第04話:猫は下着なんて買いません!

「おかしい」


 車が行き交いする交差点の前で、夏梅はぽつりと呟きながら空を仰ぐ。


 薄手のシャツにジーパンというラフな格好の夏梅はコンビニ赴いた。だが、目当てのものを手に入れることができず、いまは近所のショッピングモールへと向かっている途中である。


 夏梅の右隣には、セーラー服を来た銀髪の少女がいる。健康的な褐色の肌は隠されていても、その神秘性は漏れだしていた。自称女神というだけあって、やはり存在感がある。が、夏梅の呟きの原因はそれではない。


「やっぱり、この状況はおかしい」

「なにがよ?」

「ルナちゃんがだよ! その格好がだよ!」


 夏梅の左隣にいる少女は、頭部から猫の耳を生やしている。コスプレと言われれば、たいていの人は納得いくだろう。


 問題は、着ているのがYシャツのみだということ。尻尾を揺らすたびに、おしりをちらりとさせている。傍からみれば露出魔だ。


「なんで出てきたの!? 部屋で待つように言ったじゃん!」

「だってえ、夏梅も女神様も出かけるのに、ルナだけお留守番なんてつまらないじゃない」


 夏梅とルナが言い合っている間にも、通り過ぎる人々は夏梅を怪訝そうな顔でちらりと見ていく。


「ほら、怪しまれてる! このままじゃお巡りさんきちゃう!」

「大丈夫だよ、夏梅くん」


 夏梅の心配事を、女神がなんてことない顔で掬いあげる。


「私やルナは現実世界で認識されていない。周りには、夏梅くんが一人で騒いでいるようにしか見えていないよ」

「僕が御用されちゃう!?」


 とは言いつつも、それが現実になることはなく、三人はモールへと着いた。


 お昼時ということもあり、モール内は人で溢れかえっている。


「それじゃあ服屋さんに……」

「ルナは本屋に行きたい!」

「いやそれよりも、ってちょっと!?」


 渋る夏梅を無視して、ルナと女神はさっさと歩いていってしまった。夏梅も仕方なくついていく。


 本屋に入りルナたちが向かったのは、学習参考書が並ぶコーナー。夏梅的には懐かしい表紙がいくつかある。そんな場所にルナたちが訪れる理由を夏梅は想像できないでいた。


「ところで、どうして本屋なんかに?」

「ああ、夏梅くんにはまだ説明していなかったね」


 当然の疑問に女神が答える。


「猫たちは闘うために異能を与えられる。夏梅くんもスーの力はみただろ?」

「あー……」


 夏梅の頭の中に浮かんできたのは、小さな見た目と、そこからは想像もつかない馬鹿力でマンションを破壊していた少女。


「スーの異能は怪力だ。あの世界の物体は時が止まっているせいで、通常よりも固く重い。にも関わらず、あれだけの戦闘ができるのだから、大したものだよ」

「それじゃあ、ルナちゃんは?」

「彼女はね――電気を操れる」


 そう言いながら、女神の視線はルナに向かれたままだ。ルナは理科の教科書を難しそうな顔をして覗いている。


「先ほどの戦闘じゃ見られなかったが、ルナが相手に触れることができれば、決着なんて一瞬でつく」


 にやりと笑う女神を見て、夏梅は思わず息を呑んだ。


「実際、最初の闘いでルナは勝利を得ていたんだ。まあ、力の使い方に慣れていなくて、終わった後は路上で倒れちゃったんだけどね」

「あっ……」


 夏梅がルナを助けた時。あれが闘いの後だったのだ。


「力を使い果たして猫に戻るとは、女神としても予想外だったよ」

「その代り夏梅に出会えたわ!」


 ルナが教科書を読み終えて戻ってきた。


「ルナちゃん……」

「なに申し訳なさそうな顔してるのよ夏梅。今日のはルナの実力が足りなくて負けた、それだけよ」

「それに、スーも対策を取って遠距離攻撃に変えていたしね」

「でもまだ架空生命チャンスはあるわ。与えられたのはお互いに二つ。次が最終決戦ね」


 夏梅の気持ちを察してか、ルナと女神が何てことないかのように話を進める。


「それで、科学の教科書を読んで、ルナは何か掴めたのかい?」


 女神に問われ、ルナはドヤ顔を決める。


「まったく分からなかったわ!」

「ないんかい」


 さすがに夏梅も突っ込みを入れた。


「ルナ、異能は所詮架空の力だ。あまり難しく考えず、イメージで掴んでいけばいいよ」


「そう言われても」と、ルナは頭を抱える。


 そんな中で、夏梅が「あっ」と声を上げた。


「漫画とかどうかな。文章を読むよりはイメージしやすいと思うよ」

「なるほど、さすが夏梅ね!」


 ルナは満面の笑みを浮かべて漫画コーナーへと走っていく。揺らめく尻尾とお尻が夏梅の視界に入った。瞬時に視線を逸らして、目に入ったものを思い出さないかのように「そういえば」と、口早に喋り出す。


「女神様は、幸せには努力と対価が必要って言ってたよね。努力が闘うことってのは分かるんだけど、対価って?」


「ああ」と言って女神は歩き出す。


「勝者には願いを、敗者には九生きゅうしょうを。これがこの闘いの対価だ」

「……どういうこと?」


 夏梅は首を傾げながら女神についていく。


「猫に九生有りってことわざくらいは聞いたことあるだろ?」

「猫には九つ命があるってやつ?」

「そう、それが対価、敗者に与えられる――罰だよ」


 罰、と言われても、夏梅はしっくりこない様子でいた。


「それって対価なの? 願いを叶えられなくても、命が九つも貰えるなんて」

「それを幸せかどうか決めるのは、その猫次第だろうね」


 勝者にも敗者にも与えられるものがある。夏梅は闘いの意義を見出せないでいた。女神の言う、可能な限り幸せにするというのは、敗者にもある程度の慈悲を与えるということなのだろうか。


「そんなことより、夏梅くんはルナの下着を買いに来たんじゃなかったのかい?」


 女神に言われて、夏梅は本来の目的を思い出す。


「いや、でも下着のサイズとかわからないし」

「仕方ないな」


 女神がボケットからメモ帳とペンを取りだし、カチャっとノック音を響かせ何かを書きはじめる。


 再度ノック音を響かせると、メモ帳の一枚を千切り、夏梅に渡してきた。


「えーっと……バスト、アンダー、ウエス、ト……ヒップって何これ!?」

「それを店員にでも見せて、見繕ってもらうといい。あ、デザインは夏梅くんの好みで構わないよ」

「まじかよ」


 不敵な笑みを浮かべる女神を見て、夏梅は肩を落とした。

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