第23話 さらばマホちゃん!また会う日まで
「いやいやいや…」
口から現実を否定する言葉が出てきた。
カスミさんの情報通り、相手はドラゴンだ。
しかし規模がおかしい。
何これ。
某ハンティングゲームに出てきそうな飛竜そのものだ。
ディスプレイの中でもその大きさは想像出来たが、実際に実物を目の当たりにするとその想像が間違っていたと思わざるを得ない。
自分を餌としか認識しないような相手が目の前にいた。
色は白。
眠るように地面に伏しながら、大きな瞳だけはぎょろりと開き、こちらを見据えている。
いつ首が伸びてきて噛み殺されてもおかしくない。
そう悟ると興奮よりも恐怖が勝った。
足がすくむ。
しかし後ろから蹴りを入れられ、意図せず一歩踏み出す。
「何ビビってんのよ。やるしかないのよ」
マホちゃんだ。
こういう思い切りの良さは頼もしい。
後ろを見るとカクさんが無言で俺を見ている。
マホちゃんはそのまま前に進み、懐から杖を出すと、それをドラゴンに突き出した。
「やい魔獣! 大人しく私に倒されろ!」
うわあ。
頼もしいを通り越して滑稽だ。
体格差を考えろよ。
つーか煽り文句。
子供のケンカか。
ドラゴンはおかしいものでも見るように鼻で笑った。
たったそれだけの仕草なのに妙に迫力がある。
― 威勢の良い子供だ。今年の生贄か? だとしたら近年稀に見ぬ御馳走だ
さっきの魔獣の時と同様、頭に響く声がした。
「ちょっと待ちなさいよ。生贄はあっち」
マホちゃんは後ろのカスミさんを指差した。
あ、そこは素直なんだ。
― 何だ。またか…それによく見るとお前…そうか。はあ…
「またかとは何よ! 溜息を吐くんじゃない! 頭きた! ぶっ殺す!」
マホちゃん。
好戦的過ぎだから。
口悪いから。
「マホちゃん。ちょっと」
「何よ! 倒されたいの!」
敵味方の見境もないのか。
てっきりすぐに襲い掛かって来るものと思っていたが、その気配は無い。
少しは話が通じる可能性がある。
そう思うと、少しは気が楽になった。
「なあ、ちょっと良いか」
― ほう。これはまた面白いのがいるな
面白い?
とにかく話を進めよう。
「またかって言っていたけど、どういう意味だ?」
さっきはマホちゃんをして御馳走とも言っていた。
― 言葉通りの意味だ。毎年生贄を捧げに来るが、もう随分と質の低いものしか捧げに来ない
「質が低い?」
マホちゃんとカスミさんを見比べる。
「いや、カスミさんの方が肉付きも良いし、美味そうだろ」
「勇者…あんた後で覚えてなさいよ」
― 儂は肉はそんなに食わん
「じゃあどうして生贄を必要とするんだ」
― 簡単な話だ。魔力を蓄えるのに生贄を食らうのだ
「概念生物だとでも言うの…?」
流石マホちゃん。
ファンタジーで意味がよく分からない単語が出てきても話を理解してくれて助かる。
「どういう事?」
「魔力は生命力だって話、したわよね?」
したっけ?
まあ頷いておこう。
きっとそういう事なんだろうから。
「概念生物って言うのは生命力が直に魔力なの。だから私達が食事を通して生命力を補うように概念生物は生物から魔力を食べるのよ」
「でもおかしくね? 生物の魔力って言うのは元を正せば生命力なんじゃないの?」
「そう。だから概念生物なのよ」
「は?」
分かるように言ってくんない?
「詳しい事は分かってないの。とにかく概念を食べるから概念生物」
― こうして面白いものが見られたのだ。せっかくだから教えてやろう。儂は存在を食べる
「存在?」
― そう。例えばお前。肉を食べるだろう。儂も食べる時がある。生きている相手限定だがな。その時、お前は肉と言う実体を食べる。儂は肉と言う存在を食べる
「は?」
あれか?
理解させる気はないのか?
― お前は肉を食らい、消化し、そして栄養を摂る。儂は肉という存在を食らい、そこにある全てを魔力に変換する
「あ…そういう事だったの。そういう事だったんだ!」
勝手に分かって興奮しないでもらえる?
「どういう事だよ」
さっぱり分からん。
「どんなものであれ、そこにあり続けるには何かしらの力を使い続けている。これは分かる?」
「へー、そうなんだ」
「そうなのよ。私達はそこから自分の栄養になるものだけを取り入れるけど、概念生物って言うのはそこに存在しているもの、いいえ、存在していたもの全てを魔力に変換して体内に取り込んでいるのよ」
「それが今回の生贄とどう関わるんだ?」
― たとえばそこの子供は魔法を使うが、お前達が生贄だと言って連れてきた人間は魔法を使わない。そして生命力に大差は無い。ではこの両者にある差は何だ?
「魔法を使うか使わないか?」
― その通り。存在を食らうとはその者がこれまでに経験してきた事、そしてこの先どれだけの事を成し遂げるのか、それら全てを養分として取り込むという事
「これまでに魔法を使った事がある人間を食べた方がためになると」
― 左様。そういった記憶を有するものの方が上等なのは明白
「ふーん」
やべえ。
何一つ分からん。
「あれか。要するに頻繁に魔力を生み出す人間の方が美味いって訳か」
― 平たく言うとそうなるな
「よし分かった。じゃあこうしよう。これ以上ツギノの人間を生贄として食らうのは止めてくれ」
― これまでもそうしてきてるだろうに
「は?」
思わずカスミさんを見るが、カスミさんも何を言っているのか分からないという顔をしている。
― 初めは良かった。あの村は潜在的に魔法を使う事ができる可能性がある者が多く、またこの世界を見渡しても希少価値が高かった。だからここに根付く事を決め、土地を守る代わりに贄を求めたと言うのに。もうずっと菓子にもならんような物しか寄越さなくなった。しかも何だ。人間が食べる物を代わりにと言って捧げに来る始末。そのような物、儂が食らうと思っているのか?
「それは随分と大変だな」
半ば愚痴だな。
― 食っても食わなくても良いのなら質の悪いものなど食わんわ。だからそのまま村に帰しているのだが、それでも懲りずに毎年のようにしょうもない物を寄越す。どうなっておるのだ?
「そんなはずはありません! だって生贄となった人は帰って来ていません!」
「おいおいどうなってんの。あれか? 道中の魔獣に食われたとか?」
― そんなはずはない。この山にいる魔物は須らく儂の支配下にある。普通の人間は襲わない
「でも俺達には襲い掛かって来たけど?」
― お前達は普通ではない
「あっそ」
何か複雑。
「でも毎年護衛の人間を雇っていたとか言ってなかったっけ?」
確認するとカスミさんは無言で頷いた。
「って事は毎年のように襲われていたって事じゃないの? いや、でもあの盗賊に襲われるなんてあるのか?」
― それではない。その護衛とやらが犯人だ
「は? ちょっと詳しく」
どうやら目の前のドラゴンは何か事情を知っているようだ
― 奴らは近隣の人間を攫い、そして家畜以下の扱いをさせる者だ。創造神の使いとして見過ごすわけにはいかん
人攫い?
何か聞き覚えあるな。
「そいつらの名前ってスローンとゴンベエって言うんじゃない?」
「御存知なのですか?」
知ってるも何もこの前倒したばっかだよ。
仕方がないので、俺はカスミさんにハジマーリで行われていた事の一部始終を教えた。
「何て事…」
そりゃあ愕然とするよね
「あれかな。じゃあこれまで帰ってこなかった連中ってのはスローンの手に掛かったって事かな」
「そんな! 今! 今、これまでの生贄として捧げられた者達はどうなったのですか!」
「さあ?」
あらかたどこかに売りに出されたんだろうが、詳しくは知らない。
「そんな…そんな事って、あんまり…」
あまりの事にカスミさんが泣き崩れた。
このまま勝手に話を進めると色々な方向から批判を受けそうだ。
カスミさんが落ち着くまで別な話をしよう。
「なあ。そこのドラゴンよ」
ドラゴンに向かって言う。
― 何だ
「今、創造神の使いって言ったな?」
― それがどうした
「シンの野郎の味方って事で良いのか?」
― 味方も何も我々は皆、彼によって産み出された
「じゃあ聞くけど、シンってどこにいんの?」
― 教えられんな
「堅い事言うなよ」
― 教えられんな
「あれか? 知りたくば力で示せってやつ?」
― 今はその時ではない。何があってもその事を口に出す事はできん
何だよ。
面倒だな。
またここに戻ってくるフラグか。
仕方ない。
当面の目的地はグランシオのままか。
「じゃあ何なら教えてくれるんだよ」
― この世界の仕組み。原理。そしてお前達がここにいる理由なら
俺達がこの世界にいる理由は知っている。
各々がいた世界をどうにかするためにこの世界に呼ばれたんだ。
世界の仕組みやら原理やらは知ってもどうにもならんよな。
「何だよ。つまんないな」
― あとお前の事も教えてやる事ができる
「え、俺?」
― 左様。お前がどのような人間なのか教えてやる事ができる。それからこれからお前が歩む道も
「へえ」
それは興味深いな。
「教えてくれよ。俺はどんな人間なんだ?」
― 少なくてもお前はお前が思っているよりも特別な存在だ。誰よりも尊く、誰よりも価値がある。その表面に塗った下賤の泥の奥に眠る気高さこそお前が果たすべき役割とも言える。この旅の果てに待つ新たな旅で多くの人に出会うだろう。そしてそれ以上に多くの別れに出会う。そしてお前は…
「はいストップ。悪いけど、抽象的な話はパスだ。もっと役に立つ話を期待したんだけどな…。言っとくけど、俺は自分の死に様なんか興味はない。俺は自由気ままに生きて老衰で死ぬ。俺の計画ではこうなってんの。それ以外の未来に興味はない」
― 流石だ。流石は…
「だから止めろって。それよりも何か無いの? こういう時って旅の勇者に装備とか力とか授けるとか、そういうイベントじゃないの?」
― 今はまだその時ではない
本当に面倒くさいな。
もっとこう、サクッと進めさせてくれないものかね。
振り返ってカスミさんの様子を伺う。
マホちゃんがカスミさんを宥めていた事も相まって、存外早く落ち着きを取り戻したようだ。
「悪いなマホちゃん」
「まったくよ。もう少し何かあるんじゃないの」
「自分、不器用ですから」
「はいはい」
「カスミさんも悪かったね」
「いえ、こちらこそすいません。取り乱してしまって」
「行けそう?」
「はい。もう大丈夫です」
カスミさんは立ち上がり、気丈そうな顔を向けた。
それだけでもう少し休んだ方が良いんじゃないのって思う。
「じゃあ行くか」
ただ、本人が大丈夫だと言っているんだ。
そこは尊重しよう。
「あ、最後に。山の麓にいる盗賊は何者なんだ? あれは魔獣と違ってあんたの支配下にある連中じゃないよな」
人を平気で食べるって触れ込みの魔獣が山の頂上にいるのに麓で魔獣ときっちり線引きをして暮らすなんて普通じゃない。
― あの人間はかつて生贄と呼ばれた人間達の子供達だ
「はあ?」
何それ。
「いや。だって今スローンに攫われるって」
― 奴らが現れる前、そして奴らの魔の手を逃れた人間があのような姿に身をやつす
生贄に選ばれたは良いものの、いざ魔獣を前にして帰って良いと言われて素直に村に帰る事も出来なかった連中が盗賊となった訳か。
村を破壊すると脅されて生贄になってんのに、いざ魔獣の所まで行ってその魔獣に村に帰って良いと言われて素直に帰るなんて出来るわけないよな。
色々と難儀な事だ。
そうなるとあの盗賊がどうしてろくに物を盗まず山の麓を根城にしているのかも分かって来るな。
まあ、どうでも良いんだけど。
それはこの先ツギノの人間がどうにかする問題だ。
俺達はただ旅を進めるだけ。
この問題に口を挟む余地はないだろう。
「話は分かった。とりあえず村に戻ろう」
「ちょっと」
「え?」
もう帰って寝たいんだけど。
「あんた本当に勇者? そこは俺が何とかするって展開にならないの?」
「じゃあマホちゃんがやれば良い。俺は勇者だけど、そこまでの義侠心は無いし、ツギノの人に感じる義理も無い」
そもそもツギノに寄った途端、村人に囲まれておかしな事に巻き込まれただけだ。
これ以上、何かをしても得られるものは何もないだろう。
それにこのドラゴン。
俺達に何かをさせようとしている気がする。
話の流れにそんな意思を感じる。
シンの側に属する奴みたいだし、大方、シンの意思というか意向なのだろう。
そんなシンの思惑に乗るみたいな流れは御免こうむりたい。
― 随分と人でなしな事を言う
それは煽っているのか?
その手には乗らないぜ
「はっ。何とでも言え。それに生贄と称して人間を無理矢理食べようって言う輩が何を言う。俺はやるべき仕事は果たした」
「残るわ」
マホちゃんが言った。
「は?」
「残るって言ったの。盗賊に会いに行く」
「ちょっと待とうよマホちゃん」
「そうよ。勇者の言う通り。私がやれば良いだけの話だ」
「いや、これはシンの…」
「正当な理由もなく殺されに行かなくてはいけないのに、運よく生きる事が出来て、それでも故郷に帰る事が出来ない人がいるなんてあり得ない。そんなのただの迫害よ。そんな事、私は許さない。だから盗賊に話を付ける。そして盗賊を連れて村に帰る」
「…本気?」
「当たり前でしょ。あんたには失望したわ」
生贄になった人たちがこぞって帰ってくる事をツギノの人間はどう思うのか。
それをマホちゃんは考えているのだろうか。
いや。
こうなったら何を言っても無駄だろう。
こっちはこっちで何か対策しておかないと余計に面倒な事になりそうだな。
「カクさん、行こう。カスミさんも」
「え、でも」
カスミさんは俺とマホちゃんを交互に見ながら戸惑っている。
「カスミさん。良いのよ。これは私が望んだ事。だから良いの」
「マホちゃん。マホちゃんがやろうとしている事は正しい事だ。でもそれが正しい行動とは限らない。ましてや俺達はシンの所まで行かなくちゃいけない。何でも背負い込むと面倒じゃないか」
「そんな事、知った事ではないわ。私は私が正しいと思った道を歩くの」
強情だな。
「…あっそ」
言うだけの事は言った。
これ以上はマホちゃん次第だ。
村に帰ったら色々と根回ししないとな。
俺達はそこで別れる事にした。
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