第31話 続・戦闘
それから数日は連日のようにテラ率いる軍隊が私達の集落を襲いに来た。
しかし、結果から見れば連戦連勝だった。
何というか、テラの弱点が見えてきたのだ。
テラは化物で、その強さは規格外と言っても過言では無い。
しかしそれだけだ。
強いのは彼一人。
その他大勢は雑魚も同然。
そしてテラはその雑魚をとても大切に想っているようだった。
私がテラでは無く雑魚に的を絞り始めるとテラはすぐに撤退を始めた。
一度、テラが単騎で集落を襲いに来た事があったが、その時はホムラ達に雑魚を強襲してもらって、テラを退却させた事もあった。
勿論、始めにあった地の利も数をこなす内に無くなっていく。
そうなると雑魚だと思っていた連中もホムラ達を圧倒していった。
元々、平凡な村人だったのだ。
戦闘の専門家には手も足も出なくなっていく。
負傷者の数は日を追う事に増えて行く。
そんな中にあっても連日の勝利のおかげでホムラ達の士気は高かった。
その上で盗賊は油断しきった笑みを浮かべている。
「今日も楽勝だったな!」
もう何日連続でやっているか分からないテラ撃退記念の宴会の最中、上機嫌のホムラが話し掛けてきた。
「バカじゃないの?」
対して私は残念ながら不機嫌にならざるを得なかった。
「私が何でここに残っているのか忘れたの? あんた達を村に帰すためよ。私は別に連中と戦いたい訳じゃないの」
私の言葉にホムラは本来の目的を思い出したようだった。
「ここで追い打ちをかけるわよ。山小屋付近にいる敵勢力を追い返すの。ここら辺一帯から連中がいなくなったら村に行くわ。それで話を付ける。良い?」
これ以上、テラとの戦闘はしたくなかった。
そろそろ決着を着けるべきだろう。
「よしお前等、行くぞ!」
応!
意気込んで盗賊達は山小屋に進軍を始めた。
「待ちなさいよ」
まずは酔いを醒ましなさい。
それから装備をしっかりと整えなさい。
酔った勢いで特攻して返り討ちに遭うなんて考えたくもない。
「おいおい。水を差すな」
「そっちこそ水を差さないで、襲撃は私一人でやる」
それにこれは決定事項だ。
「待てよ」
「待たない。足手まといなの。分かる? 今まで勝ってこれたのは私の魔法でテラの部下を捕まえる事が出来たから。向こうから仕掛けてきたから。今度はこっちから攻めに行くのよ。劣勢になったからと言っても簡単に逃げてこられないの。あんた達の一人一人を助けてあげられるほど余裕はないんだから」
「これまでは勝ってきただろ」
「別に勝ってはいないでしょ。向こうが勝手に逃げただけ」
普通に戦闘になったら地の利があるとは言え、素人集団に勝ち目があると思えない。
私達の本来の目的は村に帰る事。
それ以外の事で人が欠けたら意味ないっての。
「だが!」
「これ以上喚くならあんた達ともやり合わなければならないみたいね」
脅しを掛けると、ホムラは身を竦めた。
「本来の目的を忘れないで。私達はツギノに帰るの。戦う事が目的じゃないの」
そう言って私はホムラ達を置いて単身、山小屋に向かった。
今度は見つからないように慎重に獣道を進む。
もう少しで連中が拠点としている小さな平原に出るという所で私は木に登った。
やけに明るいなと思ったら、見惚れる満月が浮かんでいる。
向こうの景色も良く見える一方で、自分が高い場所にいる事も自然と分かってしまう。
「さすがに怖…じゃない。この高さまで登れば良いでしょう」
シロとクロを召喚し、作戦を伝えてからシロを連中に近づけさせる。
魔力を送り込んでいない状態のシロはただの猫にしか見えない。
シロを見つけるなり、連中は緊張したようにシロを見つめたが、すぐに警戒を解いた。
案の定、連中がシロを見つけても何もしようとはしなかった。
「ふう…」
これから奇襲を掛けるのを止めて月見と洒落込みたかった。
ユウが言っていた。
月を見るための会。
どんなものか、やってみたかったな。
目を閉じる。
そう。
ユウの言う通りだ。
何でもかんでも首を突っ込むのとろくな目に遭わない。
でも良い。
私が選んだ道。
その先にちょっとした石があっただけ。
集中。
石があったら退かせば良いだけじゃない。
「始めるわよ」
シロに魔力を注ぎ、シロの姿を変異させる。
本来の姿とまでいかないまでも、大型の魔獣程度に肥大、強化されたシロの姿に連中が慌てふためく。
「クロ。行きなさい」
クロが木から飛び降りた。
それと同時にクロにも魔力を注ぐ。
着地の頃にはクロの身体もシロと同様に巨大化していた。
「初めに火があった。万物の根源にして万物に忌避される者よ。ここに力を示せ」
呪文を唱えながら、私も勇気を振り絞って木から飛び降りる。
「全てを産み落とし、その全てを喰らう者ぉぉぉ!」
悲鳴を上げるのを我慢しながら重力に身を任せていると、すぐにもふっとした感触に包まれる。
クロの背中だ。
良かった。
無事に着地できた。
「贄はここに。喰らいて権威を示せ」
クロの疾駆に合わせて景色がどんどんと変わっていく。
「愚かな賢者達の瞳に雄々しき姿を映せ」
森を抜けるとシロが連中と戦っていた。
雑魚の大半は後方におり、テラとシロの一騎打ちのという風だった。
シロの身体中にいくつもの赤い筋が見える一方でテラには何も傷一つ付いていない。
戦況はテラが優勢。
でもそれもここまで。
クロをテラに突撃させ、テラの身を退かせる。
「残る足跡の名残さえ残すな!」
呪文を唱え終えると無数の魔法陣が展開される。
魔法陣から放たれる熱波は草を一瞬にして消失させ、大地を抉り、最後には焼けた空気だけが残った。
「これ以上やりあうなら、その身体に同じ魔法をお見舞いするわ。それが嫌ならこの山から去りなさい。そしてこれ以上、私達に関わらないで」
焦げた臭いを感じながら、にらみ合いが続く。
しびれを切らしたように、雑魚の一人が槍をこちらに向けた。
「繰り返す」
私は構わず魔法を放つ。
後方に構える雑魚の周囲に魔法陣を展開させ、徐々に雑魚の身体に近づける。
悲鳴さえ上がらないが、空気は熱くも冷たかった。
「どうすんの?」
「撤退だ。一度村に帰る」
テラがそう言うと、雑魚から安堵の空気が漂ってきた。
しかし私は魔法陣を消さない。
「それだけ?」
「…賊の討伐は中断する」
その言葉を聞いてから魔法陣を消す。
テラが指示を出しながら撤退を始めていく。
どうやら一刻も早くこの場を離れたいらしく、彼らは荷物のほとんどを置いて行った。
安心すると、お腹が減った。
荷物は目の前にある。
野営をしていたのだ。
食料くらいあるだろう。
美味しいものはあるかな。
騎士団は初めて見た時のように整列しながら山を降りていく。
去り際にテラがこちらの事を厳しそうな目で見てきた。
そんな目で見るんじゃない。
私だってあんたにはもう会いたくもないんだから。
連中が視界から失せた。
「やっと行ったか…シロ、クロ、ありがとう」
二匹から魔力を回収し、帰還させる。
「さて、と…」
あいつらは普段、何を食べていたのかな。
そんな事が気になり、私は連中が置いていった荷物の中を調べる。
「あ!」
干し肉だ。
こっちには生肉もある!
肉祭りだ!
パンもこんなに沢山!
どうしよう。
ホムラ達にも分けた方が良いかな。
でもあいつらを追い払ったのは私なんだから、これは全部、私の物でも怒られないよね。
「よし、バレない内に食べちゃおう」
まずは干し肉から。
固い肉を噛み千切るのに苦労したが、口に入れるとその苦労も忘れるくらい芳醇な香りが口一杯に広がった。
「ああ! これよ、これ! うまー」
一心不乱に食べていると、視線を感じた。
連中、もしかして干し肉を取り返しに戻って来たとでも言うの?
「誰!」
言いながら視線の方を見ると、呆れた顔をしてホムラ達が私を見ていた。
皆が武装しており、結局、私の言う事に従わずにやってきたのだと分かった。
「ち、違うのよ! 別に美味しそうだから独り占めしようとか思っていた訳じゃないの! 毒味よ。そう、毒味なの! だってこれから皆で食べるのに毒が入っていたら大変じゃない! だから私が毒味役を買って出たの! だから私、悪くないもん!」
「いや、連中が食べてたんだから毒なんか入ってるはずないだろ」
そんなツッコミを入れながらホムラ達が茂みから出てきた。
「それでどうなった」
「毒は入っていないわ。美味しい干し肉よ…え、食べたいの…? わ、分かったわ。少しだけね」
「そうじゃねえよ! 連中だ。どうなった」
「ああ。そっち? 追い返したわ。これ以上、私達に関わるなら蒸発させるって脅したわ。これでもう安心ね」
「そうか…良かった…」
ホムラはこれでようやく慣れない戦闘から解放されると思ったのか、満面の笑みを浮かべて溜息を吐いた。
「それじゃあこれを食べて、明日にでもツギノに行きましょう」
これまでの戦闘がユウが企んだ通りなら、一度、村の様子を見に行った方が良いだろう。
「え、これ全部食べるの?」
「何よ。一食分くらいじゃない? あ! 皆で食べるから少ないか…」
「しょんぼりするな…つーかそんなに食って色々貧相って大丈夫か? 何か病気か?」
「うるさい!」
本当に腹の立つ物言いをする奴だ。
どこかの誰かを思い出す。
「あ…」
「どうした?」
「いいえ、別に…」
思い出した。
そう言えば、何でテラ達を私に差し向けたの?
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