第3話

 四月十八日月曜日、晴れ。

 入学から約二週間。

 入学の翌週にはテストが待ち構えていたり、毎朝の登校で勧誘されまくったりと、それなりに騒がしい生活を送っていた。

 まあ、そんな部活勧誘の喧騒も今日で終わり。

 今日は正式入部解禁の日である。

 だいたいの部活はこの日に新入生を迎え入れ、装いを新たに活動を開始する。

 ――映画研究部も、同じく。

 そういうわけで、僕は映研の札が掲げられた部室の前に立っていた。

「……はあ」

 意味もなくため息をつく。

 あれから、凪紗ちゃんとは顔を合わせていない。クラスも違うし。

 それでも、やはりあの笑顔は覚えているもので。

 結局一週間以上迷いながらも今日こうして映研の部室に来ている。

 不意に部室の扉が開いて、ひょこ、と頭が出てきた。

「何してるの、入るならどうぞ」

 僕が突っ立っているのが部室から見えたのか。以前の男の先輩とは違う、女性。目つきの悪い双眸に黒縁の眼鏡をかけた、ショートカット。

 開かれた扉から部室へ入る。なかには、向かい合うように座っている人々。

「新入生だよね」

「あ、はい」

 じゃあこっちに座ってね、と先輩。僕は向かって左に並べられた椅子に座った。すでに三人の男女が僕の座る列にいた。

 そのなかには、凪紗ちゃんの姿も。

 僕の姿を認めるなり、微笑を返す。その振る舞いは演技臭くて、でも彼女には似合っていた。

 凪紗ちゃん、茶髪の男性に前髪の長い女性が続いて、僕が座る。

 正面には、ふたりの男女。

 ひとりは先ほど僕を招き入れた眼鏡の女性。もうひとりは大人びた、落ち着いた雰囲気の男性だった。

「まあ、ある程度人数もそろったし始めようか……。はじめまして、僕は映研の部長で二年の、新堂はじめといいます」

 男性――部長の新堂さん。誰に嫌われることもないような爽やかな好青年といったふうで、美青年の類だといえるだろう。

「こっちは副部長の加賀日和子。ほかにも二年生と、あと三年生もいるんだけど……いろいろ事情があってね、部活紹介は僕たちがやります」

 部長の新堂さんは、それからいろいろな説明をした。部活の形態、活動の日にち、もろもろ。

 そして、活動内容についても。

「先に聞いておきたいんだけど、君たち四人は全員入部希望ということでいいんだよね?」

 もちろん、まあはい、といった返答や、首肯が返される。新堂さんが僕を見た。

「……はい」

 それはよかった、と新堂さんは嬉しそうにしている。

「じゃあ活動内容について話そう」

 と、隣で傍観していた加賀さんが、フリップを取り出した。胸の前に掲げて、僕らにそれを見せる。フリップといっても、スケッチブックを横にした簡易な紙芝居のようなかたちだ。

「僕らの主な活動は、コンクールなんかに映像作品を出展すること。目標として県大会一位や全国大会での入賞があげられるかな」

 どうやら新堂さんが語り部で、加賀さんは助手らしい。加賀さんが一枚目をめくる。二枚目には〈Nコン〉と中心に書かれた大きな文字に、その左には〈ドラマ部門〉、右には〈ドキュメンタリー部門〉とイラスト付きで書かれてある。

「そして、そのコンクールとして最も大きなものが、Nコンと呼ばれるものだ。いろいろ部門が用意されてるけど、部活として挑戦するのは〈テレビドラマ部門〉と〈テレビドキュメンタリー部門〉のふたつ。

 君たち一年生が最初にするのは、このNコンに出展する作品を作ることだ」

 新堂さんは何でもないことのように説明を進めるが、正直僕には理解できなかった。

「あの」

 と、僕の二つ隣、茶髪の一年生(茶髪君と呼ぼう)が話を遮った。髪は染めてるのか? 不良なんだろうか。

「なんか、けっこう難しそうな内容ですよね。それに、いきなりそんなデカい規模のコンクールなんて」

 茶髪君の奥の凪紗ちゃんも意見には同意なのか、頷いていた。僕もその思いはあったから、聞いてくれてありがたかった。

「ああ、勘違いしないでほしいけれど、君たち一年生に賞を獲れって言ってるんじゃないんだよ。まだ何もわからないだろうし、ただ話を聞いたり先輩についていくよりも、まずは自分たちで挑戦してみようってことだ」

「創造は人類に許された特権よ。どんな駄作でも、創造物には変わりないもの」

 新堂さんと加賀さんの説明。加賀さんのは暗に「一年生がそんな優れたもん作れるわけないだろ」という意味にとらえられなくもないけれど。

「最初は軽い気持ちで、ね。それに君たち一年生の仲もよくなると思うよ。

 あ、それと言い忘れていたけど、作品制作は学年ごとね。今年の三年生は出さないけど、僕たち二年生はすでに作り始めてるところだから。もちろん機材の使い方や分からないところは教えながら進めるから」

「まあ、そういうことなら……」

 茶髪君は新堂さんの説明に納得してか、それ以上質問をすることはなかった。

「考えるほど難しいことでもないよ。まずはやってみようってだけさ」

 そこまで言われると、僕もなんでもないことのように思えてきた。

「いいじゃん。やってみようよ、一年生で」

 凪紗ちゃんは楽しそうだ。

 その雰囲気に、僕たちほかの一年生もこれからのことに思いを馳せるかのように、笑顔を浮かべていた。

「よし、それじゃあ一年生も参加するということで」

 一列に並んだ四人は、頷いて返答した。

「なら早速はじめないとね。さ、これから忙しくなるよ」

 ……ん?

 忙しくなる?

「ど、どういう……」

「どういうって……Nコンの作品の締め切りは六月だからね。足踏みしてる暇はないよ。すぐに取り掛からないと」

 僕らは示し合わさずも顔を見合わせた。

 六月って。

「あと……二か月しか、」

「うん。ないよ」

 会って初日だけど、新堂さんの爽やかスマイルに一瞬殺意が芽生えた。

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