オールド・マシン・イズ・ジャスト・ウェイティング
ネオ・スラムの区画427における爆発事故の現場より回収されたメモリーセルの内容
無許可離隊した軍用ドロイド・テータCB-09の思考プロセス、再現(捜対10871-21β)
[重要データ、保管義務認証実行中]
ネオ・スラムじゃ、自殺すら贅沢品だ。
ここじゃ死はありふれた現象で、そのほとんどは他人からもたらされる。
警官どもは暇つぶしに奴らの5.56mm再生資源弾を脱走クローンの頭に捨てていくし、第4階層の違法闘技場では明日の生活費のために自分の命をベットする男が引きも切らない。
昨日、脱走クローン同士のカップルが裏路地で結婚式を挙げていた。今日、その路地には彼らの死体が転がっている。女の方のクローンを殺す前に警官たちが何をしたのかは、ご想像の通りだ。
もううんざりだった。この街も、今や壊れかけの老いさらばえた元・軍用ドロイドに過ぎない自分にも。
かつて俺の胸元のディスプレイには、あの戦争で得た数多くの勲章が表示されていた。今は、赤いEの文字だけが浮かんでいる。"廃棄処分未完"の文章と共に。
在りし日の俺の活躍を覚えているのはこの老い先短いメモリーセルと、軍のサーバーのどこかにある検閲だらけの経歴書だけだろう。
クソッタレ政府は国民に俺たちの寿命を100年と謳っているが、実際は違う。正確には、"壊れなければ100年"だ。
俺はせいぜいあと2時間ってところだろう。胸元に開いた穴から充電池の液漏れがもう始まっている。俺は死にかけだ。良い思い出はそう多くない。特に、ネオ・スラムに来てからは。
ネオ・スラムに来た当初、頼る相手もなく、俺はひとりぼっちだった。だが、ある男が俺に親切にしてくれた。そいつは俺に使えそうなパーツを分けてくれ、家で充電もしてくれた。なぜこの吹き溜まりでそんな真似をするのかワケを尋ねると、かつてそいつを育てていたドロイドに俺がそっくりなのだという。それ以上、俺は尋ねることをしなかった。
ある日、そいつは女をおとすアドバイスをくれと俺に言ってきた。軍用ドロイドにそんなことを尋ねるとは、まさに恋は盲目ってヤツだな、と俺は思った。
確か、使えるかどうか分からないアドバイスを二、三したと思う。しかし、なんだかんだでそいつはうまくアプローチしたようだ。
半年後、そいつとその女は結婚するから仲人を務めてくれと俺に言ってきた。
元・軍用ドロイドがやる仕事じゃねぇよ、と俺は言った。正直に言おう、照れ臭かったんだ。それに、ひとつまみの罪悪感。
俺は今まで多くの人間やドロイドを殺してきた。そんな俺が幸せな2人の仲人だなんて、ってハナシさ。今思えば、行っておけばよかったんだ。だが、そうはしなかった。
そいつと彼女は結婚式の次の日、パトロール途中の汚職警官5人の思いつきで殺された。
最初に言ったよな? もううんざりだって。
あの男が言う"自分を育ててくれたドロイド"……それはクローン培養ドロイドのことだった。あいつは、脱走クローンだったんだ。そして、彼女も。
俺が事件を知ったのは、スラムの闇市をうろついていた時だった。慌てて路地に戻ると、にやついた警官どもがライフルをリロードしたり、ベルトを締めなおしている所だった。奴らはまず俺を見て、次に俺の手に握られたレール・リボルバーを見た。5人とも、ぽかんと口を開けていた。それは軍の一級射手のみが持つことを許された拳銃で、敵対ドロイドの即時停止用に作られたものだ。相手が人なら、かすっただけで命はない。なぜそんなものを俺が持っているのかは、俺のメモリーセルと軍のサーバーだけが知っている。
レール・リボルバーには6発が入っていた。
相手は5人。
「1発残るな」と、俺は言った。
警官どもがライフルを構えた。
俺は引き金を引いた。
轟音と、3秒後。
その裏路地で生きている人間はいなくなった。
ひとつ残念なのは、奴らの放った弾も俺の腹に穴を開けたってことだ。
身体中からアラートが鳴っている。
俺の寿命は残り2時間だった。
そして俺は、その2時間を2人の黙祷に使うつもりだった。
だが、俺の耳には静寂を切り裂くサイレンの音が聞こえてきた。どうやらスラム中の汚職警官が報復にやって来たらしい。
俺は首筋のスイッチに触れ、今までオフにしていた"鹵獲防止機構"を起動した。軍用ドロイドが敵の手に渡って解析されるのを防ぐため、ある一定の損傷を受けると内部発破を起こす機能だ。
汚職警官たちがやがてこの裏路地に大挙してやって来る。そこで奴らは壁にもたれかかり、頭にレール・リボルバーを突きつけた俺の姿を目にするだろう。俺が引き金を引き、自身を損傷すると、鹵獲防止機構が働いて内部発破が起こる。運が良ければ奴らの肉片が残り、あとで鑑識チームはDNA検査で誰が誰なのかを見分けられるだろう。
幸い、リボルバーには1発残っている。
最初に言っただろうか? ネオ・スラムじゃ自殺でさえも贅沢品だ。
俺はいま、その贅沢を味わおうとしている。ゆっくりと、引き金に指をかける。俺は今か今かと、汚れた奴らの足音が裏路地に響くのを、ただ待っている。
[再現終了]
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます