その2・春・クラス委員長を設定しましょう

 結局、出勤初日はSSレア生徒を転入させたガチャから出したところで退勤となった。


「色々あって初日から仕事をする先生ってほとんど居ないんですよね。ですので、基本的に仕事開始は二日目からになってます。今日はお帰りください!」


 と、ピンクに言われたのだ。

 初日から仕事するのがほとんど居ない、というのは気になったが、あの一連の流れがオリエンテーションみたいなものと考えればそういうものなのかもしれないと思った。

 というわけで、翌日。出勤した俺を待ち構えていたのは、


「おはようございます先生、ただいま新卒採用スタートダッシュキャンペーン実施中です!」


 昨日と同じ笑顔で俺を出迎えるピンクであった。


「本日の出勤ログインボーナスはこちら!」


 そういってピンクが俺に手渡してきたのはキラキラした装飾のされた封筒だ。

 昨日渡されたものよりもいささか地味で、「SSレア生徒3%編入届」と書いてあった。


「確率下がってる……」

「美味しい話なんてそうないものですよ!SSレア生徒が欲しければ、地道に課金して生徒を転入させてガチャを回してください」


 俺を見るピンクの目は鋭かった。まるで「5%でSSレア引きやがって……」という憎悪がこもっているようだった。というかこもっているに違いない。

 だが、ピンクの態度よりも気になることが1つあった。

 出勤ログインボーナス、ということはこのやり取りは出勤するたびに行われるのだろうか?だとしたら、正直ちょっと辛いのだが。


「大丈夫ですよ先生。新卒採用期間スタートダッシュキャンペーンが終わったらさすがに毎日転入届を渡したりはしませんから」


 昨日一日で俺も随分この学校に慣れてきたと思っていた。

 だが、毎日転入届を渡す、という言葉は流石におかしいと思った。どんな地域だ。


「じゃあ、今後は出勤ログインボーナスはなしになるのか?」

「いえ、まったく無しではありませんよ。キャンペーンが行われることはありますし、普段でも連続出勤ログインボーナスと通算出勤ログインボーナスは加算されます」

「連続出勤ログインボーナスと通算出勤ログインボーナス?」


 俺が問い返すと、ピンクはカレンダーを指差した。1週間が月曜日から始まり日曜日で終わるタイプのカレンダーだ。


「まず、連続出勤ログインボーナスですね。これは続けて出勤すると給与査定がよくなるシステムです。1週間単位で計算されて、さらに六日目と七日目は追加で特別ボーナスが入りますよ!」


 まあ、確かに出勤ログインボーナスがあるとわかっていれば多少は出勤する意欲も湧くだろう。それに、特別ボーナスがあるというのも悪く無い。


「特別ボーナスは通称、休日出勤手当って言うんですけど」

「……六日目と七日目って土日か!」


 普通にどこの会社でもあるシステムだった。

 いや、今のご時世ちゃんと休日出勤に手当がつくだけましなのかもしれないが。


「で、通算出勤ログインボーナスは通算出勤ログイン日数に応じて特別ボーナスが増えるシステムですね。通称、退職金って言うんですけど」

「そうだね!勤務日数によって金額が変わるっていったらそれだよね!」


 本当にどこの会社にでもあるシステムだった。


「さて、先生。今日からは実際にクラスの指導をしてもらいますよ。ついてきてください」


 ピンクに案内されて、俺は自分の担当クラスに向かった。

 案内された教室には「1年557835489組」と書かれていた。


「クラス多すぎない!?」

「本当に数字の分だけクラスがあるわけではないですよ。組の番号フレンドコードは被らないように乱数で作成されているんです」

「生徒たちこれ自分のクラス覚えられんのか……?」

「あ、先生も自分の組の番号フレンドコード忘れないでくださいね。他の先生とフレンドになるとき使いますから」

「これ覚えてないと友達フレンドにすらなれねえのか……」


 とりあえず、組の番号フレンドコードは忘れないようにメモしておくことにした。正直言って覚えられる自信は全く無かった。

 教室の中では生徒達が座っていた。

 前の方の席には「普通の生徒」田中よし子、「真面目な委員長」高橋 涼子、「治らない中二病」山本 晴香……もとい聖霊院 遥の三人が座っていた。

 残りの席にはモブ生徒だ。全員顔が丸に灰色でモブと書いてある。


「モブ生徒の扱い雑過ぎない……」

「今更では?」


 ゲスピンクは自分で言いやがった。本当にひどい学園だと俺は思った。

 ともあれ、俺はこのクラスの担任としてこれから過ごしていかなければならないのだ。

 最初は挨拶。ここで生徒の心を掴むのが肝心だとハウツー本には書いてあった。

 まずは深く深呼吸。心を落ち着けて、俺は用意してきた挨拶の内容をしゃべろうとした。

 

「あ、そういうのいいんで。まずさっきの出勤ログインボーナスの転入届開けてください」


 雑ピンクはそれを雑にスルーさせた。流石にちょっと悲しかった。


「いや……まあ……いいや、なんで最初に転入届?」

「生徒の数揃ってたほうがこの先の説明しやすいんですよ。ほら、早く早く」

 

 雑ピンクに雑に促されて、俺はしぶしぶ転入届を開いた。


「あ~……今日からこのクラスに新しい仲間が入ります」


 せめて雰囲気を出そうとして言ってみた。

 田中と高橋は一応拍手をしてくれた。聖霊院は「ふっ……新たな導かれし者クラスメイトか……僕にとっては、些細なことだがね」と言いながらポーズをとっていた。モブ生徒は無反応だった。

 

「……モブが多いとこういう時悲しいんだね」

「そう思うんだったら生徒を転入させてガチャを回して数を揃えてくださいね」


 正直ちょっと心が動いたのは秘密にしておきたかった。

 転入届を開けると、教室の扉が銀色に光り始めた。


「初めて見る演出だけどこれは何レア?」


 俺がそう聞くと、ピンクは満面の笑みになった。


「これは普通のレアですね!特待転入プレミアムガチャで手に入る中では一番レアリティの低い生徒ですよ!まあ、そうそうSSレアばかり引けるわけはありませんから仕方ないですね!」


 本当にいい笑顔をしやがるゲスピンクだった。

 教室に入ってきたのは、目の下にちょっとくまの有る女子生徒だ。それなりに可愛くはあるが、髪にも寝ぐせがついていて、眼鏡がちょっとずれている。


「っべー、全然勉強してねーわー。これは不味いな―。やっべーわー」

『レア 「昨日全然勉強してない」大原おおはら香織かおり


 明らかに嘘を付いている気配がする肩書だった。


「大原さんはクール属性のレア生徒ですね。運動系ステータスは低めですが、学力は意外と高いですよ」

「あんまり意外でもないな……絶対勉強してるだろこいつ……」


 大原は一礼すると、そのままモブ生徒の座っていた机に歩いて行った。

 モブ生徒は立ち上がって教室から出ていき、空いた席に大原が座った。


「クラスにモブ生徒が居る時は、新しい生徒は自動的に編入されますよ」

「モブ生徒はどこに行った!?」

「……まあまあ、良いじゃないですか、そんなことは」


 ピンクの目が笑っていなかった。流石にこの状態で言及する勇気は俺にはなかった。社会の荒波は辛い。新人教師は無力だ。

 

「生徒も四人になりましたし、まずはクラスの設定をしていきましょう」

「設定って……」

「まずはクラス委員長の指名ですね。好きな生徒を指名してクラス委員にしてください」

「立候補とかそういうのは……」

「ありません」


 ひどい独裁だ。

 

「転入届を見ればわかりますが、レア以上の生徒には《クラス委員スキル》と《固有スキル》が設定されています」


 手元の転入届には確かに《クラス委員スキル》と《固有スキル》が書いてあった。ノーマルの田中以外には。


「差別がひどい……」

「ノーマル生徒も生徒指導をするとレア以上になることがありますよ!頑張って教育してくださいね!SSレア教育したほうが強いですけど」

「何度聞いても酷い……」

 

 こほん、と残酷ピンクは咳払いをし、教卓の上に生徒の資料を並べた。


「《クラス委員スキル》はクラス委員になると発動するスキルですね。クラス全体に影響を与えますよ。

 例えば、初期Sレア生徒の「真面目な委員長」高橋さん。彼女のスキルは《分からない所はある?》、クール属性の生徒の学力が中アップするスキルですね」


 説明を受けて、高橋がクイっと眼鏡をあげた。

 なるほど、イメージとしては彼女がクラスメイトの勉強を見てくれる、ということだろうか。確かに成績が上がりそうだ。


「でもなんでクール属性だけなの?」

「ヒートとアウトローが勉強するイメージあります?」

「偏見だよ!するよ!多分!」


 言いながら俺は山本……もとい聖霊院に目をやった。

 聖霊院は教師の話を無視してライトノベルを読んでいた。注意したかったが、まともなホームルームと言いがたい状態なのでイマイチ注意できなかった。


「で、さっきクラスに入った「昨日全然勉強してない」大原さんのスキルが。《2時間しか寝てねーわー》」

「酷いスキル名だ……」

「クラス生徒全体の体力が下がる代わりに、学力が小アップですね。高橋さんと違って属性を選ばないのがメリットです」


 夜更かしして実は勉強している、ということだろうか。不本意だが納得の行くスキルであった。

 そして、高橋と大原のステータスを見比べると大原が勝っている部分がなくて悲しくなった。こいつ、こんなアピールまでしてるのに真面目な委員長に及ばないのか。


「いやー!寝てないからなー!辛いわー!」


 実は委員長になりたいのか、大原は謎のアピールをしてきた。

 こいつの成績が高橋より悪いのは自業自得かも知れないと思った。


「最後に山本……あっ、違いますね。聖霊院さんですが」


 ピンクは苦笑いしていた。口に出して酷いことを言わないのは聖霊院がSSレアだからだろうか。


「スキル名が《悦ばしき知識Die fröhliche Wissenschaft》」

「やたら格好いいな!」

「ふふ……ニーチェの著作さ。君も名前ぐらいは知ってるんじゃないかな?」


 聖霊院は自慢気にポーズをとっていた。あいにくと俺は知らなかったので、曖昧に流しておいた。

 ただ、こいつはこいつで真面目に中二病をやっているんだなあ、と少しだけ感心した。


「効果はクラス全体の外国語と国語の成績がランダムで大幅変化ですね」

「……そのスキルは、メリットなのか……?」

「聖霊院さんの影響でクラス全員が中二病に目覚めて格好いい単語を探し始めたことを表すスキルです」

「そのスキルはメリットなのか!?」

「知識はいいね。無力な僕らが世界と戦うための唯一の武器さ」


 聖霊院は相変わらずポーズをとっていた。

 俺はクラス全員が聖霊院の影響を受けた光景を想像してみた。

 すぐに想像するのを止めた。たとえ手におえそうでも、アウトローはアウトローなんだな、と改めて実感した。

 

「テスト前にクラス委員に設定すると、もしかしたら好成績が狙えるかもしれませんね。高得点ハイスコアを目指すなら設定する意味はありますよ」

「……クラス委員長ってそんなにホイホイ変えられるの……?」

「クラス委員長の変更は一日一回まで可能です」

「安定しないクラスだ……」


 毎日クラス委員が変わるってそれもう日直みたいなもんじゃないだろうか。


「さて、とりあえず誰に設定します」

「高橋で」


 指名すると、高橋は立ち上がって「はい」と言って頷いた。洗礼された、生真面目さを感じさせるしぐさだった。二つ名が委員長は伊達ではない。


「ちなみに一応聞きたいんだけどさ。「真面目な委員長」の高橋がクラス委員長じゃなくなったらどうなるの……?」

「別にどうにもなりませんよ。特に委員長でもなんでもないのに肩書が委員長の人になるだけです」

「……出来るだけ高橋を委員長で固定しよう」

「クールのSレアは四割が何らかの委員長ですよ」

「一人しか委員長になれねえのにそんなに属性をかぶせるなよ!」


 雑ピンクはどこ吹く風だった。本当に、この学校にはもっと生徒のことを考えろと言いたかった。


「さて、クラス委員長の設定が終わったら次は授業ですね」

「長かった……やっと仕事らしい仕事が出来る……」

「授業は先生のスタミナを消費して行います。すればするほど生徒のステータスが上がって、給与査定もわずかながら良くなりますよ」


 その辺は普通の学校とあまり変わらない部分だった。

 この部分までおかしなシステムだったらどうしようかと思っていたので、流石に安心した。


「さらに、何回も授業を行うと教師としてレベルアップしますよ!」

「まあ、そりゃ何度も授業すれば上手くなるわな」

「レベルアップするとスタミナが全回復します!」

「回復するの!?」


 今更気づいたが、もしかしてこのスタミナも俺の知っているスタミナとは別概念なのかもしれない。


「あと、教師としてのキャパシティが増えてクラスに編成できる生徒の数が増えますね。どんどんレベルを上げて厄介な生徒をたくさん抱え込みましょう!」

「別に厄介な生徒を抱え込まないよ?」

「じゃあアウトロー生徒ハーレムですか?」

「何がじゃあだ!普通のクラスを作るわ!」


 割りと普通なことを言っているはずだったのに、余計なことを言うピンクはどこまでも余計なことを言うのだった。


「ちなみにスタミナは時間経過で回復しますが、このスタポンを使って一度に全回復することも出来ますね。はい、サンプルとしておひとつどうぞ」


 ピンクはどこからともなく取り出したスタポンとやらを俺に渡した。

 スタポンは透明なプラスチックのパッケージに入った注射器で、中は紫色の液体で満たされていた。


『これ一本でスタミナが全回復!安全安心なスタポンアンプル!』


 パッケージにはそう書いてあった。

 どうみても怪しいというか、注射でスタミナが全回復ってこれ……


「……これ、大丈夫なの?」


 不安になった俺がピンクに聞いてみると、ピンクは笑顔で


「合法ですよ?」


 と答えた。どこまでも不安になる説明だった。


「必要になったら保健室で買ってくださいね。何度も買うとスタンプが溜まっておまけが付きます」

「一瞬でスタミナが全回復する怪しい薬を常用したくはないな……」

「毎日スタポンを使っている先生もいっぱいいらっしゃいますから」

「その先生たち本当に大丈夫なの!?」

「ランキングイベント上位を目指すと数百本単位で使いますからね。余裕ですよ」


 あまりにも無慈悲な世界だった。競争社会の闇だ。


「さて、それでは実際に授業を行ってみましょう」


 何はともあれ、授業の開始だ。

 これが教師としての俺のデビューになると考えると、背筋が伸びる思いだった。

 この日を忘れないようにしよう。

 心にそう刻みつけながら、俺は教壇に立った。


LOADING………


「一回目の授業が終了ですね!このように授業を繰り返して生徒を教育していきましょう」

「なんか大事なところがカットされた気がしたんだけど!?」

「でも生徒のステータスは伸びてるでしょう?」


 確かめてみると、確かに生徒のステータスは成長していた。

 釈然としないが、まあいいや。


「この調子で、スタミナがなくなるまで授業をしてみましょう」


 そういうわけで、二回目の授業が始まった。


LOADING………


「レベルアップです!スタミナが回復しました!授業を続けられますよ」


 どうやら俺の教師としてのレベルが上ったようだ。実感が全くないが、まあ、最初はこんなもんなんだろう。


「さあ!スタミナはまだ残ってますよ!どんどん授業をしましょう!」


LOADING………


「レベルアップです!スタミナが回復しました!授業を続けられますよ」


 レベルが上がった、やっぱり実感はなかった。


「低レベルのうちは仕方ないですよ。さ、どんどんレベルを上げていきましょう」


LOADING………


「レベルアップです!スタミナが回復しました!授業を続けられますよ」


LOADING………


「レベルアップです!スタミナが回復しました!授業を続けられますよ」


LOADING………


「レベルア……」

「ちょっと待って!俺いつまで授業すればいいの!?」


 授業をする。レベルが上がる。スタミナが回復する。授業をする。俺はこのループを随分と続けていた。

 なんだこれ、無間地獄か。


「まあ、10レベルくらいまでは休みなしにレベルアップしますからね。それ以降は多少の余裕が出来ますよ」

「いや、休み時間とかないの……?」

「スタミナは時間経過で回復するので、スタミナが無くなった時が休み時間です」

「ブラック職場だ……」


 倒れるまで働けと言われるのとほぼ同義なような気がした。


「まあまあ、こういうのも最初のうちだけですよ。レベルはどんどん上がりづらくなっていきますから」

「ああ、休み時間が普通に取れるようになるのか」

「ええ、そうなります」


 だったら、この辛さも新人研修みたいなものだと考えればまだ受け入れられるだろか。


「まあ、ランキング上位を目指すと延々とスタポン使いながら授業し続けることになりますけど」


 倒れるまで働けと言われたほうがマシだったかもしれない。


「ともかく!先生のスタミナはまだ残ってるんですから!授業ですよ、授業!」

「飯ぐらい食わせてくれ……」


 俺のつぶやきは虚空に消えていった。

 俺がレベルアップ地獄から開放されるころには、生徒たち全員のステータスが少し上がっていた。

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