第30話 戦闘
それからしばらく待機の時間が続いた。
私は小屋の上にいる。
肩にはクロがいて、集落の入り口であるちょっとした小道の前にシロがいる。
盗賊達はそこら辺の至る所に隠れている。
準備は万端。
いつでもかかって来い。
そんな意気込みに釣られたのか、シロが一際大きく鳴いた。
普段の可愛らしい声ではなく、対峙した者を威圧する雄叫びだった。
別に私の意気込みに釣られたんじゃない。
連中がここにやって来たのだ。
勢いよく飛び出した敵の一人がシロの咆哮に驚き、足が鈍った。
その隙を突いてホムラを筆頭に敵に群がる。
戦闘が始まった。
私も動き始めるとしよう。
「誰にも与さぬ兵よ。敵を捕えよ」
今度の魔法は敵を捕らえるためのもの。
木々の枝が盗賊と戦闘をしている敵に絡みつき、宙づりにした。
「下がりなさい! 次、行くわよ!」
私の号令にホムラ達が従う。
各々が木に登ったり、後退したりと敵と距離を取っている。
「シロ!」
身体から力がじわりと抜けるのを感じる。
シロが私の魔力を吸い上げ、魔法へと形を変える。
流石にあの姿のシロに魔力を供給するのは疲れる。
でも、敵の中に昨日のアホみたいな迫力の男がいるのなら、これくらいでへこたれる訳にはいかない。
自分を強く持て。
生命力なんて所詮は生きようとする意志に過ぎないんだから。
魔法で自身を強化したシロが集落に入って来た敵を薙ぎ払う。
吹き飛ばされた敵はホムラ達の手により縛り上げられ、無力化されていく。
襲い掛かる敵を魔法で迎撃しながら盗賊が取りこぼした敵を宙吊りにしていく。
早く来い。
雑魚なんかいくら相手にしても勝ち目はないぞ。
親玉を手っ取り早く倒すのが一番効率が良いに決まってる。
それからしばらく雑魚を倒しては宙吊り、倒しては宙吊りを繰り返していると、急に身体の力がこれまでの比でないくらいに抜けた。
「っ」
何事かと思うとシロが倒れていた。
「シロ!」
シロはこちらを一瞥すると消えた。
私の負担を考えて、自分から帰還したらしい。
「…お出ましね」
そいつの近くには誰もいない。
誰も近づけない圧力があった、
大柄な体。
ごつい鎧。
身の丈ほどもある大剣。
あの男がそこにいた。
それだけで人を殺せるんじゃないかってくらいに鋭い視線を私に送っている。
「聖都グランシオ特別騎士団第三隊長テラ」
特に大声という訳ではない。
しかしはっきりとこちらまで届く声で私にそう名乗った。
相手が名乗ったのだ。
私も名乗らない訳にはいかない。
「国立魔法学院マリベル=ホリゾン。一体、何の用かしら」
「縁あって山に住む盗賊を捕えに来た」
「悪い事は何もしていないのに、どうして捕まらなくてはいけない」
「貴様らの存在が麓の村に住民に害を与えている。加えて魔法使いが悪事を重ねるなど言語道断。つまり、貴様らは存在そのものが悪」
「訳の分からない事を言わないで。事情を知らぬ者に彼らを渡す訳にはいかない」
「問答無用という訳か」
「問答無用の姿勢を崩さないのはそっちじゃない」
「話し合いは最早無用。言って聞かぬなら、力ずくで押し通らせてもらう」
その気しかないくせに。
「クロ。行くわよ」
言うと、クロが肩から降り、地面に降り立つ。
「遠慮はいらないわ。必要なだけ吸いなさい」
眩暈を覚えるくらいに身体から力が抜けた。
シロが吸い上げるよりも多量の魔力を私から吸い上げているのだ。
私から魔力を吸い上げたクロの身体がシロと同様に肥大化する。
先程のシロよりも一回りも大きくなったクロの背中に私は飛び降りる。
もふっとした感触に包まれる。
「覚悟は良い?」
「それはこちらの台詞だ」
言うや否やテラと名乗った男が飛び出した。
速い。
「爆ぜろ!」
まともな呪文の詠唱が間に合わない。
最低限の単語だけ発するとクロがそれに合わせて魔法を放った。
普段であれば、いくつもの呪文を重ねてやっと出てくる規模の火球がテラを襲う。
テラは大剣で火球を防ぐ。
火球の圧力に押され、テラの身体が後退する。
テラは火球を防ぎ切ると、すぐに飛び出した。
「爆ぜろ!」
もう一度同じことを繰り返す。
テラも再び大剣で防ぐが、今度はその場で耐え切った。
「…化物ね」
一撃ごとに強くなるって正気?
テラが一歩踏み出した。
「爆ぜろ!」
テラが再三に渡って火球を大剣で防ぐが、三度目は火球を防ぐ間に一歩踏み出していた。
「何度も同じ手が通用すると思うなよ」
「そんな事、見れば分かるわよ」
それでも私はもう一度同じ言葉を発し、火球で攻撃した。
「同じ手は…」
そんな事は知ってる。
でも同じのをもう一発喰らったらどうなるのかは気になるところだった。
「爆ぜろ!」
テラが火球を防御する寸前に私は重ねて言った。
火球の連弾がテラを襲う。
テラの身体が僅かに後方に押された。
これならいける。
今度は三度連続して火球をテラにぶつける。
流石のテラもこれは防戦一方だった。
今だ。
押し切る。
「常に傍にある者よ。声を聞け。今こそ立ち上がれ。反逆し、主を討て。彩度を欠く門を開けよ。主を閉じ込めて心中せよ。時は来た。屹立。拘束。解放。霧散。光と共にあれ、闇と共に去ね!」
捲し立てるように呪文を唱えてクロに魔法のイメージを送る。
クロは私のイメージと魔力を吸い上げて魔法を実行する。
防御姿勢を取っていたテラの足元に広がる影がおもむろに、まるで実体を伴って自律的に立ち上がると、テラに覆いかぶさった。
テラが影に呑まれた。
そのまま影が蒸発し、それと共にテラの存在も消える。
そのはずだった。
しかし影はテラに覆いかぶさり、テラと一体化した所で静止してしまった。
咆哮。
誰のもの?
クロのものではない。
ましてやシロのものでもない。
音源は影からだった。
獣よりも獣らしい咆哮の果てに影が消え去った。
影だけが消え去った。
テラの姿はそのままそこにある。
「…なめるなよ」
消耗している様子だったが、その不屈の闘志を宿す瞳の光は未だ強く輝いている。
窮地に陥るほど力を発揮する人間のようだ。
厄介。
埒が明かない。
「誰にも与さぬ兵よ。戦を止めるべくその力を示せ」
無力化した雑魚を見せびらかすようにテラの前に配置する。
「このまま退くなら彼らは大人しく解放してあげる。でもこれ以上、貴方が私とやりあうと言うのなら、彼らには私を守る壁になってもらうけど、どうする?」
しばしの間、睨み合いになった。
「…よかろう。今日のところはこの辺で退こうではないか」
テラはのろのろと大剣を収め、来た道を引き返し始めた。
それを見て、私は魔法を解除し、敵を出来るだけ丁寧に地面に降ろしてあげる。
意識のある雑魚はテラが去っていく様を見て、仲間を抱えながら撤退を始めた。
「何とかなったか」
彼らが完全に撤退を終えた段階で私は安堵の息を吐く事ができた。
「やったなお嬢ちゃん!」
歓声と共にホムラ達が私に駆け寄って来た。
「楽勝よ。それより貴方達も案外やるじゃない」
正直、あの場面でテラがまだやりあう姿勢を見せていたら私もどうなっていたか分からなかった。
雑魚は一掃できたかもしれないけれど、真っ先に排除しなくてはならない化物が一体残る事になったのだ。
あんなのが死に物狂いで暴れられたら堪ったものではない。
テラとかいう男。
私の大技を途中で打ち破った。
魔力の流れは見えなかった。
どうやってあんな事をしたのか分からない。
根性とか?
とにかく相手が想像以上の化物である事は間違いがない。
そうなったら私はどうやって闘う?
ホムラ達は頼りにならない。
私の魔法も通じない。
どうやって勝てと言うのだ。
相手にしたくないな。
次からは出来るだけ戦闘にならないようにしよう。
しかしテラが去り際に言っていた事を思い出す。
今日のところは退こう?
という事は明日も来るんだよね。
「冗談じゃない」
明日以降は連中も対策を打ってくるだろう。
どうやって戦う?
それとも逃げる?
でも私の意地が…。
そんな事を言っている場合ではないか。
そんな私の心配を余所にホムラ達は上機嫌で談笑していた。
そしてそのままの流れで晩には宴会が催されると、盗賊達は勝利の美酒に酔いしれていた。
「いい加減にしなさいよ。夜襲でも受けたらどうするのよ」
「大丈夫、大丈夫」
私の心配にホムラは大丈夫じゃない返答をした。
仕方がないので、その日は夜が明けるまでシロとクロに見張りをお願いした。
「ユウ…何やってんのよ。もう」
私の不満とも不安とも取れそうな弱気な独り言は誰に聞かれる事もなく、夜の闇に消えていった。
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