第24話 ハッピーエンドの裏側なんて聞きたくないじゃん

 村に帰ってくると村の面々は目を丸くして俺達を迎えた。

「これ以上、生贄は必要ないってさ」

 カスミさんを一歩前に進ませ、俺は山での一件を語った。

 集団の中から出てきたカスミさんの旦那が目に涙を浮かべている。

 カスミさんもようやく生きた心地がしたのか同じように目を潤ませていた。

 そして二人は抱き合った。

 キスまでは流石にしなかったけど。

「幸せそうじゃないの」

 思わず目を逸らしたくなるくらいに照れくさい光景だ。

「そういや、ナイトウォーカーさんはどうした」

「ああ、それね…」

 幸せ。

 ハッピーエンド。

 そんな空気が流れている所でこの話題をするのは気が引けるが、話題に出てしまった以上、無視する訳にもいかない。

 あえて伏せていた部分を語る。

 役目を果たせなかった生贄の末路。

 生贄は必要が無いと言うドラゴンの話。

 そして一人山に残ったマホちゃんの事。

 話すと案の定、村人の空気は微妙なものになった。

「そんな訳でさ、マホちゃんが盗賊を説得して村まで連れてくるって言ってるんだ。そこで話がある。元生贄の現盗賊をあんた達は受け入れられるか?」

 誰も返事はしなかった。

 そりゃそうだろう。

 カスミさんみたいに結婚しても運悪く生贄となってしまった人だっていたはずだ。

 残された人がどんな生活を送っていたかは知らない。

 喪に服した人がいたかもしれない。

 その先で再婚してそこそこ幸せになった人もいたはずだ。

 それなのに今になって生贄は実は生きていましたなんて話を聞かされたらどうなんだ。

 攫われて生贄になる以上に酷い目に遭っているかもしれない。

 盗賊になって今も生きているかもしれない。

 今、彼らは俺の話を聞いてもやもやしているはずだ。

 そこで盗賊を村に帰したらどうなる。

 盗賊だって、村人だって気持ちに折り合いがつかなくなるんじゃないか。

 この件はきっと何も知らない方が幸せな話だ。

「俺はさ、あんた達の気持ちは分からない。だからあんた達の事はしっかり言葉にしてほしい。必要ならマホちゃんを説得しに行くから」

 気の重い説得になる気しかしないが、こればかりは仕方ないだろう。

 村人は互いに顔を見合わせ、そしてやっぱり微妙な顔をしていた。

「…明日まで。明日まで考えさせてほしい。そこで答えを出させてほしい」

 そしてややあって恐らく村長的な役割を担っているであろうおじいちゃんが言い出した。

「ふうん?」

 明日までにまとまるんかね。

「あ、そうそう。報酬の件はよろしく頼む。それじゃあ宿に戻るから」

 あまりここに留まりたくない。

 早々に宿に戻るのが吉だろう。

「…ん?」

 足早に去ろうとした足が止まった。

 風景から浮いているものを発見した。

 洋風な鎧をまとった馬が何頭も留められていた。

「何あれ?」

「ああ。あれは騎士団のものです」

「騎士団?」

「はい。グランシオからはるばる山の魔獣やら盗賊やらを退治しに来て下さったようで」

「意味なくね?」

 あのドラゴンは生贄を必要としていない。

 それに盗賊はこの村の関係者だ。

「そうですね」

「あれは当然、お帰り頂くんだよな?」

「え、そ、そうですね…」

 歯切れ悪いな。

 嫌な予感がするぞ。

 どう転んでも面倒臭くなる気しかしない。

 ああいう輩は大抵、威圧的だ。

 自分は選ばれた人間なんだからお前達のような下賤の者共は大人しく我々の言う事に従ってもらおう。

 そんな事を言い出すに決まっている。

 漫画ではお約束だ。

 そしてその予感は的中しそうだった。

 恐らく騎士団の一員だろう。

 豪華な甲冑を身に纏った連中やらローブをまとった身軽な連中が姿を現した。

 リーダーと思われる一際目立つ装いの人間が嫌味そうな笑みを俺とカクさんに向けて浮かべやがった。

 あの野郎。

 腹立つな。

 そんな気障ったれた髪型しやがって。

 前髪がぴょろぴょろしてウザったいんだよ。

 こんな和風な村でお前等みたいな洋風の服装をする連中がどれだけ浮いているか教えてやろうか。

 日本だと痛い子だぞ。

 間違いなくいじめられるぞ。

 分かってんのか?

「おやおや、山の魔獣に恐れをなして旅人がのこのこと帰って来たぞ」

 嘲笑が沸き上がった。

 ほら見ろ。

 ぶっ殺してやる。

 剣の柄に手を掛けた所でカクさんに止められた。

「カクさん」

 放せよ。

 そんなに諭すような目をして首を横に振らなくても良いじゃないのさ。

「そこの見るからに野蛮そうな大男の方が弁えているところを見ると、そこのダサい鎧の男の程度は高が知れるな」

「よしぶっ殺す! カクさんそこをどけ! そこの頭が空っぽな馬鹿は死ななきゃ治らなさそうだ!」

「…おいそこの平民」

「平民? はぁ? 誰に向かって言ってるんですかねぇ? 誰に言ってるのかなぁ? おいおい、平民なんてたくさんいるぞぉ?」

「どうやら死にたいらしい。よろしい。ならば決闘と行こうじゃないか」

「何でも決闘で白黒つけたがる方がよっぽど野蛮な感じがするなぁ?」

 おいおい。

 安い挑発に乗るんじゃないよ。

 こめかみに青筋が立ってるぜ。

「お前! どれだけ私を愚弄する気か!」

 そう言って前髪ぴょろ男が剣を抜いた。

「あれぇ、良いのかなぁ? 俺ってばシンに呼ばれて異世界から召喚されたんだけどなぁ? そんな人間を簡単に処刑して良いのかなぁ? それにそんな簡単に処刑なんて発想が出るなんて、おたくら本当に騎士? 騎士を騙った盗賊か何かじゃないの?」

 しかしこの挑発は上手く行かなかったらしい。

 前髪ぴょろ男が急に面白そうに笑い出したのだ。

「シンに召喚された? 何を言っている。そんなおとぎ話、信じるとでも思っているのか。おい、お前達聞いたか?」

 爆笑が起きた。

 は?

 シンに召喚された異世界人ってメジャーじゃないの?

 ハナさん、珍しいって、凄いって言ってたじゃん。

「そうかそうか。お前、少し可哀想な子なのか。分かった。この場はこれで退いてやろう。感謝せよ」

「は? 何言ってんの? 感謝なんてする訳ないじゃん。当たり前だっつーの」

 あっかんべー。

「ぐぬぬぬぬぬふふふふふははははははは!」

 あ。

 壊れた。

「ぴえええええぇぁあああああ!」

 発狂にも似た叫び声を上げながら前髪ぴょろ男が襲い掛かって来た。

「なあカクさん! もう良いだろ! こうなったら正当防衛だ!」

 このいけ好かない野郎は一度この手でぶちのめさなくちゃ気が済まない。

 俺はカクの制止を振り払い、壊れた前髪ぴょろ男に倣って飛び出した。

「あばばばばばびゃーっ!」

「死ねやこら!」

 そう互いに思いの丈を叫びながら剣を振りかぶり、そして振り下ろす。

 しかしお互いの剣がぶつかる事はなかった。

「そこまでだ」

「…」

 前髪ぴょろ男をカクさんが止め。

 そして俺は誰かに止められた。

 誰?

 男は俺がこれ以上攻め込まないと分かると、俺から一歩距離を取った。

「部下がとんだ無礼を」

 そう言って男は頭を下げた。

 男はカクさんよりも頭一つ小さいものの、ガタイはかなり良かった。

 眉間の皺。

 甲冑を着ていても分かる筋肉。

 燃えるような視線。

 あれだ。

 ファンタジーの世界に出てくるチートじみた何とか軍の将軍。

 そんな感じの風体だ。

「あんたは?」

「聖都グランシオ特別騎士団第三隊長テラ。あの者はフェムト」

 テラと名乗った男が前髪ぴょろ男を指して言った。

 テラにフェムトね。

 お似合いの名前じゃないか。

「失礼だが名を聞いても良いか?」

「ん? ああ。ユウだ。それであのデカいのがカク」

「ユウにカクか。覚えておこう」

「覚えなくても良いよ」

 厄介そうな奴に目を付けられたな。

 こういう奴は大抵、後で戦う事になるんだ。

「それより、山のドラゴンを退治するとか」

「遠征の帰りに毎年生贄を捧げる村があると聞いたのでな」

「別に退治はしなくても良いよ。そっちの件は片が付いた」

「というと?」

「直接交渉してさ、もう生贄を取らないようにお願いしたのさ」

「ふむ…しかし山に魔獣はいるのだな?」

 こいつ。

 退治する気しかないじゃないか。

 面倒臭いな。

「あのドラゴン、山の魔物を支配下に置いてるみたいだったぜ。下手に殺すとこの村に被害が出るんじゃない?」

「…盗賊の件もまだ片付いていないのだろう?」

 そっちももう良いんだけどな。

 下手に盗賊が元ツギノ村民だって言った日には盗賊をこの村に住まわせようとか言い出しそうだな。

 それじゃ意味ないんだよ。

 盗賊とツギノの人間とで折り合いを付けないと意味がない。

 どうしたもんかな。

「どうした?」

「いや…別に。ちなみに聞くけど盗賊をどうするつもり?」

「捕え、聖都にて刑に処す」

「どんな?」

 死刑とか止めろよ。

「それは聖王猊下の判断される事。しかし、おそらく労働処分となり、辺境の開拓に就くだろう」

 それなら良いか。

 いや、ダメだよ。

 マホちゃんはどうなるんだよ。

 ん?

 そうか。

 あの盗賊団には今、マホちゃんがいるのか。

 マホちゃん、どうしてんのかな。

 あの盗賊もドラゴンの所まで生贄を運ばせない事が重要みたいだから、そんなに危険は連中ではないだろう。

 盗賊が襲い掛かってもマホちゃんに逆襲されるのがオチだしな。

 マホちゃんの目的も考えると盗賊入りしていてもおかしくなさそうだし。

 最悪、マホちゃんが盗賊を乗っ取っているかも。

 どちらにせよ、騎士団の連中が下手にあの盗賊に手を出したらマホちゃんの手によって返り討ちに遭うだろうな。

 あんなガチガチに選民思想で凝り固まった奴等だ。

 盗賊ごときに負けたとなれば、騎士団の名折れだ。

 できるまで盗賊と戦いそうだな。

 ここで騎士団と盗賊で戦争が始まる訳か。

 …。

 良い事を思い付いたぞ。

「どの道、盗賊と一戦交えようって腹か」

「連中が説得に応じなければそうなるな」

 自分達が負けるとは夢にも思っていなそうな言い方だ。

 尚の事、都合が良いぜ。

「そうか。盗賊に負けない事を祈ってるぜ。俺達はもうしばらくここにいる。何かあったら俺達を尋ねてくれ。たった一戦だが、盗賊とは戦っている」

「そうか。だが安心してくれ。我らに敗北の二文字は無い」

 あっそ。

 まあ、沢山困ってくれや。

 俺達は騎士団が山に向かうのを見送ってから数日前に泊まった宿に向かった。

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