第9話
♯あお
一通り、食事の支度をすませると
青のとなりに腰をおろす。
手の止まった青の様子を伺う
ちょっと、ぼんやりしたまま
手元のフォークをもて余している
あまり、口にあわなかったのだろうか?
試しに口許に料理を差し出すと
青は、パクリと口に含んで
黙って、モグモグと食べてしまった。
面白くなったぼくは、ポンポンと
青の口に料理を放り込む
黙々と食べ続ける青の様子が
何かへんだな?と、気づいた頃
青が口を開く
事情があって、中学を卒業すると
親戚の家に預けられていたらしい
高校を卒業したあとも
叔父夫婦の経営する
会計事務所にそのまま務め
今は独り暮らしをしていると
食べることに興味がなかったと
ぽつりぽつりと、語ってる青は
きっと、それ以外の事にも
生きることにすら
まるで興味をなくしてしまった
そんな時期があるように思えてならない。
青の薄い肩や、ビックリするくらい
軽かった体を思い出す。
食事を始めたときは、
一口食べるたびに
瞳をくるくると動かして
喜んでいたことを思いだし
今度は、もっとちゃんと
好きなものを聞いて
時間をかけて、料理をつくってあげよう。
今までの青にとって
食事は決して楽しいものではなく
きっと、辛いものでしかなかったんだろう。
料理に携わる仕事をしていたぼくにとって
それは、とても悲しいことだった。
青の頭をぽんぽんと撫でながら
無理に話さなくて良いよ
と、声をかけると
青が、我にかえったように
テーブルを見渡す
あらかた、片付いてしまった料理をみて
少し驚いてる様子だ
最後に残ったバゲットを
スープに浸して、青の口に
放り込むと、はじめて
美味しい
と、本当に嬉しそうに呟いた。
ビールを欲しがるふりをして
青にキスをする
青が、美味しいって、
あんまり幸せそうに言うから、
なんだか胸がぎゅっと締め付けられて
なんだか、凄く切なくなって
これからは
どんなときも
何があっても
美味しいものを食べて
幸せだなって
思ってもらいたくって
ぼくの料理で
少しでも青を幸せにしたいと
違う、青のおかげで
ぼくは、本当に今日、料理するのが
楽しくて仕方がなかったんだ
誰かのために料理することが
こんなに、幸せなことだと
青が、ぼくに思い出させてくれたんだ
もしかしたら
ぼくたちは
お互いに足りないものを
満たすために
こんなに引かれあったのかな
運命なんて、安っぽい言葉は
使いたくないけれど
ぼくに、ぽっかりと空いた穴を
青は、やすやすと埋めてしまった。
青が食事のご褒美にと
ぼくのひざにちょこんと
腰かけて
甘くてとろける、
小鳥のようなキスをしてくれた
なんとなく、青はこういう事も
そんなに得意ではない、というか
不慣れなんだろう。
恥じらいながら
様子を伺う姿は本当に可愛くて、
たまらなくなってしまったぼくが、
青からあっさりと主導権を奪いさると
たっぷりと、心ゆくまま青の唇を堪能した。
本当なら最後まで青というご馳走を
食べ尽くしたい気持ちをこらえ
手伝うと言う青をなんとか説得して、
なんか、たぶん
手伝わせたら余計時間がかかりそうで
ふたたび、青をほったらかしにしたまま
手際よく台所を片付けて
時計を気にしながら
シャワーを浴びると
青はテーブルに突っ伏して
すっかり眠り込んでいた。
青を抱き上げてベッドに運ぶ
やっぱり、驚くほど軽い
タオルケットにくるんであげると
かすかな寝息に耳をすます。
しばらく、寝顔にみとれていたけれど
やっぱり我慢できなくなって
青の頬にちょんと、キスをする
起きる気配はない
小さくて薄い耳をパクリとくわえてみる
小さい耳には不釣り合いなふっくらとした
耳たぶを舌で転がしていると
青がむにゃむにゃとなにか呟く。
透明な膜におおわれたように
まだ、ぼくのしらない秘密が
たくさんつまってる青
何も知りたくないと言っていた青
そもそも、お互いに
まだ、本名すら知らない。
そんな事実に、今更ながらに
驚きながら、もう、すでに
ぼくの一部になってしまった青
こんなに、一人の女性を愛しいと感じたのは
いつ以来だろう。
自宅で手料理を振る舞ったのも
ぼくのベッドで眠る誰かの寝息をきくのも
青で二人めだった。
彼女は、今幸せだろうか
一緒に過ごした数年は
もう、遥か昔のことに思える。
逃げるようにあの店を去って
まだ、1年と少ししかたっていないのに
共に過ごした年月よりも
ずっと、長い時間がたってしまった気がする
実際、最後の日々はお互いにろくに口も聞かず
魔が差したとしか思えないように
お互い、発作的に体を重ねることで
結局彼女は、誰を裏切っていたんだろう
ぼく?それとも、いま、一緒にいるはずの
彼だろうか?彼女が、最終的に選んだのが
彼ならば、ぼくと過ごした最後の日々は
彼を裏切るという、
火遊びに変わっていったんだろう。
それに堪えられなかったぼくが
求められるままに、名前も知らない女性を
何人抱いたとしても
お互いに見て見ぬふりをしながら
どれだけ傷つけあっても
ぼくは、本当にあなたとの未来を
真剣に考えていたんだ。
ぼくに、女性の全てを教えてくれた
あの人を思いながら、
別の女性を喜ばせる
それは、一時的な快楽をもたらしはしても
決して楽しいものではなく
求められれば求められるほど
なんの感情も伴わない行為は
ぼくを虚しくさせた。
今、目の前にいる青を
喜びで満たしてあげたい
これは、ぼくの身勝手な感情だろうか
ぼくの手は、ぼくの指は
本当に青に触れていいのだろうか
青を汚しはしないか
安っぽいドラマのような出会いに
ぼくはただ、酔っているだけなんだろうか
ほんの少し強く抱き締めただけで
簡単に壊れてしまいそうな青
青はほんとに、何も知らないままで
ぼくを、許してくれるのだろうか
そんな青に、ぼくは甘えてしまったままで
いいのだろうか。
青を悲しませることで
ぼくを苦しめること
なにも知らないはずの青の言葉が
僕の胸をしめつける。
時々、別の場所をさまよい始める
青の心の中にも
きっと、ぼくには言えない何かが
あるんだろう。
青の知りたがらないぼくの過去に
ぼくが縛られていたら
青を守ることはできないね
違う、青がぼくを縛っていたものを
いとも簡単にほどいてしまったんだ
ぼくを守るために
青がぼくにくれた
青を幸せにする権利を
ぼくは、絶対に手放さないよ
かわりに、ぼくは、今までのぼくを
手放そう。からっぽになった
ぼくを、青でいっぱいにして
もう、誰も思い出さないように
青と出会えた今日を
二人の始まりの日にするために。
ぼくらのための物語 @pinopy
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