第08話:猫は戦略なんて立てません!

 スーがビルを飛び越えながら後ろを確認すると、追いかけてくるルナの姿が目に入った。


「場所が場所だっただけに、距離が近すぎますね」


 スーがとるべき戦法は遠距離での攻撃だ。


 初めてルナと闘った時、何もできぬまま電撃をあびて敗北した。


 そのあとは次の戦闘まで、書店でひたすら知識を蓄えていたのだ。


 結果として、触れないで倒す。ビルを投げ飛ばすことで、二回目は勝利を得た。


(でもあれは、人間を庇っていたからかもしれない)


 付け焼刃の知識と対策でしかない。同じ手が二度も有効とは限らない。

 

 だから、次の作戦が必要だ。


(一度だけ上手くいけば)


 ――殺せる。


 一瞬の隙をついて、ありったけの力を打ち込めばいい。


 その準備もできている。


 スーが流れるように、ビルの屋上から地上へと飛び降りる。


 全身と四肢を使って軽々と着地すると、勢いをそのままに目の前のビルに突進した。


 地上から分離され傾き始めたビルを、スーは軽々と持ち上げ、ルナのいる方面へと投げ飛ばす。


「それはもう効かないわよ!」


 高く飛び上がったルナが、飛んできたビルに右手を伸ばす。


 瞬間――稲妻が轟いた。


 白い光が空間を覆い、投げ飛ばされたビルが粉々に砕けたのだ。


 音に驚いたスーの尻尾が逆立つ。


 ルナも同じようになっていた。


「ま、まさかこれほどとはね」


 加減が分からず放った稲妻に、ルナが驚きの声を漏らす。


 ――あんなの、今までなかったです


 スーの額からも汗が滲みでていた。 

 

 放電攻撃は今までになかったものである。といっても、ルナも初めて使う技だ。漫画のキャラクターが行っていたものを真似てみただけである。


 そんなこととは露知らず、スーは対応に思考を巡らす。


 直接触れられるのは危険。それだけを注意していればいいと思っていたが、電撃を飛ばせるとなると話は別だ。


(直接飛ばされたら危険です)


 ビルを容易く砕くほどの威力。まともに受けたらどうなるかわかったものではない。


 とりあえずは、距離をとること。そして、攻撃の隙を与えないこと。


 スーはビルだけでなく、路上の車や電柱も投げ始める。


 だが、前回の闘いと違い、守る対象がいないルナにとってはお遊びに近い。ゲームでもしているかのように、簡単に避けていく。


「このままじゃ埒が明かないです」


 ビルや車を投げ飛ばしながら、スーは移動を早める。


 目的地である、総合病院の屋上へとたどり着いた。



◆■◆



 ルナの戦法は至極単純だ。相手に直接触れて、致死レベルの電撃を与えるだけでいい。一回目の戦いはそれで勝利を得た。確実性の高い方法である。


 しかし、近づけないのなら別の方法をとるしかない。


 書店で漫画を読み漁った時、偶然にも電気を使うキャラクターを発見した。そのキャラクターは、電気を手から放っていたのだ。


 スーが大きな建物の屋上で足を止めた。


『あまり難しく考えず、イメージで掴んでいけばいいよ』


 女神の言葉を思い出す。


(イメージで――放つ!)


 ルナの右手が光りだし電気を帯びる。


「くらいなさいっ!」


 轟音と共に放たれた技が、スーの――真横にある棒に当たった。


「にゃ!?」


 思わぬ事態にルナが目を見開く。


「避雷針……知らないんですか」


 スーが嘲笑うように漏らす。


「ならっ!」


 疾風迅雷の如く、圧倒的な速さで敵に近づき――仕留める。


 足を止めたスー目掛け、雷の様に一瞬で距離を詰めた。


 ――捕らえた!


 伸ばした手がスーの首を――掴もうとして止まった。


 いや、


「ガラス!?」


 スーの前に透明なガラスが置かれていたのだ。


 ルナはそれに気づかなかった。


「ガラスは電気を通さないですよ」


 戦場がこの街であることを踏まえ、街中で集めたガラスを、この病院の屋上に隠しておいたのだ。


 スーが用意していた新たな一手。


 そして、これが最後の一手でもある。


 勢いで突っ込んできたルナに、砕けたガラスの破片が襲い掛かる。


「くっ!」


 ――このまま突っ込んでスーちゃんさえ捕まえてしまえば。


 そんな思考と同時に、小さな拳が視界に入ってきた。


 殴ってくる。


 急速に回転する脳内で、ルナは相手の動きの意味を探る。


 ――このまま触れてしまえば、殴り飛ばされる前に電撃を流し込める。そうなればスーちゃんは即死。ルナの勝ち。それは分かりきっているはず!


 縦長に細くなった瞳孔が、きらりと光るガラスを捉えた。


 近づいてくる拳の先端に――ガラスの破片が壁の様に張り付いている。


 ――一方的に顔を潰される!?


 ルナは反射的に身体を横へと反らせ、回転しながら屋上のフェンスを突き破り、落下していった。


 あと少しのところで届かなかった。スーの対策が一枚上手だった。


「っち」


 いまの一撃で仕留められなかったことに、スーは思わず舌打ちをした。


 小さな身体は、本人も気付かないうちに肩で息をしている。それは疲れからではなく、焦りからであることを、スーは自覚していない。


 スーの感情を乱すもの――夏梅の言葉が脳裏に浮かび続ける。


『君のみたものだけが人間じゃない、それを知ってほしい』


 ――そんなわけがない。


 ――人間はひどくむごい。簡単に弱者を見捨てる。私が見捨てられたのだ。私が殺されたのだ。


 ――だから、人間が……


「ッ!?」


 焦りは思考と判断を鈍らせる。


 一瞬の戸惑いが隙を作ってしまっていた。


 いつの間にか、落ちていったはずのルナが――





 外側からフェンスを掴んでいた。





「まだよ」


 頭から血を流したルナが、ぎろりとスーを睨みつける。


 スーは思わず後ずさるが、頭の中はまだ冷静だった。


 足元には集めておいたガラスが転がっている。近接戦にもまだ対応する余裕がある。


 ルナは相当弱っている様子だ。先ほどの落下で思わぬダメージを受けたのだろう。


 ――まだ、勝てる見込みはある。


 スーはそうして状況を判断し、おかしな点に気付いた。


 フェンスを掴んだルナは、


「なんかね、電気を磁石にするらしいのよ。スーちゃんが建物やら車やら、たくさん投げてくれたから、とても集まりやすかったわ」


 金色の、獲物を狩る眼。


 スーが息を呑む。


 青い瞳が見開かれる。


「なんですか……それ」


 フェンスの向こう側から顔を覗かせた、瓦礫や車を寄せ集めた巨大な人型の塊。


 病院の大きさを越えて、屋上に翳りを生み出す。


 その肩にルナが乗っかっていた。


「知らない? ゴーレムよ」

「こんなもの、どこで」

「んふふ。マンガっていう、ぶ・ん・か♡」

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