死ぬ準備はできている

五日咲太郎

第1話

夏の終わりの夕方の公園。夕焼け空にツクツクボウシの鳴き声が響く。ベンチとその周囲には俺を含めた男子高校生3人と女子高校生2人がいる。

「あーあ、夏休みももう終わりかよ。もうちょっとだけ遊びてえなあ」と能登遊一は、ベンチに座ってあくびをしながら言った。

彼はクラスの中では能天気かつ明るい男である。

「何言ってんの、私たちはもう受験生でしょ。それなのにいつも遊ぶことばっかり考えて」と津久井実子は指摘する。

「う、うるせえな。休憩することだって大事だろ」

「あんたの場合は休憩しすぎだから」

いつもの夫婦ゲンカですか、はいはい。

能登と津久井は俺とは別の小学校時代からの幼なじみで、この二人のケンカは日常茶飯事である。

「ははは、ちゃらんぽらんな奴がカレシだとカノジョは苦労するな」とクラスで1番まじめで成績がトップの真田学は言った。

「確かにそうかも」と俺たちの中で物静かな安藤静が言った。

「うるせえよ」

「うるさい」 と2人は同時に反論するのであった。

こいつら何度俺に(息ぴったりだな)と思わせる気だ。  


進路の話になった。みんな少々鬱が入っている。自分はどこにしようか、果たして自分はめざしている大学に行けるのかと言う気分なのだろう。俺は違う意味でだけど。詳しくはあとで話す。切り出したのは真田だった。

「なあ、おまえらどこに行くか決まったか?」の一言だ。

「俺の第一希望は福澤大学だ。第二に高田馬場大学、第三に東京科学大学だな」

「すげえな、真田。クラスで1番頭のいい奴は違うな」と能登は感心したように言った。

「さっきも言うように、あんたは遊んでばっかりで成績も普通より下だから一流、二流はダメで、三流にしか行けないかもね」

「はあ、なんだと津久井!?てめえだって成績は俺とどっこいどっこいのくせに」

「何よ!?」

「まあまあ、一流大学に入ったからと言って頭がずば抜けていい人ばかりとは限らないし、三流大学に入ったからと言って能登君より頭が悪い人ばかりとは限らないわよ」と安藤はなだめるように言った。

「能登君よりもってなんだよ、よりもって!?」 能登の視線は津久井から安藤に変わった。

「私は能登君や津久井さんと同じ大学に行きたいと考えているけど、尾張君は?」

俺の事になった。

「俺は…お前らと一緒の大学に行けない」

「えっ」 みんな驚いた。予想していた通りだ。

「どういう事だ、言ってみろ」 真田が質問してきた。

「ニートにでもなるつもり?」と安藤は静かに聞いた。

違う、と俺は首を振った。

「まさか、海外にでも行く気か?」と能登は聞いた。

なに馬鹿なことを聞いてんのよ、と津久井が能登の頭を叩いた。

「…まあ、そんなところだ」

嘘だ。

「だとしたら国はどこだ。言語はちゃんと勉強しているのか。パスポートはとったのか」と真田は聞いた。

「行くのは遠い遠い国だ。言語は何とかしている。パスポートはとってある」 また嘘をついた。

「遠い遠い国って言われても分かんねえのは問題だぜ。俺でもおかしいと思うぜ」と能登も言った。

「着いたら、教えるさ」 教えたくても教えられない。

「じゃあ、俺は引っ越しの準備をするから」

「そ、そうか」と能登は言った。

去り際に友人たちの声が聞こえた。

「辛くなったら日本に帰って来いよー」と能登。

「外国でもしっかり勉強しろよー」と真田。

「外国の女の子にワイセツなことをしちゃだめよー。日本人の恥になるからー」と津久井。 「着いたら手紙だけじゃなく、お土産もお願いね」と安藤。

俺は友人たちの顔を見ることが出来なかった。  

なぜなら今の俺の顔を見せたくなかったのだ。それと俺は本当のことが言えなかったあまり、信頼している彼らに対して嘘をついてしまったのだから。


 なぜおれは友人たちに嘘をついたと言うのか?

 話せば長くなるが、真実は8年前の俺が小学4年生だった時代に遡る。

 あの頃は成績も体力も平均的で、どこにでもいる小学生と言う感じで見られていたと思う。俺もそのあたりは自覚していた。どうせ俺は中学、高校、大学と進学して、普通に就職して、普通に結婚して、普通の子供と一緒に暮らしていくものだと思っていた。

 あの真夜中に奴が現れるまでは。


 それはある日の真夜中。

 俺は自分の部屋で寝ていた時だった。

「起きろ、起きろ」と若い男の声がする。

(なんだろう?)と思って目をこする。

俺は明かりをつけた。そこには黒いマントに身を包み、釜を持っている20代の青年とみられる男が立っていた。男の表情はガイコツでも、ムンクとか言う絵描きの作品の「叫び」の人物の顔でもなく、穏やかな笑顔をしていた。だが、その男にはこの世のものとは思えぬ不気味な雰囲気があった。俺は恐怖のあまり、驚いて尻もちをついた。

「あんたは誰なんだよ」

俺は質問した。

「僕は死神だよ」

死神?こんな夜中に俺に何の用だ?

「君はあと8年後の8月の終わりに死ぬ」

 え?何言ってんの?8年後の8月の終わりに死ぬって?

「僕は死神だ。いつだれが死ぬか知っているんだ。どんなに健康的な生活を送ってもダメ。運命と言うのは決まっているから」

 信じたくない。俺は怒りを込めて「そんな訳ない!俺はまだやり残したことがたくさんある!未来があると思っている!て言うか俺は死神なんて空想のものだけだと思っている!おまえは『死神』を名乗っている変なやつだ!」と反論した。

すると死神と名乗る男は「やれやれ、そういうと思った」と言うようにニヤリと笑った。

「じゃあ明日教えよう」

 そう言って男は黒いマントに身を隠した後、小さな煙のように消えていった。


 次の日の算数の授業。俺が苦手な教科だ。担任に呼ばれ、黒板に数式を書く。その時、頭が突然痛くなる。チョークが重く感じる。自分が描いている数式も歪んでいるようだった。(これはいつになくおかしい)と思う。ついに頭が重くなり、音を立てて倒れる。その直後意識を失う。俺がその時に聞いた音は、担任の「どうした」と言う声と同級生が立った音だった。


 気が付くと暗くて何も見えない世界に立っていた。

(どこだここは)

 歩いてみる。しかし、いくら歩いても光もなく、人もいなく、障害物と言えるものもない。無機物も有機物もなく色も音も匂いもない。ただ暗くて何もない世界だ。右に行っても左に行っても同じだ。温度については熱くもなく寒くもない。俺にはちょうどいい。

恥ずかしいけど、「あー」とか「おーい」とか大声で叫んでみる。だが、山びこすら返ってこない。

 何もしないで寝転がってみる。しばらくして気が付いたことがある。それは何も食べていないことだ。現実の世界では、みんなが給食を食べている頃だろう。ところが自分は空腹の状態になっていないし、トイレにも行こうとも思っていない。(まさか)と俺は思ってみる。

 もしかすると俺は死んだのか?

「よく気付いたようだな」

 どこかで聞いたような男の声だ。

 目の前にマントを来た男が現れた。

「あっ、あんたは」

「だから言ったろう。僕は死神だって」

死神と言うのは嘘じゃなかったのか。

それにしてもなぜここへ連れてきたのか?ところでここはどこだ?

「ここは死の世界だよ」

 死の世界だって?ここが?

「8年後、君はここで過ごすことになる。それを信じていない君に教えるために連れてきた」

 俺は昨日死神が言った言葉を思い出した。

「じゃあ明日教えよう」と言ったのはこの事か。

「暗いところだな。天国とか地獄は?極楽浄土とか言うヤツは?」

「そんなものはないよ。人々が慰みのために勝手に宗教と言うものを作った時に想像したものさ」

「じゃあ死後の世界は暗闇か?」

「そうだよ」

 俺はいくつか気になったことがあった。

「なあ死神さんよ」

「なんだい?」

「ここに漫画とか、ゲームとか、スポーツとか、音楽とかはあるかい?」

「そう言った娯楽はないよ」

「退屈だなあ」

「そのうちに慣れてくる。死者は何にもしない。寝てるようなもの」

「食い物とか飲み物は?」

「ないよ」

「厳しいなあ」

「死者は物を食べないよ。お腹もすかないし喉も乾かない。仏壇にお供え物を供えたとしても食べ物の無駄になるだけだよ」

 なるほど、死んだあとは実に退屈なのだなあ。

 ん?1ついいこと閃いた!

「じゃ、じゃあすでに亡くなった先祖とか昔の偉い人に会うのは?」

「できないよ。ここは個人、君1人の世界だからね」

「なんだよ、つまらねえ。これだから死の世界ってヤツは。お前は何十人、何百人、何千人と人を死の世界に連れて行っているんだろう?男も女も、ジジババも、赤ん坊も。金持ちも貧乏人も。人間も犬も猫も猿も…」

「死はどんな動物にも道具にも来るものだ」

「先公以上にもっともらしいことを言いやがって。お前がやっていることだろう」

 死神は落ち着いて「まあね」と言った。

 こいつ、認めたよ。

「僕らのような神は宇宙ができる前にいるからね」

ような?

「世界には様々神がいる。自然の神とか人の生涯に関わる神とか…。もう数えきれないくらいたくさんの役割を持っている。僕のような死神もその1人だ」

 ……。

 もう何も言えばいいかわからない。こいつも同じ神に入ると言うことでよさそうだ。

 それなら俺はどうすればいいんだ?

「なあ死神さんよ」

「なんだ?」

「俺は死の世界とか言う暗闇でどうやって過ごせばいいんだ?」

 すると死神は朗らかな笑顔から真面目な顔に変わった。

「今君が見ている死の世界は夢の中と変わらない。つまり眠っているのと同じだ。新しい生命が決まるまでは。起きるときは母体から出る時だ」

「どうすればわかるんだ?」

「僕の知り合いである生を授ける神がいる。その神が白い光を照らせばその合図だ。ただし、今までの記憶は全てなくなるけど」

 今までの記憶は全てなくなる!?あっ、でも待て俺。赤ん坊に過去の記憶なんてあるわけないよな。

「これで死の世界のことはわかったと思う」

 うん。まあわかったよ。

「じゃあ、現世に戻そうか?」

 おい。俺は死ぬんじゃないのかよ。

「予定より早く君を死の世界に連れていくのはよくないからな。今のは死の世界の体験、つまり仮死状態だ。それじゃまた会おう」

 そういうと死神は消えていった。

 その直後、白い光が差してきた。


 目が覚めるとそこは白い天井に白い壁が見えた。父と母、それになぜか女性の看護師がいた。

 俺の名を呼んで泣きながら抱きしめる母。涙をこらえている父。「息子さんの意識が戻ってよかったですね」と言う看護師。

「ここはどこだ?」と聞いた。

「病院よ」と母。

「お医者さんと看護師さんの話だと1週間も意識がなかったそうだ」と父は言った。

(1週間も意識がなかったのか…。向こうの世界だと、1時間、いや3時間も経ってなかったはずなのに…)と驚いた。

次の日から1週間くらい俺は頭とか心臓とかいろいろな検査をされた。正直に言ってこれはすごく疲れた。診察室で医者は両親にこのように告げた。

「お子様はもう8年しか寿命がない病気と言いましょうか。8年後にはどこがダメになると言いましょうか、要はぽっくり病みたいなものですね。私どもも最善の努力はしたのですが…。脳や心臓も今はまだ大丈夫ではあるのですが。私のアドバイスとしてはお子様は入院させるより、普通の子供たちと同じような日常を過ごさせることですね」

 両親は泣いていた。反対に俺は泣かなかった。なぜなら医者の言っていることは死神が言ったことと変わりはなかったからだ。最初に言われたときは驚き、激怒していたが、事実を知ってから二度も言われると驚きもせず、腹も立てず、両親みたいに泣きもせず、何も感じない。と言うより〔ああ俺は本当に8年後に死ぬことが決まったんだな〕と言う感じだった。

 また次の日に学校に出て出欠が終わった後、担任は俺が無事退院することが出来たので皆で祝ってほしいということを話した。全員が拍手して、「おめでとう」「尾張君、よかったね」と言う。それは心から拍手したり、祝いの言葉を述べていたりしているのではない。担任に命令されて形式的にやっているのだ。みんな俺の状況を知っているのではないか。そう思っていた。

 休み時間には「入院生活はどうだったか?」「おまえはどんな夢を見ていたんだ?」とか聞いてくる友人がいた。それに対して俺は「いやあ、暗闇の夢ばっかり見ていたよ」とか「体育が出来なくて参った」とか言ってごまかした。

 さらにまた次の日から同級生たちに「おはよう」と言っても、俺の事情を知ってか「ああ、おはよう」とよそよそしい感じだった。クラスの雰囲気が葬式で誰かが亡くなったかのように沈んでいたように思えた。これはまずいと俺は思った。

 帰宅後、お笑い芸人が出演しているバラエティー番組を見る。すると番組を見ているうちに嫌な気分を忘れていくのに気が付いた。

(これだ、これでさっきの皆の気分を変えることが出来る)と思った。

 それから、俺はお調子者を演じるようになった。それは暗い雰囲気のクラスを明るい雰囲気に変えるための俺ができる手段だった。自分はこれから死ぬと分かっていながら、明るくふるまうことが出来るのだと思った。すると、昨日まで暗い感じだったクラスが明るくなった。同時に俺自身も心から明るくなったように感じた。

 その行動は小学校卒業して、中学に入っても、卒業しても続いた。同級生には「あいつは面白い奴」「このままいくと本当にお笑い芸人になってしまうんじゃないか?」とまで言われた。

 中学生時代の3年間は大きな出来事はなかったので話しても意味はなかろう。一気に高校の時の話になる。


 高校の入学式のクラス発表が済んで自分の席に座ろうとしたとき、「となりの席の人?よろしく!」と言った明るいギャルと言った感じの女子話しかけてきた。彼女は津久井実子と名乗った。

 ある日の休み時間に津久井が安藤静と言う物静かな女子と雑談をしていた時に、見るからなちゃらんぽらんな男子生徒の能登遊一がやってくる。彼が宿題を忘れてきたことが原因で喧嘩になる。安藤は「津久井さんと能登君は中学の時からの同級生なんだって」と俺に耳打ちをする。

「それでまたあいつと同じクラスで津久井さんはついてないとは言っているんだけど」

「ちょっと静ちゃん、誤解を招くから」

「おいおい何夫婦喧嘩しているんだ?うるさいなあ」と真田学が立っていた。俺が彼を見た第一印象はいかにも優等生と言わんばかりの雰囲気があった。

「なあ、この辺を分かりやすく説明するからそれでいいか?」と真田は能登に聞く。

「ありがとよ、真田クン。おまえは津久井よりできる奴だな」

「うっさい」

 まあまあ、と俺が止める。

「俺も…ちょっとわかんねえところがあるから教えてくれるか?」と俺が聞くと、「わ、私も…教えてもらおうかな」と安藤も言い出した。

 このように俺たちは友人となった。

 俺の高校生活のほとんどは彼らと行動を共にした。放課後は5人とも部活に入らず、ゲームセンターやカラオケ、ボーリング、誰かの家に「勉強会」と称して遊びに行っていた。他にも能登の口からファーストフード店のアルバイトの話が出たときは週に2日は出ていた。長期休暇の時には夏は海水浴、花火大会、冬はスキーをやり、尾張が近づくと真田の家で勉強会をやっていた。宿題については真田と安藤はほぼ全部終わらせていて、俺と津久井の宿題の半分は終わらせていた。しかし、能登は全然終わらせていなかった。そのことで能登は津久井を呆れさせ、喧嘩にまで発展していた。その喧嘩を安藤と真田、俺が止めるというものであった。こうしてみると、我ながら高校生らしい生活を送っていたという感じだが、死神のことを忘れることが出来てよかった。

 あの恐ろしいと感じた日までは。


 高校2年の10月、沖縄での修学旅行でのことだ。沖縄県は4月中旬から10月中旬まで海水浴ができるとあって、生徒たちは大いに興奮した。能登に至っては「女子の水着が拝めるぜ」と発言して、女子から白い目で見られ、津久井には拳骨を兼ねた説教されていた。工程は4泊5日で1日目は飛行機で沖縄に向かって首里城、2日目は平和祈念公園、ひめゆりの塔、3日は美ら海水族館、4日目は海水浴、5日目は国際通りでお土産を買って帰るというものだった。

 俺の事件はそのうちの4日目のことである。

 その日は海水浴で俺を含めた生徒たちは興奮していた。俺たち5人で泳いだ後、俺は1人浜に上がって濡れた体を乾かしながら美しい沖縄の海を眺めていた。

(雲1つない空と海、きれいだな。余命があったら、また行きてえな)

 その時、突然恐ろしいことが頭をよぎった。

 自分が死んだ後のことだ。

 もう自分の死まであと1年しかないではないか。そこから死んだ自分の体は痛いと言うものになって、お通夜、葬式、告別区式を済ませた後、火葬というものによって俺の体の骨だけとなって、それを墓と言う暗所に入れられる。それは嫌だ。そんなに俺の体を燃やして骨にするなら、この美しい沖縄の海に俺の骨をまいてくれ!

「どうしたの、尾張君?」

 安藤が心配そうに声をかけてきた。

「体調がよくなさそうだな」と真田。

「仮病のふりをして水着姿の女子を眺めてたんじゃねえの?」とへらへらした調子の能登。

「バカ」と津久井が能登の頭を叩く。

「それで、頭痛でもするの?」津久井は俺を見た。

「いや、ちょっと疲れただけだ。悪いな、心配させて」と軽く礼を返した。

 沖縄から帰った日の夜は、疲れているのに眠れなかった。死神に初めて出会った日や死の世界に連れていかれた日もそうだが、海水浴の日は俺の人生の中で3番目に怖かった。

 これから俺はどうやって生きようか。

 あの世に行ってしまう前に俺は歴史に名前が残らなくても褒められなくてもいいから、あとで自分が(いい人生だった)と思えると同時にみんなが喜ぶようなことをしようかな。ボランティアとか。何もしないでつまらない人生だったと言う感じじゃ後悔することになるだろう。みんなが喜ぶようなことをすることで俺も「生きていてよかった。いい人生だった」と言える喜びにもつながるのだ!

 よし、明日から皆に「いいこと」をしよう!

 俺が亡くなる日まで!

 そう決心した。



 次の日から俺は自分ができることから始めた。

 宿題を忘れた同級生には、宿題を手伝う。病気のために家で寝込んでいる同級生の見舞いに行く。体育祭や文化祭の準備には夜遅くまで手伝う。児童会のクリスマス会にはサンタクロースとしてボランティアに参加する。等と自分でも数えきれないくらいみんなが喜ぶことをやった。その時の俺を見た皆は「あいつ以前は面白い奴だったのに修学旅行が終わった後、俺たちに優しい奴になってしまった。一体何があったんだ?」と言う噂があったことは気付いていたが、そのことに対して俺は「人として当然のことをしただけだ」と返すのだった。


 そして、今日。俺の命日と言うべき日になる。

 俺は1人8月の終わりの夕闇の土手を歩いていた。

 なぜ友人たちと別れて1人で歩いて帰るのか?帰るためではない。友人たちの涙を見たくなかったし、俺の涙を見せたくなかったのだ。別れが辛くなるからな。

 夕日、きれいだな。これを拝めるのも人生最後になるなんてな。川の水に反射する夕日の光とそれに照らされる鉄橋と電車。住み慣れた街。カラスの鳴き声。夏の蒸し暑さ。死の世界に行くと、こういったものを見ることも聞くことも、感じることもできなくなってしまうんだな。

 そう考えると、向こうから全身黒ずくめのマントを来た男が歩いてきた。

「やあ死神さんよ、待ってたよ」

 俺は死神を笑顔で迎えた。

「名残惜しいのかい?」

 死神はいつもの穏やかな笑顔で聞いた。

「今見ている風景を目に焼き付けていただけさ。向こうの世界は暗闇だけだから」

「そうか」

 俺と死神は鉄橋の下へ歩いた。電車が俺たちの上を音を立てて通過した。もう夜の7時であたりは暗くなっていた。

「なあ死神さんよ、聞きたいことがある」

「なんだい?」

「確かあんたは生を授ける神と知り合いだっけ?」

「そうだけど」

「もし生まれ変わることが出来るなら、俺は金持ちで、美人で優しいおふくろの元に生まれ、幸せな家庭で育ち、文武両道かつイケメンでモテモテで、趣味も多彩で、美人で飯がうまくて優しい彼女と出会って結婚して、それからいい学校と会社に入って、子供をたくさん作ってそいつらを立派な人生にして、俺と彼女は立派な老後を過ごしたい。もっと言えば俺は世界のカリスマに…」

「おいおい君は欲張ったことを言うな。まあ、君の願いの1つや2つは生を授ける神と交渉してもいいけど」

 喋りすぎたので俺は少々息を切らした後、言った。

「いや、人間の本性ってそんなもんじゃねえの?あんたはいろんな人間を死の世界に連れてきたからわかるだろ」

「まあそうだな」死神は苦笑いした。

「もうそろそろ君が死ぬ時間が迫っているけど、後悔していることはないか?」

 その言葉に一瞬の沈黙が走った。俺の目から熱いものが込み上げてきた。

「そうだな」

 泣いているんだな、俺。

「俺はやれるだけのことやったと思う。後悔していることはたくさんあるけど、ただ1番後悔しているのはさ」

 死神は黙って聞いているようだ。俺の目は涙で潤っていて彼の姿が見れない。

「友人たちに本当のことが伝えられずに死んでいくことだな。だけど、いいんだ。俺はあいつらの悲しむ姿を見たくないからな。あと、俺の今の姿を、あいつらに見せたくもないからさ」

 言い終えた後、死神は俺のそばに近づく。

「もう時間だ。行こう」

 その時、世界は夜の世界よりも暗い世界に暗転する。

「じゃあな」

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