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「んふふ、どうしてそんなことをするのかって、不思議そうな顔をしてるわね♪」

 

 キヤラは満足そうな顔つきだ。

 不思議に決まってる。

 藍銅共和国の姫君が五人揃ってやってきたと思いきや、今度は《校内戦》に出ますなんて。

「ンもう、頭の回転が鈍すぎる。ここでは私がルールなの♪ 私が戦うと言ったなら、貴方たちは戦わなくちゃいけないのよ。ホラこんなふうに♪」

 キヤラはにやりと笑ってみせ、指をパチンと鳴らした。

「《負けた人たちはみんな人形にな~あれっ!》」

「なんっ……!?」

 絶望を表情にする間もなく、観覧席にいたマスター・サカキが、そして紫水プリムラがオガルと同じく可愛らしいマスコット人形になってしまう。止められない。止めようがない。サカキとプリムラの教え子たちまでもが人形になっていくのを、見ているだけしかできない。

「なん……て、ことを……っ!」

 気がつくと、立っているのはまだ辛うじて校内戦で敗北はしていない僕のチーム、そしてカガチと教え子たちだけだった。

 冷や汗が背中を流れ落ちて行く。

 自鳴琴が設定したルールを《書き換える》鍵の力はホンモノだ。《鍵》を手にしたキヤラは、その力によって好きなようにルールを書き換えることができる。

 今や僕たちはみんな、彼女の奴隷だった。

 彼女はおもちゃ箱をのぞいて、何か物足りないと感じたら、魔法の杖を振るだけで新しい人形を手にすることができる。

 絶体絶命の大ピンチよりもっとずっと悪い。

「試合は七日後♪ 優勝賞品はこの《鍵》。手に入れたなら、オガルでもサカキでも好きな人形を元に戻してあげればいい。メンバーは誰でもいいわよ? 女王国最強の魔術師五人と、私たちで決勝戦にしましょう。ただし――そっちのリーダーは、君」

 キヤラの指が真っすぐ……僕を指し示す。

「…………僕?」

「即座に人形にされたくなかったら《何故僕なの?》なんて聞かないことね。試合、楽しみにしてるわ。素敵なパーティにしましょうね♪」

 キヤラは全てを見抜いているような目つきのまま、再び指を鳴らした。

 扉が閉まっていき、彼女たちの姿が見えなくなる。

 後には、呆然とする僕たちと、人形だけが残された。



             ~~~~~



 ほぼ同時刻、電子通信網と魔術通信網上で、あるビデオメッセージが流された。

 そこにはキヤラが写っていた。僕たちの前に現れたときと同じ衣装で、椅子に腰かけ、インタビュアーの質問に答えていく形式だ。

 彼女は完璧な美貌のまま、優しい声音で語りかけてくる。


『今日は、皆さんに大事な発表があります。私、キヤラ・アガルマトライトと妹たちはなんと――アイドルデビューしちゃいま~す♪ ……んふふ、面白かったかしら?』


 甘ったるい砂糖菓子のような笑顔のまま、彼女は続ける。


『つまらない冗談を言ってしまいごめんなさい。でもみなさんにこの問題に興味を持ってもらいたいのです。すなわち《古銅イオリ》のことです。先日、私は王姫殿下とお会いしました。そこで彼女はこの貴重な人材を永遠に手放そう、という恐ろしい考えを持っていることを明らかになさいました。それは女王国の決断であり尊重すべき考えですが……』


 彼女は深刻な表情を浮かべる。

 華やかな美貌は一転、憂える乙女のものに変化する。

 彼女の仕種は細やかに計算され尽していた。魅力的な表情も、顔立ちも、髪の輝きも、指先の美しさも、何もかもが視聴者を引きつけてやまない。


『魔術師のはしくれとして、私は彼の力に無限の可能性を見出しています。古銅イオリの力によって、救われる明確な命、生活があるのに、それを捨てることは罪です。ですから、私たちはまず《魔法学院》に挑戦します。ぜひ試合を見に来てください。そして自分の頭と思考で考えてください。救世主を預けるのに相応しいのは誰なのでしょう? 女王国なのか、それとも私たちなのか――?』


 カガチが映像を中断させる。

 僕たちは会議室にいた。この校内戦をはじめると、僕たち教師が集まって決めた部屋だ。

 いるのは僕とカガチ、灰簾柘榴。

 それぞれのチームメンバー……それから人形になってしまったプリムラとサカキ、オガルに、生き残った生徒。計十名。

 

「こんなバカバカしい挑戦、学院として到底受け入れられないわ!」


 灰簾が机を両手で叩く。

 映像でもわかるように彼女の目的はあくまでも《古銅イオリ》だ。晩餐の夜に紅華と交渉決裂したあとも諦めず、最悪の手を打ってきた。


 つまり、すべてを明らかにして世論に訴える、という反則とも取れる手法だ。


 今、この映像を目にした女王国の人々の心は揺れているだろう。銀麗竜に、そして銀華竜に攻め込まれて傷つき、救世主の到来を待ち望んでいた人たちは裏切られたような気持ちでいるに違いない――他ならない王姫、紅華に。

 古銅を藍銅共和国に渡すことは、紅華の言う通りあってはならないことだ。しかし彼を異世界に戻してしまうことは、雄黄市を二度失うことに等しい。

 ならば、いっそ……そう考えてもおかしいことは何もない。

 もともとキヤラと妹たちは華やかな美貌を武器に、それこそアイドル並の人気があるんだそうだ。

 映像への注目度は古銅イオリの話題性と絡み合い、爆発的に上がってきている。

 キヤラはあくまでも大義のためにこういうことをしているという印象を見せてはいるが、その中身は《異常》そのものだ。

「最早、ことは学院だけの問題ではありません。王姫殿下の騎士であるマスター・ヒナガをリーダーに、というのは明らかに宣戦布告でしょう」

 カガチはまだ事態を受け入れているというか、比較的、冷静な様子だった。

「人形の件を公表することはできないのですか?」

 机に置かれたマスター・オガルの人形を、少年がそっと手に取った。

 オガルの弟、菫青ナツメだった。言葉少なだった少年の面差しに、不意に熱がこもる。

「ほかの先生方はともかく、オガル先生はあくまでも正規のルールで人形にされたのよ。自鳴琴の出自もわからずにこれを使い、自分たちにかけられた呪いも解くことができないとなれば、かえって学院の信用を落とすことになりかねないわ……」

 灰簾理事の意見はいつも通り保守的ながら、ただの保身ではない。僕たちの魔術が彼女に劣ると思われてしまえば、勝負は自然とキヤラの勝ちになってしまう。

 人々は、強い者、魅力的なものに都合のいいように物事を理解するからだ。

 今から思えば、オガルの生徒の事故も不自然だった。

 あとから聞いた話によると、事故にあったのはミィレイ・サウトと菱亜イナブの二名。どちらも女子生徒で、僕の感覚でいえば高校三年生。

 ふたりは今朝、自宅にて意識を失った状態で発見された。

 両方とも魔術通信網に接続した状態のままで、何らかの原因で接続が切れなくなり、肉体と精神が切り離されたまさに意識不明の状態にある。

「くだらない相談はそれでお終いか? 何をぐだぐだ悩むことがある。藍銅の大魔女と刃を交えることの、いったい何が不満だ?」

 あれだけ滅茶苦茶にされても、まるで闘志を失わない刃のような言葉とさめた銀の瞳がそこにあった。

「天藍……これは遊びじゃない」

「そうだ、初めからだ。戦いは楽しい遊戯などではない」

 天藍の鋭い視線が僕を射抜く。

 借金の返済というくだらないことのために、この校内戦をはじめたのは僕だ。

「どのみちこちらに選択肢などないはずだ」

 きっとこの場の誰もが敵になったとしても、天藍は変わらない。

 誰の言葉にも、策略にも、絶対に揺らがない。

 良くも悪くも誰にも影響されない、それが天藍アオイだった。

「……選択肢が無いとはいえ、独断で試合続行を決めることもできません。女王府に判断を仰ぎます。それまで――各自、勝手な行動は慎みなさい」

 理事の決断を聞き、天藍はこちらを一瞥もせずに出口に向かった。

 僕はその背中を咄嗟に追いかけていた。

「天藍!」

 肩を掴んで引き止める。

 議場の扉が背後で閉まる気配がした。

「お前は……どっちの味方なんだ?」

 査問会の場で、天藍は言った。

 何をしてでも、自分を犠牲にしてでも古銅を騎士団に入れると。

 もしも紅華が古銅を誰にも渡さないとしたら、天藍は、いったいどうするつもりなんだろう。紅華の敵になるつもりだろうか。

「では、逆に訊ねよう。お前は誰の味方だ? 何のために戦う? 女王国か、それとも藍銅か」

「それは……」

 即答できない。僕はどこまでも自分自身のために、校内戦を戦おうとしていただけだった。

 でもそれは、途中で別の目的に変わった。

 ただ、天藍アオイのため――。だからこそ、女王国も藍銅も他人の国で、人々の痛みも何もかもがどこか他人事だった。

 言葉を探し惑う沈黙を別の意味に捉えたのだろう。

 天藍は不快な表情を浮かべ、手を振り払って去って行った。

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