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異世界転生でも異世界転移でもなんだって構わないが、そのあらすじにはいくつか定番がある。
その中でも《チート能力者》は定番中の定番といっていいだろう。
要するに異世界に来たらものすごい力に目覚めちゃって大活躍、ついでにかわいい女の子にもモテモテでハーレム展開……ってやつだ。
ただ実際の異世界転移ではそんなに都合よくはいかない――僕みたいに――わけだが、竜鱗への超適性なんてチートもいいところだろう。
正直言って、羨ましい。
「この情報は、他には公開していません。もちろん異世界からの来訪者があった事実も、どこにも伏せています」
リブラはあまりこのことを喜んでいる様子ではなかった。
カガチも無言でうなずくばかりだ。
それは妥当な選択らしいが、チート能力者が来たんだぞ? 実際に異世界転移者である黒曜は大宰相として大出世、という実績を残してる。
ここは国を上げてお祝いとかじゃないのか?
「……何? なんでそんな深刻そうなの……?」
「マスター・ヒナガ……もしもこのことが公になれば……彼は二度と元の世界には戻れません……」
リブラに言われ、気がついた。
翡翠女王国は竜から受ける被害が大きい国だ。つい数年前にも、銀麗竜という竜に攻め込まれ、数十万という規模で人が死に、雄黄市という地域が地図上から消えてしまった。
もしもこの異世界転移者が、騎士としてまたとない才能を秘めていると知られてしまったら……竜に家族や友人や大切な人を殺された者たち、家や職場や故郷を失い……今まさに失おうとしている最中の人々は、彼が騎士となり戦うことを望むだろう。
そりゃもう熱烈に。
強大な竜たちとの戦いに一度戦いに踏みこんだら、二度と離れられない。誰も手離してはくれない。
そして、悪いことに翡翠女王国への転移は、よくある小説とは違う弱点がある。
つまり、戻れるんだ。
翡翠女王国と、僕や黒曜が来た世界は、その間を行き来する《扉》によって繋がっている。
その門には、開けるための方法があるのだ。
「そうか……そうなんだ……そりゃそうだよな」
今、ベッドで眠っている少年は、望めば今すぐにでも、家族や彼の帰りをどこかで待ってるだろう友人たちのところへ帰ることができるのだ。
チート転移者なんて、確かに凄いけれど、命が尽きるまで戦うのと帰りたいところへ帰れるのだったら、どちらがいいか。
そんなのは明白な答えだった。
「彼が目覚め次第、そして望むのならばすぐに帰還させるつもりです。ただ、気になることが一点」
リブラが指を立てる。
反射的に僕は黒曜を睨んだ。
「なんだ、その目は」
「また余計な策略を練ってるんじゃないかと思ってさ……」
黒曜は珍しく、無表情なままだった。
「断じて、彼に関してはそのつもりは一切無い」
「う……嘘くせ~」
「そこに眠っているのは人間ではない。爆弾だ。使いようによっては数多の竜を殺すことができるが……だが、あれを戦線に投下すれば、竜たちは黙ってはいない。これまで雄黄市を支配下に置き、一応は沈静化していた竜の侵攻は必ず再開されるはずだ」
その通りですな、とカガチが賛同する。
「あまりにも大きい力です。彼は竜鱗騎士というより、人の姿をした竜だ。その力が目覚めたとして本当に人間の理性で抑制することができるか保障はどこにもありません」
「難しいのは、それを民に理解させることだがな」
平衡状態を保っている戦争に新しい兵器を投入すればどうなるか。
戦火は一気に燃え上がることになる。
その理屈はわからなくもないけれど……。
「医聖殿、気になることとは?」
「はい。彼はこちらの世界に来たとき、全身に異常な大怪我を負っていました。重度の熱傷と裂傷、内臓破裂……一晩がかりで蘇生させましたが、そうした怪我を負う状況が推測できません」
リブラがちらりとこちらを見る。
彼もまた、僕が異世界人であることを知っているひとりだ。何か知らないか、という目だが、残念ながら僕が知るはずがない。
「えーと……交通事故とかじゃない?」
「明らかに違います。彼の負傷は何というか、もっと意図的なものです」
交通事故ではない。偶然の傷ではない。
その二つの条件が、ただベッドの上で眠っている少年を気味悪く見せている。
黒曜はカガチと僕に、彼が無事に異世界……というか日本に戻るまで、この件は口外無用と念を押した。
言われなくても、誰にも話すつもりなんてない。
何しろ、どこの誰かはわかんないけど、同じ境遇なんだから。
こうして寝顔を眺めているのは不思議な感じだ。
よくわからないけど、もし起きたら日本の話ができるかもしれない。
お互いの学校の話とか、知らない世界に来た感想とか、色々聞いてみたいな……。
ただ、ベッドサイドのあの制服が気になった。
僕は、あれを知ってる……。
~~~~~
「て、ゆうか!!」
僕は翡翠宮の前のだだっ広い空間を前にしていた。
果てしなく白い石畳が広がる、その光景……。
「無理矢理連れて来たんだったら、送って行けよな!!」
叫んだとしても、広すぎる翡翠宮のどこかにいる黒曜ウヤクに声は届かない。
話が終わったあと、カガチは黒曜と話があるらしく、僕は適当に放り出されたのだ。
翡翠宮は天市にあり、魔法学院がある海市とは隣接している……とはいえ、貴族たちの住む天市というのが案外曲者で、首都である海市とくらべても、その半分ほどの面積がある。
つまり、めちゃくちゃ広いんだ。
ここから徒歩で帰ろうとすると、日が暮れて夜が開けてしまう。
しかも、ウヤクには僕も訊きたいことがあったわけだが……くそう。
僕の声は、鳥しか飛ばない空に虚しく響き渡った。
「仕方ない……帰るか……」
とぼとぼと歩きだす。
と、その視界に……とある人物が目に入った。
「……ん?」
純白の後ろ姿だ。
髪の色は石畳よりなお無垢な白。
陶器のような肌、少女のような立ち姿。
その姿を、知ってる。
「あれ……天藍?」
名前を呼ぶと、振り向いた。
白いマントの裾が翻り、腰の剣が見える。
強く輝く銀色の虹彩が、僕を見据える。顔立ちはひどく整っていて、薄い唇や長い睫、整いすぎた鼻梁……まるで人形か、女のようだが、女じゃない。
彼は天藍アオイ。
魔法学院の学生だ。
「ちょうどよかった。帰りの足になって……いや、その前に、この前の返事を聞かせてほしいんだけどさ!」
声をかけると、いつもは何かしら反応があるのだが……悪態をつくとか、不機嫌になるとか。天藍は無表情のままだった。
そして、柄に手をかけたので、僕は慌てて立ち止まる。
竜鱗騎士は魔術を使うとき、杖ではなく剣に触れる。
思った通り、竜鱗によって魔力が精製され、溢れる。
地面から、大気の塵から、白い粉雪のようなものが現れ不自然な風とともに舞い散りはじめた。
それは小さな結晶で、あっという間に大きく成長していく。
天藍の意志によって結晶は集まり、天使じみた大きな翼になった。
「おい、天藍……返事くらい……」
翼をはためかすと、その体が浮きあがった。
「おいって!」
返事もないまま、その姿は空へと高く上がっていく。
なんなんだよ、あいつ。
様子がおかしい。確かにいつも不機嫌で愛想の悪いやつではあるんだが……僕に対しては、少し前まではあんな風でもなかった……はずなのに。
後には、呆然とする僕だけが残された。
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