第6話

♯わたしのくろちゃん


言葉につまったくろちゃんは

口許を押さえたまま

私とは視線をあわせようとせず

しばらく、黙りこんだ。


私こそ、今の私こそ

嘘つきだ

くろちゃんを責めているのは

私の方だ

本当はすべてを受け入れたくて

でも、

誰だか知らない女の子達と

一緒にされたくなくて、

自分を守るような責め方をして、

私はその娘たちとは違うって

特別で安全な場所に

逃げ込もうとしているだけだ


本当はただ、私だけを見てほしい

ただ、それだけなのに。


ごめん


くろちゃんは、

私を一度、ぎゅうっと強く抱き締めると

そっと、体をはなし

床に落ちたバックを引ったくるように

拾い上げ、そのまま

ドアへ向かっていった。


ためらうことなく

ノブに手をかけ、扉を開けようとしている

いやだ


私は体当たりするように

くろちゃんの背中にしがみついた。


だめ、帰っちゃだめ


自分の額をくろちゃんの背中に

押し付けるように

いやいやを繰り返す


しばらく、じっとしていたくろちゃんは

諦めたようにゆっくり振り向く

私の肩にしっかりと両手をのせると

うつ向いたまま、私の額に

自分の額をくっつけるように

私の顔を除きこむ。


しっかりと、私の瞳を見つめたまま

なにか、固いものを吐き出すように

口を開く



青、あのね


一瞬、両手を上げて

私は自分の耳を塞ぎたくなる

でも、ここで、耳を塞いだら

きっと、また、

このドアから出ていこうとするに違いない


行き場のなくなった手のひらで

顔を引き寄せ

くろちゃんの、口を自分の口で塞ぐ

今度はくろちゃんが、いやいや、と

小さく首を降る

くろちゃんの鼻に

自分の鼻を擦り付けるようにして

頬を重ねる

汗ばんだ二人の頬は

吸い付くようにピッタリと張り付いた。

青、聞いて

泣きそうな、力のない声で囁く


帰っちゃヤダ

囁きに、自分の声を被せるように

帰っちゃヤダ

子供みたいに同じことを繰り返し

私も泣きたくなるのをこらえながら

うなだれた首にかじりつく。


くろちゃんの耳元に唇をよせる

くろちゃんの匂いを感じる

ちょっと、汗の混じった

せっけんの香りがした

こめかみに掛かる髪に

鼻を潜り込ませて

大きく息を吸い込む

くろちゃんの匂い

ずーっと嗅いでいられたら

どれだけ幸せだろう。


お願い、帰らないで、なんにも言わないで


どこにもいかないで

わたしをおいて、いかないで

わたしを、ひとりにしないで


あお、


遠くから私を呼ぶ声がする

あお、鼻にかかった甘ったるい声

私の髪をとく、細くて優しい指先



ぼくの、あお




青、どうしたの?青?

くろちゃんが、私の肩を揺さぶる

目の前にいる、くろちゃんがぼやける。


泣かないで、あお



心配そうなくろちゃん、ごめんね


ぺたんと座り込んだ私を心配そうに覗きこむ

頬にそっと触れると、涙で濡れている

優しく手のひらで何度もこする。

泣いていたのは

どっち?


くろちゃん、泣かないで


何か、言いかけて開いた唇に

そっと指先をあてる。


あのね

くろちゃんの話したいことが、もし

私を悲しませることで

くろちゃんを苦しめることなら

私は聞きたくないの

知りたくないの


今も、これから先も


もし、何か話すなら

私が、もっとくろちゃんを

大好きになれること、話してほしい

くろちゃんを

もっともっと

好きになっちゃうことだけ、私にいって。


くろちゃんは、謝らないで、

そのかわりに、好きっていって。

私を好きでいっぱいにして。


膝立ちになった私は

しゃがみこんだくろちゃんの顔を引き寄せて

くろちゃんの額に唇をあてて

くろちゃんの髪に鼻を埋めて

くろちゃんの匂いを、もう一度

思いっきり吸い込んで

思いっきり息をはいた


その瞬間

軽々と抱きあげられてしまった。


お姫様だっこみたいで恥ずかしいよ

自然に顔が赤くなる

今度はくろちゃんが

私の耳の後ろに鼻をもぐりこませて

思いっきり深呼吸した

くすぐったいよ


しばらくそうやって何度か深呼吸を

繰り返すと、


青が、急に座り込んだから吃驚した

どうしようかと思った

泣き出して、呼んでも答えないし

ほんとに帰ろうかと思った


ちょっと、冗談めかしてくろちゃんが

いった。


頭に来て首筋に噛みついてやった


しばらく、くすぐったい、だの

痛い、だの言っていたけど

噛みついてる私の頭を優しく

なでながら、


もっと、強く噛んでいいよ

もっともっと、思いっきり

僕が、この痛みを、忘れないくらい

青のあとを、僕に残して


私はまた、ポロポロ涙を流しながら

しっかりと噛みついていたけど

そのうち、息が苦しくなって

今度は子供みたいに声を上げて

頭を撫でてもらいながら

しばらく、泣き続けた。



すっかり泣きつかれて

くたくたになってしまった


何か飲む?

と、聞いてくれたので

私は思いきってビールを頼んだ

もう、喉がカラカラだった

あと、ちょっとアルコールの力を

借りたい気持ちも、正直あった


くろちゃんはちょっと、

おどろいた様子だったけれど

実は僕もちょっと、のみたい気分だった

といって、二人でビールを頼んだ。


お酒はあまり得意じゃない

と、いいつつ、

一杯目をあっという間に飲み干すと

すぐに、お代わりを頼んだ

ビールを美味しそうに飲む

上下する喉仏をみながら

ちびちびと、ビールを飲んでいたら

今朝からなにも食べていなかったせいか

半分も飲まないうちに

もう、すっかり、気持ち良くなってしまった。


お酒はけっこう、強いはずなんだけど

すでに、くろちゃんに

酔っぱらってたようなもんか、と、

変なことを考えていたら、お酒を飲んで

ほんのり赤く染まったくろちゃんの首筋に

くっきりと、私の歯形が浮き上がった

無意識に指先でふれる

くろちゃんが、私の指先を握りしめて

手のひらにキスをする。

ビールで冷えた唇が心地よい。


僕、接客業なんだけど、めだつ?


と、いたずらっ子のような目を私に

ちらりと送ると、そのまま、私の手を

引き寄せて優しく、本当に優しく

抱きしめる。片方の腕を背中に回し

私の肩甲骨のあたりを優しく撫でながら

片方の手を私の顎にそえて

私の目をじいっとみつめると


好きだよ


と、いって、目を、鼻を、頬を

顎を、そっと、微かに唇でなぞるように

キスをする。

唇に触れるか触れないか

そんな距離で何度も何度も

少しアルコールのまざった吐息が

唇より強く、私を刺激する。

からだの奥にピリピリと電気が走るように

何度も繰り返す心地よい痺れが

私の心と体をトロトロに溶かしてゆく

くろちゃんの舌先がチロチロと

私の唇を弄ぶ

私は自分から唇を開くと

くろちゃんの、唇を、舌を、吐息を

ゆっくりと、ゆっくりと味わう


わたしも、くろちゃんの

しるしがほしい


そう、囁くと

ぱっと、顔を離したくろちゃんの顔が

ただでさえ、アルコールで赤く染まった頬がさらに、赤くなる


こんなに甘くて切なくて

こんなに優しくて、

こんなに素敵なキスをするくせに

不思議なタイミングで

すぐ赤くなる


もう、かわいくてかわいくてかわいくて

また、噛みつきたくなったけど


今度は、くろちゃんのばんだよ

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