Chapter 1 はじめてのドラマ制作。
第4話
二か月。
人によっては「まだ二か月もある」だろうし、またある人にとっては「もう二か月しかない」だろう。まあ微妙な時間だ。
その期間のなかで人はどれだけのことができるだろう。
「とりあえずは、どっちの部門でやるか、だね」
新堂さんはそう言って出かけて行った。二年生もコンクールのための作品制作に精を出しているらしく、そちらの手伝いに行くとのことだった。
加賀さんは僕たち一年生のアドバイザーとして残るそうだが、彼女の第一声は「とりあえず君たちだけで話し合って」だった。
無責任……。
「……ま、とりあえず自己紹介でもしようぜ」
テーブルを囲む四人の沈黙を破ったのは、茶髪君だった。いかにもコミュニケーション力が高そうな見た目通りだ。
「オレは一組の花村誠。よろしくな」
「私は時宮凪紗、四組よ」
「亜城悠緋です、よろしく。あ、僕は五組」
「…………倭、えりな。三組」
茶髪君は花村君、前髪が重そうな少女は倭さんというらしい。
花村君は明るめの茶髪が特徴的で、表情も明るい。いかにも人に好かれそうな印象だ。
倭さんは前髪が長くて鼻先まで伸びている。そのせいで目元が見えにくい。色白で、背は低そうだ。
加賀さんは席をはずしていて、部室には僕たち四人だけ。加賀さんが気を利かせて一年生だけにしてくれたのか、それとも単純にここにいたくなかっただけなのかは、知る術はない。
「ドラマと、ドキュメンタリーね。どっちが良いって言われても、実際どんなのかわかんねえよなあ」
愚痴るというより、あきれた感じで言う花村君。
「まあ、一般的なイメージでいえば、ドラマは小説やアニメや、それこそテレビでやってるドラマみたいに物語があるものって考えればいいのかな。で、ドキュメンタリーはノンフィクションというか、実際の出来事なんかを取材するやつ……?」
僕が説明するけれど、素人丸出しだった。そんなに間違ったことは言ってないだろうけど。
「そんな感じだよな。で、つってもどっちが良いとかは……」
「私は、ドラマをやりたい」
即答したのは凪紗ちゃんだった。
僕は以前の、十年ぶりに再会したその時の凪紗ちゃんの台詞を覚えていた。
「それで、私が主演ね」
ドラマの主役。テレビドラマなんかでも「○○主演!」みたいなアオリが入れられるくらいには、大事な役どころだ。学生が作るものはそれと比べて規模が違うとはいえ、主役が重要なのは間違いない。
「私がここに入ろうと思ったのは、主演をしたいからだもん。嫌だって言われても譲るつもりはないよ」
畳みかけるように宣言する。
凪紗ちゃんの言葉は、人によっては傲慢と捉えかねられないだろう。自分に自信があるとも言えるかもしれないけど。
「凪紗ちゃん、やりたいのは分かるけど、まずは話し合おうよ」
「わ、分かってるわよ」
「…………私も、ドラマのほうがいい」
と、黙っていた倭さんが意見を述べる。声が小さくてぎりぎり聞き取れるくらいだったけど。
「お、意見をはっきり言うとは思ってなかった。どうして?」
悪気はないんだろうけど、花村君も結構ずばっと言うよなあ。
「私、脚本とか……本を書いたり読んだりするの、興味があったから」
「脚本か、いいね! 確かに倭さんなら似合いそうだ」
これで、四人中二人がドラマ希望ということになる。残りは男子二人だけれど、
「ちなみにオレはどっちでもいいって感じね。で、君は?」
「……僕も、どっちでもいい、かな。じゃ、決定だね」
凪紗ちゃんは小さくガッツポーズをして、笑顔を浮かべていた。よっぽどしたかったんだろうか。
しかし思ったんだけど、演技をしたいなら演劇部とかじゃ駄目だったんだろうか……むしろ、そっちに入ったほうが勉強になると思うんだけれど。まあ、それは凪紗ちゃんの決めることか。
どっちでもいいと答えはしたけれど、実際のところ僕はドラマをする方に気持ちが傾いていた。理由は凪紗ちゃんは絶対にカメラ映えすると思ったから、まあ口にはまず出さないし出せないけど。
「じゃあドラマを作るってことで。いやあ、すんなり決まってよかったな」
「本当ね。……でも、一年生って私たちだけ? もう少し入るものだと思っていたけど」
「でも今日が正式入部の日で来てないってことは、もう来ないんじゃない?」
「……んんー」
視線。隣に座る花村君のだった。
訝し気に僕を見る目。
「亜城君――は呼びにくいし、タメだから悠緋でいいか。悠緋ってさ、時宮さんと知り合い? というか仲良い?」
「……え」
「だってさ、さっきも凪紗ちゃんっつてたじゃん? 入学してすぐにオレのクラスですごい可愛い子がいるって噂が立ってさ、それが時宮さんだったのよ。それで友達が調べても時宮さんを知ってる人いなかったんだよね」
「それはそうよ、だって私高校入る前に引っ越してきたんだもん」
「あ、そうなんだ。いやいや、それで、ね、どうして悠緋くんがそんな美少女と知り合っているのかなーって」
あえて嫌そうな目で見返すと、花村君はにやにや笑みを浮かべながら僕を窺っていた。なんだ、どういうつもりなんだ。
「別に、なんでもないよ。気にすんな」
そんなことより、と僕は話題を逸らそうとした。
僕と凪紗ちゃんは十年前にすごく仲良かったんだよー、なんて、説明する気にはなれなかった。彼の眼は全てを根掘り葉掘り聞いてやろう(あわよくば話のタネにしよう)という眼だ。
「ドラマに決まったなら決まったでいいけどさ、なら作り始めないと」
「……まあそうね。んー、でも」
凪紗ちゃんは小首を傾げた。ストレートに伸びる黒髪が揺れる。
「ドラマって、どう作ればいいんだろうね?」
「……確かに」
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