるような彼女。

 新堂さんは少し考え込むそぶりを見せてから、顔を上げた。

「時宮さんは役を演じたいのかい?」

「はい」

「そっか、なるほどね。……うーん、正直に言うと、確かに演技は重要視されるところじゃない」

 主役がやりたい、といった彼女。新堂さんの言葉は凪紗ちゃんの思いを壊すものだ。

「でもね、一番重要じゃないというだけで、まったく無視していい問題じゃない。テレビでやってるドラマや映画にとっては、演技はかなり重要だと思うよ、それは物語を伝え、魅力的に見せるための技術だから。でも学生のレベル、高校生の作品じゃそこまでのことは求められない」

 それを極めるのは演劇部のすることだしね、と新堂さんは茶化すように付け加え、さらに言葉を紡ぐ。

「とはいえ、全くないがしろにしていいわけじゃないのは、分かるよね。演技というのは、物語を伝える役割を持っている。上手い役者がいるに越したことはないよ。実際僕たちも演劇部に協力をお願いして作ってるし」

 凪紗ちゃんは新堂さんの話に納得したのか、礼を言って頷いた。

「で。演技が最重要なわけではない……ならば、大事なのがなにか、分かるかい?」

 新堂さんの問い。

 ドラマを作るうえで大切なこと。

「――今までのを見てるうちに思ったんですけど、今までのドラマではキーアイテム、というか物語の中心になるものがあると気づきました」

 例えば、昨日見た<ストップ・ウォッチ>。あの作品は、主人公が謎のアイテムである時間を止めるストップウォッチを手に入れることで物語が始まった。そして、八分間を通してその中心にそれが関わってくる。

 今日見たドラマでも、何か話の中心になるものがあり、それを基幹に展開されていた。

「物語の中心になるモノ、ね。良い答えだと思うよ」

 あくまでこれは持論だけれど、そう新堂さんは挟んで、再び口を開く。

「亜城君の言う通り、コンクールで評価されている作品には一つの共通項がある。それが物語の中心・・・・・となる存在だ。っていうのも、理屈は簡単だよ。話が複雑になるにつれて描写しなければいけない内容は増えてくるし、そうなると単純に八分間という短い時間では描け切れなくなってくる。けれど、」

「物語の軸となる何かを決めておけば、八分間で完結する内容になる」

 花村君が台詞を続けた。新堂さんは頷く。

「キーアイテム、何か一風変わったモノ。そういったものを絡ませることでオリジナリティが生まれ、凡作ではなくなる」

 おお、と一年生のなかで感嘆の声が漏れた。

「そして、そのアイデア・・・・。コンクールで上を目指すなら、どのようなアイデアを出し、さらにそれを上手く生かせるか。それが重要なファクターになる」

 演技やカメラワークといった技術以上にね。

 そう新堂さんは締めくくった。

 なるほど、説明されてストンと心に落ちるものがある。

 そして、もし先輩の言う考えを実践することができれば。コンクールでの入賞も夢ではないということか。

 なんだかわくわくしてきた、乗り気じゃなかったのに。

「僕の持論だけれどね……。さて、アイデアについて言いたかったことはお終い。でも、もう少し僕の話は続くよ」

 新堂さんが、どこから取り出したかスケッチブックを胸の前に掲げた。

「それじゃあこれからの話は、実際どういう風にドラマを作っていくか、だ。題して、〈ドラマができるまで〉」

 

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