第05話:猫は人間なんて信じません!
夏梅は本屋とは別のフロアへと移動し、一人で女性用下着を買い終えた。
(めっちゃくちゃ恥ずかしかった……)
不信がられるかと思いきや、とても優しい目をされたのだ。帰り際には「彼女さんきっと喜びますよ」などと言われて、夏梅の顔面は真っ赤である。
ため息を吐きながら、ルナたちの所へ戻る途中だった。
「ん?」
人で溢れかえるモールの中に、見覚えのある姿があった。
灰色のパーカを着て、フードで顔を隠した、小学生くらいの子供。
「スーちゃん……?」
確信はない。だが、子供が一人で歩いているのに、誰ひとり気に掛ける様子がない。まるでそこに少女がいないかのように。
だからこそ、夏梅は少女の後を追った。
少女は人ごみを縫うように進んでゆく。その方向にはペットショップがあった。カップルや家族連れがきゃいきゃいとはしゃぎながら、ショーウインドーの中で鳴く犬猫を見ている。
その様子を、少女はじっと見つめる。
夏梅は、少女の姿、肌に伝わる感覚に覚えがあった。
スーとの邂逅時、彼女の視線は殺意そのものであった。いま感じているものはそれと同じである。
フードに隠されて表情を伺うことはできない。だが、殺意を纏ったまま、動物を見ている一組の家族連れへと近づいていく。
――まずい。
夏梅は咄嗟に早歩きになる。少女に声を掛けようとした。しかし、ペットショップの周りは人が多く、高校生の夏梅では上手く掻い潜れない。
少女が家族連れの真後ろに立つ。夏梅が息を呑んだ。
少女の手が伸び――ショーウインドーに触れた。
「えっ?」
想像していたことにならず、安心しつつも戸惑いを隠せない夏梅。が、その安堵すぐさま消え去る。
ピシャリと音が響く。
少女の触れていたガラスに、ひびが入っていた。
そして――砕けた。
「きゃぁ!?」
目の前にいた子供たちが悲鳴を上げる。親は本能のままにか、子供たちを庇うように抱き込んだ。
いきなりのことに、夏梅も動けないでいる。
ショーケースを砕いた少女は、そのまま隣へと移動し同じことを行う。次から次へと、動物たちの入ったケースのガラスを砕いていく。
ケースの中にいた動物たちが飛び出し始め、犬や猫が鳴き声を上げながら、あちこちへと走り去っていく。
ペットショップの周囲は驚きの声に悲鳴と、パニック状態に陥り始めていた。
しかし、その原因は誰にも分からない。突然ガラスが割れはじめたとしが言いようがない。
ただ一人を除いては。
「スーちゃん!」
「!?」
夏梅の叫び声で少女が振り返った。間違いなく、ルナの対戦相手であるスーだ。
胸元には、ペットショップに並べられていた商品がいくつか抱えられていた。スーは一瞬だけ驚いたような表情をするも、すぐに外へと向かって走り出す。
「待って!」
夏梅も追いかけるために走り出した。
◆■◆
――見つからない。
外に出た途端、夏梅はスーの姿を見失っていた。
冷静に考えれば、見つけるほうが難しいのかもしれない。
青い世界でのスーは、身体能力が常人とは桁違いであった。それを現実世界でも使えるのなら、外に出たとこで屋根の上にでも昇ってしまえばいい。
「厳しいか」
汚れたゴミ箱や排気口などが並んだ路地裏まできたところで、夏梅は我に返った。子供というより猫を探しているみたいになっていた。
いったん戻ろうと踵を返したところで、ある物が目に入った。
ゴミ箱の近くに落ちているボロボロの毛布が蠢いているのだ。
「な、なんだ」
思わず中を覗こうと手を伸ばしたところに、
「触らないでください!」
少女の声が響き渡った。
夏梅が顔を上げると、目の前にはフードを外したスーがいた。その表情は、怒りと殺意で溢れているように見えた。
少女は手を伸ばして、蠢いていたものを毛布ごと抱きかかえる。
「それ……」
「あなたには関係のないことです」
スーは中身が見えない様にしているつもりだが、毛布から尻尾が飛び出していた。
「子猫……なの?」
「だったらなんですか」
「……どうするつもり?」
「どうする? どうにかしてきたのは人間でしょう!」
夏梅の言葉にスーが声を荒げた。その目は見開かれ、ぎろりと夏梅を睨みつける。
「人間がいらないからと捨てた! だからこの子は苦しんでいる! 人間の無責任さが、愚かさが、小さな命を殺すんだ!」
抱えられた子猫が路地裏に捨てられていたであろうことは、夏梅にも察しがついた。きっと、スーが見つけて拾ったのだろう。
「……あるじゃないか」
「はい?」
黙っていた夏梅が口を開いた。
「関係、あるじゃないか」
夏梅の足が一歩ずつスーへと近づいていく。
「な、なんですか、こないでください!」
スーが威嚇するも、夏梅の足は止まらない。
「いい加減にしてください。私の力をみたでしょ!?」
思わずか、スーの右腕が頭上へと掲げられる。
ルナとの戦闘を見ていた夏梅なら、その恐ろしさを理解しているはずである。建物を簡単に持ち上げ投げ飛ばすだけの力が向けられた時、自分が人間の形を残しているかも怪しい。
だが、夏梅の心からそんな恐怖は消え去っていた。
スーが右腕を上げたと同時に毛布がずれ落ち、弱り切った白い子猫が目に入ったからだ。
その姿が、助けた時のルナと重なっていた。
「家においで」
「……は?」
「今日は日曜日だから、近くの病院は開いてない。家ならある程度のものが揃ってるから」
「で、ですが」
「そうしたのが人間だっていうなら、僕にも関係がある」
落ち着きながらも凄みのある夏梅の声音に、少女が息を呑む。
「その子を助けるためだ」
数秒して、小さな顔が頷いた。
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