第32話 勇者だって悪だくみくらいする
「それで謎の凶悪魔法使いにまんまとやられて帰って来たと。だから俺達に言えって言っただろ?」
なんちゃら騎士団が盗賊を捕まえに出て数日後、テラ達が帰って来た。
今、テラは数人の部下を従えて俺達が滞在している宿にいる。
彼らの顔には明るさがなく、一目で憔悴しているのだと分かる。
「あの魔法使い…」
思い出すように呟き、テラが苦虫を噛んだような顔をした。
「魔獣を従えていた。野良の魔法使いはこれまでに何人か見てきたが、あんな魔法は見た事がない。なぜグランシオに来なかった…?」
相談を持ちかけているのか、ただの独り言なのか判別できない声量で言うものだからこちらまでもどかしくなる。
ともあれ、マホちゃんが無事に盗賊団に合流していた上にこいつらをこてんぱんにしたらしい。
ナイスです。
これでやりやすくなるぞ。
内心ほくそ笑んでいると、テラは唸りながら渋面を作った。
「我々は油断をしていたのかもしれない。あの魔法使いについて何か知っているのか?」
「知っているという程ではない。ただ、彼女は猫を出していないと魔法が使えないみたいだ」
「あの魔獣の事か。確かに。思い返してみればそうかもしれない」
「だろ? だから魔法使いを無力化するにはそもそもの話として白猫と黒猫を召喚させなければ良い。そうすると残りはあんた等でもどうにかできるだろ?」
「そうは言うが、戦闘が始まる前に既に召喚されているのだ」
「あんたほどの人間が行けばそりゃあ警戒もされるだろう」
「しかし、私でないと止められない。部下では力不足だ」
「提案がある。俺達に任せてみないか?」
俺は隣に座るカクさんを指差しながら言った。
「力を貸してくれるのか?」
「しかし当然、タダでとは行かないな」
「何を望む」
「盗賊団の処遇を俺達に決めさせてほしい」
「それは…」
「もちろん基本的には前にあんたが言っていた方針で良い。ただ少し詳細をいじらせてほしいんだ」
「と言うと?」
「それは盗賊を捕まえてからで良いだろう。大層な事じゃないんだ」
実はその魔法使い、マホちゃんって言うんだけど、仲間だから一緒に連れて行かないでほしいんだ。
なんて事、この場で言えるはずもない。
「今は俺の提案を受けるかどうかが大事だと思うんだけど」
テラは要求の全貌が見えない事を訝しがったが、盗賊の捕縛と秤に掛けた末に首を縦に振った。
「よっしゃ。契約成立だ。騎士団の連中も疲れているだろう。作戦の決行は明後日でどうだ?」
「分かった。では明後日の明朝、村の出口で待つ」
話し合いが終わると、テラはすぐに帰って行った。
「…」
「…」
テラが歩く度に軋む床板の音が聞こえなくなるまで俺達はただ黙っていた。
そして物音が聞こえなくなったタイミングで俺は部屋を出て、周囲の様子を伺う。
「誰もいない?」
「もう少しこちらの要望を伝えても良かったんじゃないか」
カクさんが話し出した事で周囲に人間がいないのだと分かる。
「マホちゃんが実は仲間でしたなんて言えば、この場で戦闘になるだろ」
「…ありうるな」
「テラの性格ならあってもおかしくないと思ってさ。つい黙っちゃったよ」
「ただ、やはり言い方ってものがある。あれだとただの下衆だ」
「どうもそういうキャラみたいでさ。そこは我慢してよ」
「それよりこの件、どう片付けるつもりだ」
「騎士団と一緒に山を登って、マホちゃんと合流して、それで逃げる」
「逃げる?」
「そう。逃げる」
「盗賊はどうするんだ?」
「そりゃあ放置だろう」
「マホが黙っちゃいない」
「でもなぁ…そう簡単に解決できる問題じゃないよな」
「マホが黙っちゃいない」
「それな。それさえなければ楽なんだけど」
「難しいな」
「難しいな」
「いっその事、テラの希望通り、労働に連れて行かせれば良いんじゃないか」
「でもマホちゃんが」
「そこは諦めろ。仲間だと言うしかない」
「じゃあさ…」
どうやってマホちゃんを回収するか話し合っている内に作戦決行の日になっていた。
「それじゃあ行くか」
宿を出て待ち合わせ場所に行くと、既にテラ達がいた。
「団長。本当にこいつらを連れて行くんですか?」
粘土の高い視線をこちらに向けながら言うのは前髪ひょろ男だ。
こいつ本当に腹立つな。
「テラが直々に俺達に協力を求めてきたんだけどな。ただ、あれだな。部下にこんな風に言われたとなると…。別に俺達は今回の話を降りても良いんだけど」
けど、のタイミングで視線を向けると、テラは静かに目を瞑った。
「フェムト。彼の言う事は正しい。私が協力を依頼したのだ」
フェムトは間接的に上司を非難した事を知って顔を青ざめさせながら俺の方を忌々しそうに見た。
「何だその顔は」
ついでに挑発しておく。
「は?」
「不愉快だなぁ」
「…フェムト」
「は、はい! その、あれだ。申し訳なかった」
ぷぷぷ。
愉快だな。
しかしすぐに頭に衝撃を感じ、愉快な感情がどこかに飛んで行った。
「あでっ! ちょっとカクさん」
やりすぎって言いたいの?
マホちゃんと違って手加減してくれてるのは分かる。
でも骨に響くレベルで痛いから止めてくれ。
「それでどんな作戦を立てているんだ?」
テラが興味津々といった様子で聞いてきた。
「そんな大層なものじゃないんだ」
そこで俺はカクさんと急ごしらえで考えた作戦を伝えた。
「そんなに単純で大丈夫なのか」
突っかかって来たのはフェムトだった。
「こういうのは単純なものほど良い」
「確かに。一理ある」
テラが俺の言葉に同意した。
こいつ、お人好しなのか。
人の言う事を信用し過ぎだろ。
「だろ? 普通、騎士団の人間がどこの馬の骨とも知れぬ人間と手を組むなんてあり得ない。だったらその考えをそのまま当てはめた方が相手の裏をかけるってもんだ」
どこかフェムトが疑わしいといった顔をしていたが、テラがすっかり感心してしまっているせいか、表立って反論しようという気配はない。
どちらにせよ俺達にとっては都合が良い。
「とりあえず、行こうぜ」
そこで俺とカクさんだけが山道に入る。
作戦は単純だった。
俺達が先行して山を登り、山小屋を目印にして盗賊に見つからないように物陰に隠れる。
しばらくして騎士団が山小屋まで行き、そこで陣形を展開。
盗賊を迎え撃つ。
そうテラには伝えた。
しかし実際は違う。
俺とカクさんが騎士団より先にマホちゃんに合流。
そこでこの作戦をマホちゃんに伝える。
騎士団と盗賊が戦闘をしている所で、俺達がマホちゃんに捕まったふりをして戦闘を一時中断させる。
そこで盗賊団の実情を騎士団に正確に教える。
そうすれば盗賊団をどうにかしたいマホちゃんの希望も叶えられて、俺達もマホちゃんを回収して旅を再開できる。
いくつも穴がある事は承知の上だが、これくらいで十分だろう。
マホちゃんさえ返してくれれば、その先で盗賊がどうなろうと知ったこっちゃないんだから。
しかし、穴とかというレベルではないハプニングが起こった。
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