第2話

 小学校に上がる前、近所の公園でいっしょに遊んでいた少女。

 きっかけはよく覚えていない。覚えていないということはそんなに重要なことじゃないんだろう。

 とにかく僕となぎさちゃんは暇があれば遊び、暇がなくても遊び、隙を見つけては遊んでいた。まるで兄弟のようだ、とお父さんは言ったっけ。

 でもそれは、ある夏の日に終わりを告げて――。

 それ以来。

「十年ぶりくらいかな?」

「……そうだね。お互い大きくなったね」

 十年。

 それは人を変えるには十分な時間だし、五歳から十五歳の間のことともなれば別人になるだろう。

「あー、言いづらいんだけど、そろそろ話をはじめてもいいかな?」

 と、同じ空間にいた先輩の声。僕も凪紗ちゃんもそれに応じて、椅子に座ることにした。

「またあとで、いろいろ話そうね」

 耳元で凪紗ちゃんが囁く。不意打ちのそれにびくっとなってしまった。

 先輩と向かいに二人並んで座る。先輩は柔和な表情を浮かべていて、見るからに優しそうという印象だ。

「さて、といっても何から説明すべきか僕も悩んでいるんだけど……そうだな。うちの、〈映研〉についてどれくらい知ってる?」

 という、先輩からの質問。

 僕の回答としては全く知りません、しかないけれども、さすがにいきなりその手札を切るのはだめだろう。

 ちら、と横を窺う。

「私は、勧誘ビラを見つけて、興味を引かれたので見学に来ました」

「……あ、僕はたまたま通りかかったので」

 絶対、何言ってんだこいつみたいに思われてる。

 しかし、ビラか。そういえばあれだけ渡されていた紙の山には、映画研究部らしきものはなかったはずだけれど。

「ま、最初はそんなもんだよね。じゃあ簡単に説明するけど、僕らの活動の主な内容は、いろんなコンクールに映像作品を出展すること。その作品の制作が僕たちの活動だ」

「え」

 先輩の怪訝そうな顔。

 映画研究部って。

 映画を研究する部活じゃないの……?

「そういうとこもあるだろうけどね。僕たちの映研は違うよ。まあ映像作品といっても多種多様だし、部門も分かれてるけど」

 自分たちで映像を作る。

 って、そんな難しそうなこと。

「ビラ読まなかったの?」

「あ、……読んでないです。というか、渡されたなかに見つからなくて」

「ああ。それは見つからなくて当然だよ。だって僕たちは配らずに教室ごとに配布してるんだから」

 なるほど。それなら見つからなかったのも当然か。

「ちゃんとクラス全員に渡しておけっつって通達したのに、どこのどいつだ配らなかったドアホは……。やるべきことはきちんとやれよ、カス」

「…………」

 先輩のつぶやきは聞こえなかったことにしておこう。

 「はい、これ」と、先輩は普段のトーンで僕に何かの紙を差しだした。上部には大きく「映画研究部、新入生募集!」の文字。

 そして真ん中にはそれよりでかでかと鎮座する、「ドラマ&ドキュメンタリー作れます!」の文言。

「なるほど……」

「まあ実際に入部するとそれ以外にもいろいろしないといけないことはあるけどね。そこまで気にしなくていいよ」

 しかし、自分たちで作るのか。

 まるで僕が以前見た映画みたいだ。あの映画の内容も最初は高校生が仲間を集めて映画を作り始めるというものだった。

 ――僕はどちらかというと怠惰な人間だ。楽をできる方とできない方の二択なら楽をできる方を選ぶくらいには怠惰だ。

 僕がこの映研に抱いた印象は、疲れそう、だった。

 もともと部活は軽いものに入って適当に過ごそうと思っていた。部屋の中を見ても、とてもじゃないけど気楽な活動とは言えそうにない。

 向いてなさそうだな。

「ま、見学して気が変わることもあるだろうし。また来てもいいからね」

「……ありがとうございます」

 人の厚意を無下にするのは得意ではないが。

 まあ、この活動内容なら興味を持つ人は多いだろうし、僕がわざわざ入らなくても大丈夫だろう。

 まあ今日くらいは見学していっていいか。

「悠緋くん、入らないの?」

 それまで口を挟まなかった凪紗ちゃんが、口を開いた。

「どうして?」

「え、それは、まあ……なんとなく」

 隣の凪紗ちゃんが眉を顰めた。怒っているのだろうか? それにしては迫力がないけど。

「悠緋くん、一緒に映研入ろう!」

 ぎゅ。

 彼女の両手が僕の左手を包み込んだ。柔らかな感触。

「ちょ、」

「だって、楽しいよ、ぜったい!」

 有無を言わさないように迫る。比例するように僕の胸の鼓動が速まる。

 十五年間彼女なし、女友達はいても友達以上になったことはない僕には、ボディタッチはずるすぎる。

「それに、せっかくまた会えたのに……」

「あ……」

 それを言われると僕もなんとも返せなかった。

 十年間の空白。

 夏、突然現れなくなった少女。

 それと再会すると、とびっきりの美少女になっていた。

「わ、分かった、考えとくから」

「本当!?」

 咲くような笑顔。

 視界の隅で先輩が優し気に微笑んでいた。

「まあ僕としては部員は多いほうがいいからね。ぜひ入部してもらいたい」

「は、はあ……」

 美少女に迫られ。なし崩し的に入部しそうで。

 まるで映画の主人公になった気分だ。

「えへへ」

 でも、目の前の彼女の笑顔を見ていると、それも悪くないと思えてきた。



 そんなこんなで、日は過ぎて。

 あっという間に正式入部の日が来てしまった。

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