その4・初夏・試験対策は計画的に
「さて、
「お願いします」
始業前の教室で、俺はピンクから
「テストタイプのランキングイベントは、試験前パートと試験本番パートの2つの期間に分かれています。特に重要なのは試験前パートですね」
「ふむ」
「試験前パートでは授業を行ってもらいます。この時、通常のステータス上昇に加えて『
ピンクにしては意外なほどに常識的なことを言っていた。試験範囲の授業を行えってそりゃあ、当然だろう。
「試験本番パートでは先生がやることはないですね。生徒のステータス、委員長スキルや固有スキル、そして『
「改めて言われると切実だな……」
ため息をついて、俺は教室を見回した。
既に生徒はほとんど登校してきており、勉強したり分厚い参考書を読んでいたり寝てないアピールをしたり思い思いに過ごしている。
生徒の半分ぐらいは未だにモブだ。
一応、尾上先生に指摘されてから授業をすれば無料で生徒が増えるローカル
だが、流石に三食もやしを食べてまで
頼りになりそうなのは、初期からクラスに居た四人だ。
田中は真面目に教科書を開いて予習をしていた。打算でした進路指導のアドバイスが上手くいっているようだ。成績も最近伸びてきていて、ぶっちゃけ大原に追いつきそうだ。
追いつかれそうな大原の方は「昨日寝てなくてさー!こりゃ今日ダメかもなー!」と寝てないアピールをしていた。ノーマルの田中に負けそうになってるし生徒指導が必要なのかもしれない。
いい意味で安定しているのは高橋だ。クラス委員長としての力を過不足なく発揮しクラスのクール属性生徒の面倒を見てくれている。
そして山本……もとい、聖霊院は分厚い本を真剣な顔で読んでいた。表紙には『ゲーム理論入門』と書いてある。もちろん試験範囲にゲーム理論は含まれていない。
「なんとか……なるのかなあ?」
「それは先生の授業次第ですよ。がんばってくださいね!」
ピンクは笑顔で小さくガッツポーズした。なんだか、今日のピンクはやけに感じが良い。
「テスト期間中はスタポン12本セットが1割引で販売中ですよ!10連
「なるほど、その感じの良さ営業スマイルか……」
どこまでもタダでは好感度を上げさせてくれないピンクだった。
ーーーーー
あるだけのスタミナを使っての授業が終わったので休憩するため職員室に戻ると、職員室後ろの黒板に人だかりができていた。
「なんだ、あれ」
「きっとボーダー予想の発表ですね」
「ボーダー予想って?」
ピンクは黒板を指差した。
人の頭が邪魔でよく見えないが、そこには大きな紙が貼ってあり何やら様々な数字が書いてある。
「
「へえ、じゃあ、あれを目安に目標順位に行けるように授業を行えばいいってことか」
「おっ、先生もなかなかこの学園に染まってきましたね?」
ゲスピンクがいやらしく笑ったので、俺は少し不機嫌になった。
図星だったからだ。確かに、ランキングがどうこうを第一に考えるのは教員として良くないかもしれない。
「……でも給料に関わってくるんだよなあ」
「最初は上位50%に入ることを目標にすると良いと思いますよ」
まあ、真ん中に行ければ教師としての責務も果たしたと言えるだろう。ピンクの言うとおりそこを目標にしよう。
なんとか人だかりを越えてボーダー予想を見ると、50%ラインはうちのクラスだとスタポンを一回使って授業をすればたどり着けるぐらいの試験範囲の
「………」
「スタポン、お安くなってますよ?」
「…………いや、まだ貰ったの残ってるし」
怪しい薬品でスタミナを回復させるのは少し不安だったが、まあこれも生徒と俺の給料のためだ。一回ぐらいは仕方ないだろう。
俺はスタポンのアンプルを一本持って教室へと向かった。
ーー――
「……で、だ」
次の休み時間。
スタポンを使った分の授業を終わらせた俺は、最新版に張り替えられていたボーダー予想を見た。
そこには、50%ラインを達成するのに必要な試験範囲の
「これはどういうことだ」
「やだなあ先生、常識的に考えてくださいよ」
ゲスピンクは得意のゲス顔をしながら笑った。
「先生はボーダー予想を見て、スタポン一本使うことを決めましたよね?」
「まあ、それだけ必要だったからな」
「もちろん先生と同じく50%ラインを目指す先生もボーダー予想を見るわけです。そしたらその先生はどうしますか?」
「……スタポンを一本使う」
「全員がスタポンを一本使ったら?」
「全クラスの
当然のことだった。
「だから言ったでしょう?最終版『は』精度が高いって」
「それまでは別に精度高くねえんだな……」
当たり前だが、過酷な話だった。
「どうやら先生も
背後から、尾上先生の声がした。
振り返ると、そこには普段よりボロボロになった尾上先生が立っていた。口には煙草のようにもやしをくわえている。ハードボイルドといえばまあ、そう見えなくもなかった。
「そういう尾上先生の方はどうなんですか?」
俺がそう言うと、尾上先生は遠い目をした。
「先生は、囚人のジレンマというものをご存知ですか?」
「ええっと……」
どこかで聞いたことがあるのだが……と悩んでいると、また背後から声をかけられた。
「ゲーム理論の一つさ。個々人の利益追求が全体の利益につながらないってことを表したジレンマだね」
「聖霊院、お前どっから出てきた……」
いつの間にか聖霊院が背後でポーズをとっていた。片手には今朝も読んでいたゲーム理論入門の本を持っていた。
「ゲームの基本は、二人の囚人にこう提案することから始まるのさ。
もしも、お前ら二人が黙秘したら二人共懲役2年。
一人が黙秘して一人が自白したら、自白した方は無罪で黙秘した方は懲役10年。
二人共自白したら二人共懲役5年。
さあ、どうする?ってね」
なるほど、自分だけ裏切れば裏切らなかった時より得するが、二人共裏切ると裏切らなかった時より損をする、ということか。
なんとなく理解した俺が頷くと、尾上先生はそれを見て遠い目をした。
「もしも二人共スタポンを使わなければ順位は変わらない。
一人がスタポンを使えば、相手を追い抜くことが出来る。
二人共スタポンを使えば……お互いのスタポンが減るだけ………それを相手の心が折れるまで繰り返すんです。ランキング上位狙いは、地獄ですよ……」
尾上先生は遠い目をしたまま、スタポンを持って職員室から出て行った。その背中にかけられる言葉は見つからなかった。
「彼もまた、利益という枷に縛られた囚人なのさ……」
「うん、聖霊院。解説は助かったが勝手に職員室に入ってくるんじゃない」
「そして僕もまた、縛られる枷が違うだけの囚人……」
なんだか格好いいことを言っている聖霊院を職員室から追い払った。この前と言い、あいつはなんだか無駄に職員室によく来るな。
「いやあ、ランキング上位狙いの人を見ると背筋が伸びますね!先生も頑張りましょう!スタポン12本セットが1割引で販売中ですよ!」
「……聞いておきたいんだけど、ランキング上位って使ったスタポン代と増える給料どっちが多いんだ?」
「………」
「………」
ピンクは無言だった。
「どっちが、多いんだ?」
「…………お金よりも大事なものって、ありますよね?」
「金を払わせる側が言う事じゃねえな!」
確かにそれはあるが、金を絞りとる側から言われる場合は搾取の口実以外の何者でもないのだ。
「うん……無理はしないことにするわ」
ゲスピンクは舌打ちをした。こいつ本当に感情を隠さねえな。
俺は今の
「スタポン12本セット。これで十分だな」
「あれ?無理はしないんじゃないんですか?」
ピンクは不思議そうな顔で俺を見た。
……まあ、確かに無理はしないつもりではあるのだが。
「……でもまあ、テスト範囲を一通り終わらせるぐらいの授業はしなくちゃダメだろ、教師として」
ピンクは笑顔で俺から金を受け取り、スタポンセットを手渡した。
「さすが先生!教師の鏡ですね!」
「お前に言われるとなんか含みを感じるな……」
「期間中にテスト範囲を終わらせてないと普通に給与査定に響きますしね」
「……響くの!?先に言えよ!」
ピンクは呆れたように俺を見た。
「先生、授業の進度が給与査定に響かないと思うほうがどうかと思うんですけど」
「……それはまあ……その通りですね……」
あまりにも正論すぎた。正論すぎたけど、やっぱりピンクに正論を言われると釈然としなかった。
―――
そんなこんなもあって、俺は適度にスタポンを使い適度に授業を進め、テスト本番を迎えた。
本番当日、教室にやってくると。
「先生!今日はテスト前に今回の
「その読み無理がない!?」
ピンクは筒状に巻かれた大きな紙を持っていた。
「ところで、
「その名の通り
それが事前にわかるのはどうかと思うが、しかし、生徒の努力が報われるシステムがあるのは良いことだと思う。
ピンクは持っていた紙を広げて黒板に貼った。そこには
SSレア特効生徒
アウトロー「昼行灯」
Sレア特効生徒
クール「堅物委員長」
レア特効生徒
クール「昨日全然勉強してない」
と書かれていた。
「お、大原、
大原は、驚いたような顔をした。そして少し遅れて。
「い、いやー!どうかなー!そう言われても全然勉強してないからなー!」
と言った。その目の下には
こいつはこれでいいのかもしれないな、と俺は思った。
「さて、先生それではこの後は試験本番パート開始ですが」
ピンクは笑顔で、俺にチラシを渡した。
「ただいま『
「いい話で終わらせろよォ!」
たとえどんなイベントが起ころうと、ピンクはピンクだった。
――――
初めての
ピンクは「まあ、スタポン使いましたし、
だからまあ、うちのクラスについて語るべきことはなくて、変わったことといえば
「ふふふ……勝ちました。私は、勝ちましたよ……」
うつろな目でつぶやく尾上先生が、1週間ほどもやしすら食べていなかったことぐらいだろう。
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