第5話
♯ぼくの青
30分待つって、
長いのか短いのか
状況でこんなに違うのか
少し落ち着いた青と
ちょっと照れくさいけど
ようやく、会話らしい会話をかわせた
でも、結局、そのまま
静かに時間がくるのを二人で待っていた。
僕の頭のなかは青ですでにいっぱいで
それが溢れ出さないように
じっと、口をつぐんでいた。
名前を呼ばれて受付をすますと
青が先に、部屋を探して歩きだす。
青から、甘い匂いがする。
電車の中の眠っていた青がよみがえる。
青が、ここだね
と言って、扉を開く
やばい、たぶん、僕は僕を
押さえられそうにない
扉を閉めると
僕は青の思った以上に骨ばった
でも、薄い肩に後ろからそっと
両手をのせた。
小さく、ビクリと弾んだ青の肩
しばらく、そのまま様子を伺う
振り払われないことを確認した僕は
そっと、青の細い首のまわりに両腕を回し
浮き上がった鎖骨に寄り添うように
力を込めずに包み込んだ
大切に、壊さないように
僕の本当の気持ちが伝わらないように
僕は嘘をついた
青
必然的に青の耳元に唇が触れる距離で
声を潜める
青、青、青、青、
はい
と、青が小さく答える
青にお願いがあるんだ。
こくりと、小さくうなずきが返ってくる
僕は青に嘘をついたんだ
ただ、会いたかった
会って、話がしたかった
そんなの、全部、嘘なんだ
お願いだから
このまま、黙ってさよならしよう
お願いだから
青は、このまま
部屋からでていってくれないか
言葉とは反対に
僕の手のひらは
力を込めて青の両肩をつつみ、握りしめる
逃げられないように
ひんやりとしていた、青の首筋から
ほのかに、熱が立ち上る
やだ
青がつぶやく
でも、このまま、二人で
この部屋にいたら
たぶん、僕は、青が嫌なことするよ
無理矢理でも、青が嫌がることを
困ってしまうような事、きっと、するよ
じっとしている青の
顔に掛かる青の髪を耳にかけると
青のふっくらと、赤く染まった耳朶に
唇を押し付ける。
それ以上言葉にならず
競り上がる感情が深い吐息にかわり
耳からこぼれた
青の柔らかい髪がフワフワとゆれる
一瞬、青の体が固く引き締まる
その後、全身の力を抜いた青が
僕の胸に背中を預ける。
くろちゃんの、したいことは
きっと、私の、してもらいたいことだから
嫌な、ことじゃ、ないよ
青が、僕の両腕に顔を埋めて
ぽつりぽつりと、恥ずかしそうに
震える声でつぶやいた。
ダメだダメだダメだ
青はそんなこと
いっちゃダメだ
喜びで震える胸とは裏腹に
僕の頭のなかはそんな言葉で
埋め尽くされる。
僕のしたいこと、青は、本当にわかってるの?
青の小さな顎に手をかけて、
無理矢理、青を振り向かせる
驚いた瞳で僕を見上げる青
薄く開いた形のよい唇
一瞬で固くこわばる体
青の返事を待たず
青の唇に自分の唇を
乱暴に押し付ける、
無理矢理、青の唇を
自分の舌でこじ開ける
口の奥で丸く固く縮こまった
青の舌を、無遠慮にまさぐる。
青の口の中は、僕の舌でいっぱいになる。
ちいさく、いやいやをする
青の小さくて形のよい頭を
両手で挟み込み青の自由を奪う
逃げ場を失った青の舌は
徐々に力を失い
やがて、意思をもって、
僕の舌におずおずと絡み付いてきた
青の固くなった体も唇も
僕の服にしがみつく、青の両手も
柔らかな震えを残して
僕に絡み付いてくる
全身で青を感じる僕の体も
震えているのだろうか?
これは、青ではなく、僕の震えなんだろうか?
青の舌を、青の唇を、なぞりながら
青の震える睫毛を覗きこむ。
次第に息が荒くなる青の小さなうめき
されるがままに、僕に答える青
青をひどい目にあわせたくない
僕の身勝手な思いで
青を押し潰してしまいそうになる
ようやく、青を解放した僕は
青の頭を抱え込むように抱き締める。
青にこたえて欲しかったはずなのに
こたえた青を責めたい気持ちが沸き上がる
青に、こんなことさせたのは、僕
ごめん
無意識に言葉がこぼれる。
驚いたように僕を見上げる
青の瞳に、僕を攻めるような色が伺える
くろちゃん、ずるい。
くろちゃんの、今のごめんは
加害者のごめんじゃない
被害者のごめんだ
私を責める、ごめんだ
青の体は時に固くこわばり、時に柔らかく
今、僕に全てを委ねてる。
青の体は雄弁に
僕への思いを伝えているのに
青の唇はしっかりと、僕の思いを
受け止めてくれたのに
青は僕の心を見透かすように
僕の瞳をしっかりと見つめたまま
私たち、謝るようなこと
何も、してない。
と、つぶやいた
突然沸き上がった青への愛しさに
たえられなくなった僕は
青を、そっと、抱え込むように
ソファに腰かける
従順に僕の中にすっぽりと
収まってしまった青
どうして青は、こんなに簡単に僕を
受け入れてしまうのだろう
今日、初めてあった僕を
顔も見たことのなかった、他人の僕を
少し、体温の上がった
青の髪のにおいを感じながら
少しずつ、不安が広がっていく
愛しくて愛しくて、たまらないのに
愛しくて愛しくて、たまらないから
僕は言ってはならない一言を
言ってしまった。
青は、こうやって、誰にでも
自分を許してしまうのだろうか?
そんな、疑問を
やすっぽい言葉で青にぶつける。
言ってしまって
青の瞳が悲しみにかげるのを
青の瞳が怒りをたたえるのを
確認する勇気のない僕は
無責任に瞼を強く閉じてしまう
いつだって、不完全な僕は
こうやって、人を傷つけてしまう。
受けとることが恐くて
無責任な言葉や態度で自分を守ろうとして
いったい、どれだけ人を
傷つけてきたんだろう。
ふいに、青の柔らかい唇が
僕の唇に重なった。ためらいがちに
僕の唇を甘く咬みしめる
差し込まれた舌を優しく吸うと
青の全身からため息がもれる。
そっと、体を離すと
私がくろちゃんに会いたかったの
私が声を聞きたかったの
私がくろちゃんにふれたかったの
私がふれて欲しかったのは
くろちゃんだよ
私はくろちゃんだけだよ
その一言で
青が僕のすべてに気づいていることに
僕も気づいてしまった。
青とのやりとりが、ラインにうつると
必然的にSNSの更新が疎かになった
久しぶりに自分のページを確認すると
以前数回だけ関わりを持った女の子が
かつての、僕と青とのやりとりに、
割り込むような形で
コメントを残すことが数回続いていた。
さりげない一言に、秘かに青を邪魔者扱い
する匂いがこめられていた。
たしか、付き合っている恋人のことで
悩んでいる、相談にのってほしい
まるで、マニュアルのような誘い文句に
良く考えもせず、当時の勤め先でもあった
レストランに彼女を招いてしまった。
そのころ、あまり良い精神状態ではなかった
僕は、寂しいと僕のもとに訪れる
彼女たちを、言われるがままに
受け入れてしまった
その後、黙って退職した僕を誰一人
責めることもなく、SNSでのやりとりは
何も変わることなく
沢山の人が、毎日のように
訪れては消えてゆく
そんな世界では、
なんの変化も感じられないまま、
僕は彼女たちのことも
すっかりと、忘れてしまっていた。
青は気づいただろうか?
すっかり、そこから遠ざかっていた
僕が気づいたときには
無視されたと思ったのか、最後の書き込みから
数日が経過していた。
そもそも、記事じたいが古いもので
青が読み返す可能性はゼロに近いはず
でも、青は僕と違い
今までと変わらないペースで更新を続けていた
青に気づかれたくないと思った僕は
気づかれる前に会わなければと焦った僕は
すぐに、ラインで青に約束をとりつけたんだ。
でも、青はそんなこと、とっくに
気づいていたんだね。
この部屋から
黙って出ていかなければならなかったのは
僕だ
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