第34話 戦闘中

「まったく。何でこんな目に…」

「勇者。ちょっと」

「何だよ」

「これ、どうなってるの?」

「いや、見たまんまでしょ」

 俺達が盗賊団と手を組んだと間違われた。

 テラが騙されたと勘違いした。

 それだけだ。

 他にどんな理由があるんだよ。

「訳分かんない」

「それな。何でこうも思うようにいかないのか…」

 ぐちぐちと不満を呟くと、カクさんが肩に手を置いた。

「分かってるよ。どうにもならん事もある。やるしかない」

 でもなぁ…。

 どうしたもんかな。

「全員、全力で戦おう」

「だからどうなってるのよ」

「これから騎士団と戦う。逃げる事は出来ない。以上」

「…どうして戦わなくちゃいけないの?」

 いまいち状況を掴めていないのか、マホちゃんが戦いに乗り気じゃない様子だ。

 俺はこれまでのやり取りを簡単に説明する。

「何それ。逆ギレじゃん」

 誰のせいだよ。

「そう、ただの逆ギレだよ、こんなの…あ、そうそう。盗賊の人は戦いの間に村人と話し合っておいてね。それと下がっておけよ? あんたらを守る義理もつもりも余裕もないからな」

 面白半分で着いて来た村人と成り行きで連れてこられた盗賊が目を合わせると、足並みを揃えて退避した。

 もう随分と三者の距離が開いた所で太鼓とラッパの音が聞こえた。

 開戦の合図だ。

「じゃあカクさんは機竜の力を使ってテラの部下の無力化ね。勿論、相手を殺さない程度に」

 え? 機竜の力を使わないといけないの? みたいな顔をしたが、実力を見せつけて戦意喪失させるのも戦いだろうと言うとカクさんは了承とばかりに両の拳を突き合わせた。

「マホちゃんも魔法で雑魚の無力化」

「ユウは?」

「テラと戦う」

「大丈夫?」

「大丈夫な訳ないでしょ」

 絶対スローンの何倍も強いって。

「でも話を付けられるのは俺だけだしさ」

 カクさんは万が一にもマホちゃんにも声を聞かせたくない。

 マホちゃんに至っては盗賊の一味としか思われていないから論外。

 消去法的に俺しか話せる人間がいないのだ。

「本当に大丈夫? あいつ化物みたいに強いわよ? 私の魔法が効かない時もあったよ?」

「…」

 ちょっと。

 これから頑張って戦おうって時にそんなモチベーションを下げる事は言わないでくれよ。

「あ、そろそろね」

 それじゃ戦ってくるねと言ってマホちゃんは猫を二匹召喚してカクさんと共に敵陣に飛び出して行った。

 心の準備ができるまで、あるいはテラがこっちに来るまでマホちゃんたちの戦いでも見物していようと思ったのも束の間、戦闘がすぐに始まった。

 向こうはとにかく数でこちらを圧倒しようという作戦のようだった。

 弓矢を放つ事も無く、ただ槍と盾を持った兵士を一列に並ばせてずいずいと向かって来る。

 突進と言うより行進だ。

 後ろには槍の代わりに剣を持った者がいる。

 その更に後ろには杖を持っているのもいる。

 あれは魔法使いだろうか。

 精鋭というだけあって兵力はせいぜい何十程度なのだろうが、妙に迫力があった。

 しかし、雑兵がカクさんとマホちゃんの敵になるはずもない。

 始めに手を出したのはこちらだ。

 マホちゃんが魔法で地面をぬかるませたのか、相手の姿勢が突如としてぐらついたのが見て取れた。

 隊列が乱れる事はなかったが、それでも行進が止まったのは確かだった。

 その隙にカクさんが機竜の力を解放したらしく、ごつい金属が両腕に付いていた。

 ロケットパンチでもぶちかますんだろうかと思った次の瞬間、カクさんは地面に殴りかかっていた。

 アニメでよく見る、地面を殴って地割れを起こすあれかなと思って見ていると、案の定カクさんを起点として地割れが敵に向かっていた。

 地割れが敵の足元まで届くと、敵が踏みしめていた大地がさながら蟻地獄のように崩れ落ちた。

ぬかるんだ地面が都合よく地割れとかどうなってんだとか思ったが、そこは魔法的なあれという事だろう。

 そんな事を考えながら戦闘を眺めていると、マホちゃんが何やら敵の方を指差すのが見えた。

すると大地が意思を持っているかのように動き始め、敵の首から下をまるっと埋めてしまった。

 これだけで相手を一気に戦闘不能にしてしまったのだ。

「やっぱスゲーな」

 そんな風に感心していると騎士団は第二波として矢の雨を降らせてきた。

 それと共に剣を持った兵が駆け出す。

 しかし相手が悪い。

 向かってくる白兵の波のことごとくをカクさんが簡単そうに捌きながら、マホちゃんが飛来する弓矢の大軍を次から次に燃えカスに変える。

 集団戦でもないのに矢を飛ばす意味なんてあるんだろうか。

 長物と飛び道具が有利とか言われているらしいけど、剣も立派に武器として活躍できるんだ。

 そんなどうでも良い事を考えていられる程度には危なげない戦いだった。

 そして特に言葉も交わさずに連携する二人に感心する。

「スゲーな。スゲーけど、俺もそろそろ行かないとな…」

 行きたくない。

 憂鬱だ。

 でも行かないと旅を再開できないもんな。

 渋々、歩き出す。

 俺が進撃を開始したのが見えたのか、テラがわざわざ馬から降りて単身で俺に近づいてきた。

 カクさんとマホちゃんが戦闘をしている所を避けて、俺とテラは対峙した。

「最期に言っておきたい事があるなら聞いておこう」

「お前達が盗賊団と誤解している連中だけど」

「誤解も何も、あれは正真正銘の盗賊ではないか。聞く所によると人さらいもしていると言うじゃないか」

 ああ。

 そっちの件もごっちゃになってるのね。

「じゃあ戦闘の前に事の経緯をはっきりとさせておこう」

「御託はいい」

「まあ聞けって。俺の最期の言葉になるんだろ?」

 そう言うとテラはそれ以上、何も言わなかった。

 話せって事かな?

 沈黙をそう解釈して、今回の件を簡単に伝えた。

 ツギノの現状と、俺達がした事。

 盗賊のこれまでの扱い。

 それからスローン達の事。

「その言葉を我々が信用するとでも?」

「信用するしないの話じゃない。事実だ」

「…」

「戦いを止めるなら今の内だと思うぜ? あっちを見りゃ分かるだろ。戦況はこっちが有利。しかもあんた等はただの誤解でこんなしょうもない戦いを始めている。騎士団としてそれってどうなの」

「…時にユウ。盗賊の処遇について何か言いたそうだったな」

「え? ああ」

 そんな話をしていたな。

 もうすっかりご破算だよ。

「言え」

「は?」

「どうしたかったんだ。言え」

「…盗賊団、もとい旧生贄達は村には帰れない。それはツギノと旧生贄達で違う時間を生き過ぎたからだ。だから、村に帰れないのなら、あんたの騎士団にでも加えられないかなって思ってな」

「それは無理だ」

「まあ、そうだろう。だから、俺としてはお前の私兵としてあいつらを雇ってほしかったってのが本音だよ」

「私兵だと?」

「そう。あいつら実力はこれっぽちも無いけど、偵察くらいには役立つだろ? それに俺としてはマホちゃんだけ残しておいてくれれば他はどうでも良いんだ」

「…下衆だが、合理的ではある」

「性格だ。諦めろ」

「…」

「それでどうなんだ? 別に私兵でなくても良い。あいつらがまとも生きていける場所で働かせる事はできないのか」

「抜け」

 そう言ってテラは背中から背丈ほどもある剣を抜いた。

「おいおい。俺は別に戦いたいんじゃ…」

「俺に勝てたなら、考えよう」

「はあん?」

 戦いそのものを正当化する理由として戦いに勝ったら俺の言う事を聞くという条件を付けたのか。

 そういう風に解釈しておこう。

 随分と自分勝手な奴だな。

「言っておくが、俺はあっちの二人とは比較にならないくらい弱いぜ」

「安心しろ。死ぬ時は痛みなど感じさせない」

「…」

 逃げたい。

 めっちゃ逃げたい。

 え?

 八百長じゃないの?

 ガチ?

「どうした。早く抜け。抜かないのなら、このままお前の身体を両断する」

「分かった! 分かったから少し待て。心の準備をさせろ」

 ちょっと待てよ。

 本気でやらないとまずいな。

 元の世界に帰る前にあの世に送還されちまう。

 剣技だけでテラに勝つなんてまず無理だ。

 魔法も織り交ぜないと。

 どんな魔法が効く?

 ゆっくりと剣を抜き、構えるまでの間にそんな事を必死に考えてみたものの、具体的な作戦は残念ながら思いつかなかった。

「来い」

 そうは言っても打つ手がないんだって。

 とりあえず魔法で様子を見よう。

「ノミカイゴ!」

 しかしこれが良かった。

 テラが崩れ落ちるように倒れたのだ。

「…あれ?」

 どうしたんだ。

 倒れてから、まったく身動きしてないぞ。

「…大地の牢獄にその足取られよ。六番、拘泥」

 様子見も兼ねて、身動きが出来ないように別な魔法を使ってテラの身体を拘束させた後、俺はテラに近寄った。

 恐る恐る。

 一歩一歩。

 油断させた相手を近寄らせてから不意打ちかますとか、俺みたいに卑怯な事をしようってんじゃないだろうな。

 テラの性格を考えればそんな事は億が一にもあり得ないのだろうが、命が掛かっているんだ。

 考え過ぎに越した事はないだろう。

 恐る恐るしゃがみ込み、テラの顔を覗き込む。

 顔を真っ赤にして、目を回している。

 そして酒臭かった。

「…こいつ、酒弱い?」

 確認するように、テラの頭を踏みつけてみる。

 やはり反応がない。

 おお。

 やった。

 やった!

「やった!」

 戦わずして勝った。

 死なずに済んだ。

「生きてるぅぅぅーっ!」

 ヒャッハー!

 残りはカクさんとマホちゃんだけだが、あっちは何の心配もない。

 元々がこちら側が優勢だった事に加え、テラが剣を交える事なく倒れたものだから、騎士団の動きが瞬く間に鈍り、そして立ち向かってくる事さえなくなった。

 俺達の勝ちだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る