第2話
♯くろちゃんのこと
くろちゃんは、いつも
そっけない。
初めも、なんのコメントもない
写真が送られてきて
びっくりした。
最近、変な人からのダイレクトメールが
増えてきて、ちょっと煩わしかった事もあり、しばらく忘れていた。
ふと、思い付いて写真を開く
あ、にゃんこ
あ、あの人か!にゃんこが小さいよ
普通、にゃんこの写真はにゃんこが
主役だよ、でも、景色の中に溶け込んで
安心した様子でごはんを食べてる
にゃんこの写真からは
ほんのりとした、優しさが感じられた
煩わしい思いをさせられた
イラつきもあって
私も無言で写真を返す
ちゃんと、申請は承認するけどね
週に2、3度、無言のまま競うように
写真を送りあった。
私も、野良猫や夕焼け、綺麗な雲の写真を
撮るのが楽しくなった。
今まで憂鬱で気乗りのしなかった
通勤時間は、ちょっと早めに家を出て
ゆっくりと、写真を撮ったり
景色を眺める、私の大切な時間に
少しづつ変わっていった。
世の中に、こんな、綺麗な物が
素敵な事が、まだ、残ってたなんて
すっかり忘れてしまっていた
初めは無言でやり取りしていたけれど
そのうち、くろちゃんから
かわいいね
とか
きれいだね
なんて、コメントが返ってくると
すごく嬉しくて
写真を撮ることより
自分でも気づかないうちに
やり取りじたいが楽しみに変わっていった。
実家をはなれ、もう、何年たっただろう?
ここ、数年、連絡もしていない。
勤め先は親戚の叔父さんのところだし
きっと、きっとかげでこそこそ
連絡を取り合っているに違いない。
叔父さんが何も言わないのも
向こうに何のかわりもない証拠だろう。
それでも、気遣いからか、お節介からか
夫婦で私を常に伺う様子が、
たまに、とても、落ち着かない
いたたまれない気持ちにさせる。
なんで、思い出すんだろう
本当は思い出したくなんかないのに。
一番、思い出したくない人が
一番、会いたい人だなんて
私はどうかしている。
本当は顔もみたくないはずなのに。
私の家族は私にとって一番厄介な存在だった。
私は、人と親しく関わりを持つことが 恐い
それでも、本来、寂しがりやの私は
一人も恐くて、仕方がない。
そんな、我儘な私の居場所は
主にSNSの中にある。
現実の中の非現実の世界では
沢山の人が、毎日、勝手なことを
いったり、やったり、笑ったり、泣いたり
とても、気楽で、とても素敵だ。
そこに、関わる勇気が、ほんの少しでもあれば
簡単に受け入れてくれる。
初めは、コメントすることすら
ありったけの勇気が必要だった
みなが、当たり前のように出来ることを
やってみたかった。
それが、やっと当たり前になって
自分から積極的に会話にも
参加できるようになった頃
本当の名前も知らないけれど、
友人とよんでも、差し支えないほどの
やりとりが、唯一の楽しみになった頃
逆に、あつかましい、無遠慮な
人との関わりも増えてきて、
煩わしさも感じ始めた頃
どこの世界も、もしかしたら
かわりなんて無いんじゃないかと
思い始めた頃だった。
だから、くろちゃんにはビックリした
今、思い出しても笑える
コメントなんてしなくてもいいんだって。
でも、訪れたくろちゃんのページには
沢山の人が、集まり、いつも賑やかだった
くろちゃんの写真は、手振れしてたり、
相変わらずにゃんこがちっちゃかったり
へんなキャラクターだったり
コメントもそっけないけど、
誰も気にすることもなく
へんてこな写真をネタに盛り上がっていて
見ているだけで、淋しさがまぎれた。
きっと、みんなも同じなのかな?
なんとなく、ある程度の世界観が
出来上がっていて、珍しく、
中に入るのを躊躇した。
過去の記事を何気なくさらっていると
極端につくコメント数に差があることが
目に留まる。
何気ない日常を切り取ったような
静かな写真。
ポツンと取り残されていた。
それが、なんだか目をひいて、
私は時系列を気にせず誰のコメントもつかない古いものを選んで少しずつ写真を
少しの時間をおいて、簡単なコメントを
残すようになった。
今では、全く気遣いのない、
二人だけのそんなやり取りが
なにより楽しい。
くろちゃんの返信コメントは
相変わらずそっけなかったけど
そこから、くろちゃんの感情が
たまに、はみ出るときがあって
私はそれに驚いたり、笑ったりして
時にはとても喜んだ。
その写真は
たぶん、夜のコンビニの駐車場だと思う
と、いうか、いつも
野良猫親子が餌をもらいに来ると言う
コンビニだろう。くろちゃんちの
近所なのかな?よく、うつってる。
開いた自動ドアの先には
誰もいない、店内がぼんやりと
光っていた、それだけ。
ただ、その写真がやけにさびしかった
昼間は人で賑わうであろう
深夜のコンビニ
もし、ここで、夜、一人で働いてたら
すごくさびしいだろうな
でも、今、私も一人ぼっちだった
凄くさびしいのは、きっと、私だ。
くろちゃんはどうして
こんな写真を撮ったんだろう?
くろちゃんて、誰なんだろう?
そんなことを考えながら
さびしいね
と、一言コメントを残した。
とにかく、くろちゃんは私を驚かせる天才だ
珍しくダイレクトメールが来ていたので、
不思議に思いながら開いてみる。
会いたい
相変わらずそっけない
でも、心臓がひっくり返るほど
驚いた、間違いなくドクンッていった。
慌てて返信する
いつ?
あぁ、そもそも、くろちゃんは
どこにすんでるの?
ていうか、誰なの??
あぁ、もう、問い詰めたいことで
頭が一杯になる。
っていうか、どうして、私、こんなに
とりみだしてるの??
私こんな子じゃなかったはずなのに
生まれてはじめて、自分のラインIDを
人に教えた。
余りにも、くろちゃんの反応が遅くて
ちょっと不安すら通り越した頃
やっと、ラインが入った。
なんか、凝らしめてやりたくて
それから、しばらくは、なんでもない
世間話や、普段、SNSでは、かわさない
そんな話で、会いたい、という
くろちゃんの言葉をはぐらかした。
はずなのに、なんだか
盛り上がってしまった私の方が
早く、くろちゃんに会いたくて堪らなく
なってしまった。と、いうか、
未だに、異常にレスポンスの悪い
くろちゃんは、ライン使いこなせてない
間違いない
はじめ、あんなに時間がかかったのは
きっと、操作が不慣れだったからに違いない、
会ったら、まず
それをからかってやろう。
ただ、自分からタイミングをずらしておいて
どうやって、いつ、会うのか
どう切り出していいものか
頭を抱えていた私の目に
それは、とつぜん飛び込んできた。
すっかり、ラインでのやりとりが
メインになっていた
ちょっと、きっかけを探して
くろちゃんのSNSを、開いていた。
前みたいに何か、写真を残そうか、
コメントを残そうか、
そんなことを考えながら
久々にかつて二人が残した
やりとりを眺めていた。
そこに、いた。
初めは、くろちゃんを懐かしむような
簡単なコメントだった。
すごく、嫌な感じがした。
そんなこと、したって
嫌な気持ちになると、わかっていて
私はくろちゃんの最新の記事を探す。
しばらく、更新が止まっていた。
反応の途絶えたコメントが
数日前から放置されたままになっていた。
でも、違う、あの娘じゃない。
日付もそっちの方が新しい。
見たらダメだ
見たらダメだ
わかってるのに、過去のログを
次々に見てしまう
明らかに私の存在を否定してる
書かれたコメントは、
露骨な表現こそないものの
明らかに、私を邪魔者にしている
私を排除しようと、さりげく
でも、明らかに悪意をもって
書き込まれていた。そして、
私には知り得ない、二人だけの世界が
そこにあった。
気分が落ち込む
それでも、チェックせずにはいられない。
しばらく続いたそれは
必ず、私とくろちゃん、二人だけの
やりとりに限られていて
それでも、くろちゃんは気づいていないのか
全く反応がないことに腹をたてたのか
いつのまにか、その娘は消えていった。
あまりにもあっけなく
私の感じたような深い繋がりなんて
存在しなかったかのように。
何があって、何が終ったのか
私の知らないくろちゃんは
私が出会ってしまったら
全く別人になってしまうのだろうか
私はざわつく気持ちを抱えたまま
何も聞けないまま
くろちゃんとの、何気ないラインを続けていた
今までは、人には言えなかったようなことも
真実は伝えないまま、気を引きたくて
書いてみたりもした。
くろちゃんは、それでもいつものくろちゃんで
私を喜ばせたり悲しませたりした。
この人はいったい、誰なんだろう
顔も名前も、年齢すらわからない。
私はいったい誰と話してるの?
私を簡単に喜ばせたり、悲しませたりする
この人は、私のなんなんだろう。
会ってたしかめたい
でも、自分からは言い出せないまま
私の中の複雑な感情が
はっきりとした自覚にかわったころ
くろちゃんから、ちゃんとした
お誘いのメッセージが届いた。
私は私の中に生まれてしまった
大切なものと、それを簡単に
壊してしまいそうな、真っ黒な感情を
くろちゃんに気づかれたくなくて
無理にはしゃいでみせた。
できれば、人の少ないところがいい
例の書き込みのせいで、私の中に
住み着いてしまったのは、
あの娘一人ではなかった
知りたくなんてなかったのに
みっともない罪悪感を抱えたまま
くろちゃんの記事を読みあさった。
やめられなかった。
私の気のせいかもしれない
そう信じたい自分と
私のしらないくろちゃんは
こういう場で知り合った女の子と、
簡単に何かしらの関係を持ってしまう
軽い男なんだ
という、思いが私の中でぐるぐると
渦巻いていた。私もその一人?
そんな人と、私は会っていいの?
それでも、私の会いたいという思いが、
くろちゃんへの思いが、
自分で考えていた以上に
大きくなってしまっていて
もう、とめられなかった。
人の多いところで取り乱したくなかった
できれば、二人っきりになれるところ
そんなこと、さすがに恥ずかしくて
言えなくて、遠回しにそれを伝えた。
あとは、くろちゃんに全てまかせよう。
私は無邪気な自分を装うのに
もう、いっぱいだった。
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