第5話
がら、と扉が開いて、ショートカットに眼鏡の女性が姿を現した。
「進んでる?」
右手にはコンビニのビニール袋が提げられている。どうやら気を利かせたわけでもなんでもなくただコンビニに行くから僕たちを放置していたようだった。
ちなみに学校から歩いて五分くらいのところにコンビニはある。
僕は、ドラマを作るということ、そしてどういうふうに始めればいいかわからないことを説明した。
「へえ、早いね。私たちなんて三日くらいかかったのに」
仏頂面だが、褒めてくれてはいるようだ。
加賀さんは袋を壁に寄せられたパソコン机のうえに置いて、なにやら考えているようだった。
「そうね……じゃあ、今までの作品を見てみよっか。それで雰囲気はつかめると思うし」
そう言って加賀さんは扉の横にある棚を漁りだした。その棚には、DVDケースやカセットテープのようなものが整然と並べられている。
映研の部室は結構広い。入って右側には加賀さんの漁っている棚に、その奥にはビデオカメラなどの機材が置かれているスチールラック。左右の壁に沿うように二台ずつ、計四台のデスクトップ型パソコンが置かれている。奥には、何インチか分からないけれどかなり大きめのテレビ。テレビ台代わりの机の上には、DVDプレイヤーがあった。そして中央には教室机を組み合わせて話し合い用のスペース。
部室を見渡してみると、謎のぬいぐるみだったり謎の置物が置かれてあるが、まあ先輩の私物なんだろう。
「やっほー、いやースマンね遅れちった。一年生来てる?」
がらがら、と大きい音を立てながら扉が開く。急なことだったので驚き、僕を含む一年生が音の源に注目した。
そこには、長い髪をぼさぼさにした女性の姿があった。
「遅いですよ、先生」
「わるいねー」
非難するような加賀さんに対して、へらへら笑いながら笑いながら部室へ入る女性。
背が高い。ポロシャツらしき服装のうえに、なぜかエプロン。しかも絵具らしきもので無茶苦茶に汚れている。
加賀さんの台詞から察するに、映研の顧問なのだろうか。
「あ、君たちが入部希望? よろしくね、私は獅子堂心、この映研の顧問よ」
どうやらそのようだ。大人らしさのなかに、無邪気さが混じっているような雰囲気。
「あ、それと美術部と兼任の顧問なんだ。興味があったらそっちにも行ってみてね。……ふうん、今年は四人か」
「今から先輩方の作ったドラマを見せようと思ってたんです」
探し物を終えたのか、顧問の獅子堂先生に説明しながら部室の奥に向かう。慣れた手つきでプレイヤーを操作し、テレビの電源をつける。
「あら、もう決まってるの?」
「あ、はい。一応」
「まあドラマを作るって結構面白そうだもんね。わかるよその気持ち」
ついでだから私も見よっと、と言いながら獅子堂先生は椅子を引き、そこに座る。加賀さんの持ってきていたコンビニ袋から板チョコらしきものを取り出して銀紙を毟っていた。いいのか。
「どれ?」
「とりあえず私たちの去年の作品を見せようかと」
「ああ、あれね、机ん中にメッセージ入ってるやつね」
「それは先輩方のです」
「…………」
なんだか、すごく不安になる顧問だな。
やり取りの間にも加賀さんはプレイヤーの操作を終えていて、画面にはタイトル画面が映し出される。
〈ストップ・ウォッチ〉。
それがドラマのタイトルだった。
牧歌的なBGMと共に見慣れ始めた日笠北高校の校門が映し出され、物語は始まる。僕たちはテレビの画面を見つめていた。
話の大筋はこう。主人公の男子高校生が謎めいたおじさんにストップウォッチを渡される。そのストップウォッチで時間を計っている間、世界の時間は止まる――主人公がそれを使っていろいろなことをする。
テストのときにこっそり使って他の人の回答を盗み見たり。購買の前で時間を止めて商品を持っていったり。
しかしそんな悪事にそれを使ううちに主人公は罪悪感に苛まれるようになる。そんなときに主人公の目の前で少女が車に引かれそうになり、主人公はストップウォッチを使って少女を助ける。礼を言う少女を見て、主人公はストップウォッチを使うことをやめる。
という感じ。
「終わり」のテロップが流れたと同時、僕は画面に夢中になっていたのに気づいた。
「おお……」
花村君も同じような感じだったようで、感嘆の声を上げていた。
「なんか……すごいっすね。こういうふうに出来上がっているのを見ると」
「まあ、気持ちはわかるよ」
今見たら、いろいろと腕が足りなかったり雑な部分もあるんだけどね、と加賀さん。しかしその表情は当時のことに思いを馳せているようだった。
とはいえ、今このドラマを見たのは勉強のためだ。僕は疑問に思ったことを加賀さんに尋ねる。
「ドラマっていうから、結構長いものだと勝手に思っていたんですけど、意外に短いんですね。てっきり三十分とか、一時間くらいのものだと思っていたんですけど」
「そんな長いのをいくつも見てられるか、コンクールに出すんだぞ。この作品は、というよりNコンの作品は八分以内と定められているんだ。それに、短いからといって手間がかかってないというわけではない。むしろ自分たちのしてきたことをすべて、この八分間に詰めるんだ」
「なるほど……」
加賀さんの言う通りか。
「それで、感想はどうだったん?」
背後から、獅子堂先生の質問が飛ぶ。
「うまく言葉にはできないですけど……すごいと思いました。これ、先輩たちが一年のときに作ったんですよね」
そうよん、と獅子堂先生。
「私は、演技がうまいというか、自然だと思いました。本当にドラマの役になりきってるみたいで」
凪紗ちゃんはそう答えた。演技に興味があるが故の答えだろう。獅子堂先生はなるほどなるほどと頷いている。
「オレは……うーん、見やすかった、というか、内容が自然と頭に入ってくるような感じがしましたね」
「お、それはつまりカメラワークが良かったってこと?」
「それもあると思います」
ふんふん、と獅子堂先生。次に僕を見ると、
「じゃあ君は?」
「……僕は、この短いドラマの中で、ちゃんと物語があるな、と感じました」
「物語」
反芻する先生。一方で斜向かいに座る倭さんの首が二、三度上下に振られた。どうやら言いたいことは僕と同じようなことだったらしい。
「なるほどねえ。みんな色々考えてるみたいじゃん? 良いことよ」
髪をかき上げながら、満足そうに頷く先生。
「ま、いろいろと説明したいことはあるんだけどね。初日から飛ばしすぎるのもあれだから、今日は一年生解散にしよっか」
言われて窓のほうに振り向いてみると、もう四月とはいえ少しずつ日は暮れているところだった。
「んじゃ今日は帰っていいよ。また明日、放課後にね」
「お疲れさま」
机に置いていたコンビニ袋を再び手にもって、加賀さんは僕たちより先に部室を出ていく。
「あれ、加賀さんは……」
「私は二年生のところに行かないと。まだ撮影中だろうし」
なるほど、確かに忙しそうだ。僕たちもいずれああなるのだろうか……。
ばいばーい、と手を振る映研顧問を部室に一人残して、四人は連なって部室を出て行った。
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