オラクル・デッド・ケース

暮準

ボディガード・ウィズ・リサイクルドガン

脱走ドロイド追跡中、ネオ・スラム捜査時のインタビューログ

「ブラッディ・ジョーの酒場」にいた黒いスーツの男(捜対00635-44α)

[捜査に直接の関係なし・データ破棄を推奨]



俺がボディガードの仕事を始める前は何をしてたかって? なに、よくいるネオ・スラムの孤児のひとりだったさ。


ある日、灰色の雨が降って、空腹で死にかけていた午後、俺に食べ物を分けてくれた女の子がいた。その子もひもじいはずだったってのにな。その時の俺には、その娘が天使に見えた。

それで、それ以来、俺とその娘はたびたび会うようになったんだ。会うたびにくだらない話をしたよ。ウォッチバードをハッキングしてオーナーの頭に墜落させたりとか、そういう類いのな。


俺とその娘が会って話すようになって2週間後くらいに、俺はスラムの外でその娘を見かけた。でも、何かおかしかった。見た目は同じだが、なんだか裕福そうで、しかも声をかけても俺のことを知らなかったんだ。

誰? みたいな顔をされたな。

その後、声をかけたせいで俺は近くにいたその女の子のガードボット達に袋叩きにされた。

効率的に、冷酷に、徹底的に。

で、その時に、俺は気付いた。その裕福そうな娘……こっちがDNAホストなんだって。

分かるだろ。


そう、俺はクローン・スレイヴの女の子に一目惚れしてたって訳だ。スラムじゃよくある話さ。

でも、その時の俺は気づけなかったんだ。同じ人間が2人いなきゃいけない、その理由に。


そして、次の日、何も知らない俺はいつものように待ち合わせ場所に行った。でも、彼女は来なかった。

何が起きたかって?

その娘は臓器だけを抜き取られ、"オリジナル"のものと交換されたんだよ。彼女は"保険"だったんだ。


全てを悟った俺はワンコインで買える1発しか弾の込められない、ジャンクパーツから作られたリサイクルド・ガンを片手にスラムの闇医者の元へ駆け込んだ。"そういうこと"をするには、そこしかないと知っていたから。

だが、もう遅かった。


手術台の上で、あの娘は空っぽになっていた。

不思議なもんだろ。全く同じ人間が、別の人生を歩むなんて。

片方は裕福な、自分の親が自分のために何をしたのかも知らない、ただ"幸運なこともあるものね"と考えてるお嬢様で、もう片方はゴミと犯罪者以外に何もない街で産まれ暮らしてた貧しい奴隷の娘なんだ。


その後に俺はどうしたかって?

いや、何もしてないさ。

何ができる? 不良品の銃を持った12歳のガキに。

側にいたその闇医者に、ちょっと遅かったな、と言われた。あと1時間でも早く来て、私の頭をその銃でぶち抜いてこの娘を救い出せていれば、"めでたしめでたし"だったのにな、と。

で、そのあと、俺は闇医者のボディガードたちに叩き出された。


使うことのなかった銃を片手に、雨の降るネオ・スラムをひとりで歩いて帰った。泣かなかった。でも、もうそんな俺に食べ物を分けてくれる誰かがこの街にいないことだけは、分かっていた。


そう、当時の俺は無力だった。

ただその時、俺は、あの娘の内臓をせめて無駄にしたくはないと思った。彼女の身体の一部でも、まっとうな人生を送らせてやろうと。迫り来る何かからは遠ざけようと。

だから、そう、今はボディガードをしてるのさ。

あの日、俺に食べ物を分けてくれた娘と全く同じ見た目をした、"幸運な"女の子の。


[ログ終了・法廷への提出は無効、本事件に有効な証拠ではありません]

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