第09話:猫は死様なんて選べません!

 ――漫画? 冗談じゃない。


 スーが歯噛みする。


「そんなことでぇ!」


 愚猫ぐびょうに負けるはずがない。それを証明するために、小さな体でゴーレムに立ち向かう。


「所詮、ゴミ!」


 小さくとも強靭な右腕が振るわれる。ゴーレムの左胸を突き破った。


 が――途端にスーの全身へと激痛が走る。


「あがっ!?」


 呻き声を上げながら路上へと落下するスーは、身体がうまく動かせないまま、固い地面に衝突した。


「どう? ルナも痛かったんだからね」

「これ、くらい……」


 見下ろすルナ、見上げるスー、そのどちらもが額から流血している。


 そうしている間にも、ゴーレムの開いた左胸に、瓦礫が吸い寄せられていく。


(さっきのは電気……磁石みたいにして集めてるのですね)


 だから触れた時に、スーの身体にも電気が流れたのである。


「でも、異能をそんな都合よく」

「ふふん、大事なのはイメージ力って、女神様から聞かなかった?」


 スーが言葉にした疑問に、ルナが鼻を鳴らして答える。


「妄想たくましければ、それだけ強いってことですか」


 結果として誕生したのが、瓦礫さえあれば無限再生するゴーレム。


 その瓦礫を作り出したのがスーである。


(自分の行動が裏目に出てしまいましたか)


 だが、それを悔やんでいる暇など、いまのスーにはない。


 再生し続けるゴーレム。触れれば電気が流れてくる。


(電気は致命傷になるほどではないですけど、何回も受けていたらキツイですね)


 その場合、スーがとる戦略はひとつ。


 ――大事なのは、イメージ。


「ならっ!」


 スーは拳を大きく振りかぶり――地面を殴りつけた。


 轟音と共に、スーを中心とした周辺に地割れが発生する。


「そんな無駄なあぎゃにゃ!?」


 ルナが口を開いたところで舌を噛んだ。


 地割れに巻き込まれたゴーレムが傾いたのだ。


 その間にスーは、近くにそびえ立つ鉄塔まで走る。その鉄塔を片手で掴むと、軽々と持ち上げた。


 倒れてくるゴーレムに先端を向ける。


「その汚い身体、形作れなくなるまで粉々にします」


 鉄塔を突き槍のように振るう。


「そんなの!」


 ルナが飛び上がってゴーレムから離れた。同時に、糸が切れた様にゴーレムが崩れ始める。


 狙う着地点は、今しがたゴーレムとぶつかった鉄塔だ。


「鉄塔から電気を流し込んであげるわ!」


 わざわざ口に出して叫ぶルナ。しかし、スーは既に手を離していた。


(目的は果たせました)


 心の中でスーは笑う。


 ルナが離れた時点でゴーレムは崩れた。つまりは、ルナが触れていなければゴーレムは作られない。


(このまま瓦礫の少ない場所に誘導すれば――)


 考えを巡らせるスーの視界に入ってきたルナは――笑っていた。


「まさか!?」


 すぐにその意味を悟ったスーが後ろを振り返った。


 刹那――数多の瓦礫がスーに激突した。


「ぐぁ!?」


 真正面から攻撃を受けたスーが、近くのビル壁に衝突した。


 さらに、


「おまけよ」


 ルナが右腕を光らせながら呟く。


 瞬間、閃光が空気を走り、スーの全身に電気が迸る。


「ああああぁぁぁあああ!?」 


 想像以上の衝撃に、スーが叫び声をあげた。


 一瞬の出来事だったか、それだけで動かなくなった小さな身体は、地面へとずり落ちていく。


(やられた)


 うつ伏せに倒れながら、スーは己の愚かさに唇を噛んだ。


 ゴーレムに脅威を感じ、その破壊に意識が集中していた。より考えれば、ゴーレムを形成するにあたって、周辺の瓦礫が一点を中心に集まるのだから、


「応用すれば、遠距離攻撃もできるわよね」


 スーの表情から察したのか、ルナが自慢げな顔で語る。


「確かに、ゴーレムは触れていないと維持できないわ。でもそれはゴーレムを中心にしてるから。ルナを中心として瓦礫を寄せ集めるなら、話は別よ」

「それで、わざとゴーレムから離れて油断させ、あなたと瓦礫の一直線上に私がくるようにした」

「んふふ、なかなか賢いでしょ?」


 ルナが再度ゴーレムを作り上げる。


「いまの一撃はかなり効いたんじゃない? もう動けないでしょ」


 事実、目の前でゴーレムが作り上げられているのにもかかわらず、スーは微動だにしない。先ほど浴びた電撃で、身体が思うように動かないのだ。


 なんとか首だけを上げ、瞳孔を縦長に細めながらルナを睨みつける。


「さて、これでルナの勝利ね」


 ゴーレムとその肩に乗ったルナが、スーを見下ろす。


「闘いを終える前に、一ついいことを教えてあげる」


 唐突に、ルナが喋りだした。


「ルナたちに与えられる異能だけど、どうやって決まってるか、考えたことある?」

「なん、ですか……急に」

「ルナね、女神様に聞いたことがあるのよ」


 ルナは一度深く息を吐いて、冷たく、静かに口にした。


「異能の選択、それはルナたち猫の、将来の死因に由来するのよ」

「……は?」


 ルナの言葉を、スーはすぐに飲み込めない。


「ルナは最後に感電死する。スーちゃんは……圧死ってとこかしら」


 言葉と共に、心臓の鼓動がスーの鼓膜を揺さぶる。


 徐々に速くなる音が脳を支配する。


「ここで一度、体験しておくのもいいんじゃない?」


 ルナが言うと、ゴーレムの右手が振り上げられる。


 ――圧死。潰される。


 ルナに見下ろされ、スーの脳裏にはあの記憶がよぎっていた。


 捨てられたあの日。


 人間に視線が上から降りかかったあの夜。


 死を体験したあの闇の中。


 ――ここで、負ける?


 敗者は猫の九生を得る。


 スーにとっての猫の生涯は、短く、無残なものだった。


 それを、あと九回。


 ――なんて残酷だ。


 ――私の生はこれほどまでに価値がないのか。


 ――殺されて終わり、敗北して終わり、その先には闇しか待っていない。


 あの日感じた冷たさ、寂しさ、切なさが込み上げてきていた。


 それらがスーの小さな体を巡り、そして気付く。


 ――寂しかった? 切なかった?


 人間が憎い、人間を殺したい。それだけだと思っていた感情に、別の何かが芽生えていた。


 否、最初からその感情はあったのだ。


 存在していたのに、それを上回る恐怖が蓋となって隠していたのだ。


 その蓋が開けられる前に、新たな感情が覆いかぶさってしまったのだ。


 それが、新たな死を目前にして崩れ去り、表に現れただけなのである。


 スーの本当の気持ちなのだ。




 だが、もう遅い。




 ここで、三度目の死を迎える。


 その先に九度の死が待っている。


 ――怖い。


 死ぬのが、怖い。


 ――もう、死にたくない。


「終わりよ」


 無慈悲にも、ルナの冷たい言葉だけが耳に入ってきた。

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