第3話

♯僕について


本当に僕はどうかしている

約束の場所、約束の時間

そんな事を、無視して

余りにも朝早く目覚めてしまった僕は

青の住む町のショッピングモールの

最寄り駅のホームで途方にくれていた。

待ち合わせはそこから30分以上も離れた

お互いのすむ町の中心にある繁華街を

選んだのに。

落ち着かなくてじっとしていられなかった僕は

青の住む町を見たいだけだと自分に

言い訳して朝から、電車に飛び乗ると

結局、駅のホームで途方にくれてしまっていた。

もし仮に、青があらわれても、向こうは

僕の事を知らない。

青は楽しみにしてるからといって、

写真を決して見ようとしなかった。

僕もラインにどう写真を添付していいのか

わからなかったし、写真を見た青が

急に気持ちを変えて、

会うことをためらうんじゃないか

そんな不安もあって

青の意見を尊重した。

約束が決まってからの青のテンションは

やけに高くて、まるで、初めてのデートに

はしゃぐ、女子高生のようで僕を驚かせた。

よけいに、会ってガッカリさせてしまうのが

怖くて、もし、この出会いが一度きりで

短時間で終わってしまっても、

遠くからでもいい、ほんの少しでも

青のそばにいたい、そんな気持ちが

今の僕を、駅のホームにとどまらせていた。

もう、次の電車に乗らなければ

約束の時間に間に合わない

駅の階段は一つで

そこをにいれば、ホームに降りてくる

青を見逃すはずはなかった

それでも気付かなかったのだろうか?

もしかして、もう、気が変わってしまったのだろうか?

そんな、不安を抱えつつ

僕は、次の電車に寂しく乗り込んだ。


落ち着きなく、空いてる席を探すふりをして

辺りを見回す

時間的に空いてる席は沢山あるのだから

不自然きわまりない自分に気付いて

仕方なく空いてる席に腰かける

青からのラインはない。

予定に変更はないということだろうか?

ふ、と顔を上げると

正面に青がいた。ウトウトと

目をつぶっている青が顔を上げた瞬間が

同時だった。

青はひとつ前の駅が利用駅なのか?

たしかに、生活圏内とはいえ

利用駅まで確認する勇気はなかった。

青はすっかり、無防備に眠り込んでいた。

その瞬間世界の色がかわった。

写真とは比べられないほど

青が鮮明に輝いてみえた。

普通、女の子がSNSにのせる写真は

一番自分が可愛くみえるものを選ぶだろう

実際に別人のような人を僕は何人か

知っている。


や、青の写真も充分かわいかったはずだ。

それは間違いない。


僕はどんな間抜け面で

青に見とれていたのだろう

気付いたら青の隣に座る中年のサラリーマンが

不信げな目付きで僕をみつめていた。

あろうことか、青がその親父に

もたれ掛かろうとしていた。

いや、こんなに綺麗な娘が

こんなに無防備にこんな場所で

こんなに眠りこけていいはずがない

平和な日本なんてくそくらえだ。

そんな訳のわからない事を考えながら

あたふたする僕をよそに、

初めは迷惑そうにしていた親父は

ちらりと僕に視線を投げると

いやらしく口許を歪めて、もたれ掛かる青を

横目でじろじろと眺め回していた。

焦った僕は急いで立ち上がると

なにも言わず、二人の前に仁王立ちで

親父を睨み付けた。

ちょうど次の駅に到着間際だった。

親父は舌打ちと共に、青を振り払うように

電車を降りていった。

無事、青の隣に収まった僕は

また、途方にくれてしまっていた

これから会うはずの僕がここにいたら

不味いのではないか。でも、ゆらゆらと

眠りこける青をこのままにもしておけない。

や、常識で考えれば、どこにでもいる

どこにでもある風景のはずだ。

でも、青を守らなければという、

訳のわからない正義感に

燃えていた僕は、結局そこで

また、途方にくれてしまっていた。


かくん


と、青の頭が僕にもたれ掛かる。

ごめんなさい、と、小さな声で

青が寝ぼけた視線を僕に送る


大丈夫だよ、青


つい、言葉がもれる。


しばらく、ぼんやり僕を眺めた青が


くろちゃんだ


と、つぶやいて、安心したように

僕に体を預けて再び眠ってしまった。

どっと汗が吹き出る。

電車の揺れにあわせて滑り落ちた

青の腕がぴったりと僕の腕にはりつく。

青の細いうではひんやりと冷たく

僕は無意識に青の手のひらにそっと自分の

手のひらを重ねてみる

眠っているはずの青がきゅっと

手のひらを握りしめる

自分の行動と青の反応に心臓の鼓動が早まる

冷房の良くきいた車内なのに

体温がまた上がり汗がとまらない。

僕の腕を伝う汗が青の手首に留まる。

ああ、青を汚してしまう。

身動きのとれない僕はなんて役立たずなんだ

そんなため息さえ必死で噛み殺す。


そんな僕にはお構いなしで

青の静かな寝息がリズミカルに

耳からこぼれ落ちた髪を揺らす

前髪の奥の長いまつげ

うすく、ソバカスのちる

青の頬は心配になるくらい青白い。


幸せだった。僕ははじめて心から神に祈った

このまま、時をとめてください。


だが、無情にもあと、一駅で約束の駅に

たどり着いてしまう。

このまま、一度黙って席を立つべきか

そしらぬ振りで待ち合わせ場所に向かうべきか

握りしめる青の手のひらをほどくのが

名残惜しくて、ぐずぐすしていると

青のバッグが緩やかなバイブレーションで

鼓動した。

青から顔を背け固まったまま凍りついた僕を

目覚めた青が不思議そうに

見上げているのがわかる。

ポカンとしたまま器用に片手で

バイブをとめると、バッグから

ハンカチを取りだし、


くろちゃん、すごい汗


といって、僕の顔に流れる汗を

優しく拭き取ってくれる


クスクス笑いながら張り付いたお互いの腕を

やさしくはがす。


パリパリって


あはは、無邪気な青に、あっけにとられる僕

そこで、繋がれた手に気づいた青が

やっと目が覚めたように、驚いて

変な声が唇からこぼれると同時に、

青の顔がみるみる赤く染まっていく

それが、あんまりかわいくて

いままでの緊張が吹き飛んだ僕は

つい、クスリと笑ってしまう。


青は繋がれた手と僕の顔をくるくると交互に

確認すると


なんで、わたし、くろちゃんの顔

しってんの?!


と、すっとんきょうな声をあげる

そのとき、

うまい具合に電車がホームに滑り込み

かたまった青の腕を

少し強引にひっぱって、ホームにおりると

黙って、早足で改札に向かった。

なんだか無性におかしくて

笑いだしてしまった僕の後ろで

青も、つられて笑いだしたようだ

二人で笑いながら目的もなく人混みをかき分け

僕は人気のない場所を探して早足のまま歩き

青は手を繋いだまま

小走りで僕に引っ張られるように

ついてくる。


しばらくすると青に強く手をひかれた。


もう、限界、ちょっと休もう


どこの街にもある大型チェーンの

コーヒーショップを指差す青

だまって、今度は僕が手を引かれるかたちで

その店のドアを潜った。

それぞれに、オーダーをすませると

青が先に席をとりにフロアへ向かう。

電車を降りてからまだ、

何も会話らしい会話をかわしていない

僕たちは、まるで、

古くからの付き合いのように

お互いの役割を当たり前のように

こなし、僕は二人分の飲み物を手に

青の待つテーブルに向かった。


















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