第22話 勇者は呪文を唱えた

 その翌日。

 見事に寝不足だった。

 寝不足ってか、寝てないよ。

 しかもカクさんの背中には穏やかな寝息を立てているマホちゃんがいる。

 必然的に疲労困憊の身体を無理矢理動かして登山をしなければならなかった。

 誰だよカクさんにおぶってもらえば良いとか言った奴。

「…おかしいだろこれ」

 その上、魔獣の手下と思われる魔獣がひっきりなしに襲い掛かってくるのだ。

 昨日の盗賊の比ではない。

 休む暇がない。

 背中の荷物のせいでカクさんの動きが心なしか鈍くなっているせいで俺の負担が相対的に増えている。

 不公平だ。

「それじゃ、終わったら起こしてね」

 戦うカクさんの背中の居心地が悪いらしく、マホちゃんは背中から飛び降りるとそんな一言を発した。

 魔獣を斬って伏せながらマホちゃんの行動を目で追うと、彼女は申し訳なさそうに戦闘を見守っているカスミさんのいる木陰まで移動すると二度寝を始めた。

 この状況でよく幸せそうな寝息を立てられるものだ。

 つーか、戦えよ。

 昨日のマホちゃんとカクさんの気持ちがよく分かった。

 俺よ。

 普段からしっかり働きなさい。

「ねえカクさん、俺の分まで戦ってくんない?」

「昨日の特訓の成果を見せてくれ」

 カスミさんまで声が届かないのが分かっているのか、カクさんが無慈悲な一言を投げ捨て、突撃して行った。

 マホちゃんがいなくなった分、繰り出される攻撃の速度が上がった。

 どんどんと突撃していくカクさんの魔の手を逃れた魔獣と目が合った。

 くそう。

 やるしかないのか。

「こんなので体力持つ気がしないぞ…」

 魔獣には俺の愚痴が届かないらしく、魔獣が襲い掛かって来た。

 どうしよう。

 こんなコンディションじゃ剣を振るうより魔法で攻撃した方が安全な気がする。

 癪だが、昨日の特訓の成果を見せなくてはならないようだ。

 相手は鳥っぽいのと気持ち悪い奴の二体。

 鳥の方が速い。

 まずは鳥からだ。

 焼き鳥にしてくれよう。

「その身を抉る槍を絡め取れ」

 行使する魔法をイメージし、呪文を唱える。

 マホちゃんから教わった基礎の基礎。

「あれ?」

 いまいちコツがつかめないな。

 周囲にいくつもある木々の枝が伸び、鳥っぽい魔獣を絡め取る。

 そんなイメージで唱えた呪文はしかしイメージ以上の魔法として発動していた。

 沢山の枝が魔獣に伸びた結果、身動きが取れないどころか魔獣を圧殺する勢いで枝が絡みついて行く。

 やがて重みで枝が折れ、枝が気味悪く絡み合った球が出来上がった。

 鳥が出てくる様子はない。

「…まあ倒せたなら良いか」

 イメージすれば魔法は使える。

 それはシンに知識として与えられた。

 そして呪文は骨格。

 これは昨日マホちゃんから教わった。

 呪文で骨格を作って、名前を付ける事で肉付けをして、初めて魔法が発動するという。

 逆に明確にイメージ出来ないような魔法を使うと十分に機能せず、最悪、暴走するとも教わった。

 もっと具体的にイメージしないとダメだ。

 じゃあ次、行ってみよう。

 相手は…うん。

 何だあれ。

 よく見なくても気持ち悪い。

 足があるべき部分に頭があって、頭があるべき部分に足が生えている。

 頭が四つ。

 足が三つ。

 非常に気持ちの悪い偽キングギドラがそこにいた。

 動く度にあぁ、あぁと足の位置にある顔が呻き声を上げながらこちらに近づいてくる。

 動きは決して速くないが、それがかえって気持ち悪さを助長している。

 この先二度と出会いたくない魔獣だ。

「うわ…キモ…」

 どうしよう。

 逃げるのもありか。

 いやダメだ。

 ここで逃げたらマホちゃんとカクさんからどんな目に遭わされるか分かったものじゃない。

 吐き気を堪えて倒すしかない。

「あぁ、あぁ、あぁ、あぁ」

 じわじわとこちらに近づいてくる。

「ひぎゃあっ! 止めろ! こっち来んな!」

 ほとんど本能的に剣を振るうが、キモい魔獣は急に俊敏になり俺の攻撃を軽々と躱した。

 その様子も気持ち悪い事この上ない。

 そして再びこちらに呻き声を上げながら近づいてくる。

 間合いに入った頃合いを見計らって、確実に殺す勢いで剣を振るってみるが、キモい魔獣はまた急に素早くなって俺の攻撃を躱した。

「物理は効きにくいタイプなのか…?」

 となると魔法で何とかするしかない。

「リバウンド!」

 体重増加の魔法を掛ける。

 キモい魔獣はあからさまに動きが鈍くなる。

 これなら行けるかだろ。

 そう判断し、今度はこちらから攻める。

 しかし攻撃を繰り出す途端に動きが速くなって躱される。

 なぜか魔法が勝手に解除されてしまった。

「…腹立つな」

 あれか。

 ゲームなんかで見かける魔法攻撃じゃないと倒せないタイプの敵か。

 しかし今の俺には攻撃魔法なんて持ってないぞ。

 今、この場で編み出すしかないのか。

 想像しろ。

 攻撃魔法だ。

 火。

 雷。

 水。

 風。

 後は何だ。

「…ダメだ。おふざけ五文字シリーズじゃ攻撃魔法なんて繰り出せない」

 残るは昨日教わった呪文詠唱シリーズか。

 でもうまく出来ないぞ。

 さっきは拘束するための魔法のつもりが圧殺魔法になってしまった。

無暗に攻撃魔法を出そうとして暴発からの自爆なんて嫌だしな。

「くそ。あんなんじゃカクさんでも捕まえられないだろうし、マホちゃんにお願いすると俺のヒエラルキーが最底辺になっちまう」

―粘土を捏ねよ。親となれ。

「ん?」

 どうやってキモい魔獣を倒そうかと考えていると、そんな声がどこからともなく聞こえてきた。

―粘土を捏ねよ。親となれ。

 なんか頭に直接響いてくるぞ。

 粘土?

 親?

 まあいい。

 どうせ寝不足からくる幻聴だ。

 しかし、このタイミングでこんな事が起きるってのも考えものだ。

 あのキモい魔獣を倒すのに必要だと考えてみるか。

 考えろ。

 粘土を捏ねたら倒せるのか。

 でも親になるってどういう事だ。

「あぁ、あぁ、あぁ」

「くそったれ」

 気が付くと近くまで寄って来ていた魔獣に剣を振るって一度散らす。

 粘土を捏ねて親になるのか。

 もしかして実際に粘土を捏ねないといけないのか。

 それが魔法に何の関係がある。

「邪魔だな!」

 もう一度剣を振るってキモい魔獣と距離を稼ぐ。

 粘度。

 捏ねる。

 こねこね。

 そう言えば幼稚園でよく粘土で何かを作らされたよな。

 …。

 もしかしてあれか。

 粘度を捏ねるって何か形を作れって事か。

 魔法で形を作るのは呪文だ。

 じゃあ親になれって何だ?

 親になる。

 子供を産む。

 きっと子供ってのは魔法の事だ。

 子供を育てる?

「あ、そうか!」

 名前を付けるんだ。

 マホちゃんも言ってたじゃん。

 呪文を唱えて骨格づくり。

 名前を付けて具体性を与える。

 何で気付かなかったかな。

 寝不足だからか。

 よく考えればリバウンドも名前か。

 呪文の方を省略してたのか。

 違うな。

 こっちは魔法の名前が同時に呪文にもなってたんだ。

 リバウンドって響きだけでどんな状況か分かるもんな。

 思えば、さっきは魔法に名前を付けなかった。

 だから失敗したんだ。

 じゃあさっきと同じ魔法で行こう。

「その身を抉る槍を絡め取れ…えっと…一番! 巻髭!」

 先程と同じくそこら辺にそびえ立っている木の枝が伸びてキモい魔獣に絡みつく。

 しかし今度は相手を圧殺する勢いで魔獣に絡みつくのではなく、想像した通り、相手を拘束する程度の量だけが良い感じに巻き付いてくれている。

「よっしゃ! それじゃあこれでお終いだ!」

 剣を振り上げ、魔獣目掛けて振るう。

 しかし魔獣は拘束を解き、すぐに剣を躱した。

 しまった。

 忘れていた。

 最後まで魔法を使わないと。

「要領はつかめたし、後はどうにでもなるか」

 どうやって調理してやろう。

 そう言えばマホちゃんはよく火炎系の魔法を使ってるな。

 扱いやすいのかな。

 やってみるか。

「リバウンド!」

 魔獣の動きが鈍る。

「リバウンド!」

 更に動きが鈍り、やがて魔獣は身動きできなくなった。

「よーし」

 準備はできた。

「朱に交わりその身を焦がせ。二番! 発炎!」

 瞬間。

 魔獣から火が立ち上り、文字通り火達磨になった。

「あぁ、あぁ、あぁ、あぁ…さらば…」

「え?」

 炎は立ちどころに消え、あのキモい魔獣も姿を消していた。

 あいつ、喋ったよな。

 …。

 まあ無事に倒した事だし、良しとしよう。

 周りを見るとカクさんが既に他の敵を全て片付けていた。

「そっちも終わったか」

「カクさん。仕事速すぎ」

「もう少し魔法の勉強をした方が良いんじゃないか」

 何だよ。

 見てたんなら手伝ってくれても良いんじゃないの。

「コツは掴んだからまた今度な」

「じゃあ今晩から俺と近接戦の訓練だな」

「そんな事より山頂を目指そう!」

 これ以上何か始めたら過労死する自信がある。

 マジで勘弁してくれ。

 終始寝息を立てていたマホちゃんを起こし、俺達は再び山頂を目指す。

 道中、やはり何度も戦闘をした。

 覚え始めの魔法を駆使しながら相手をなぎ倒し、次へ進む。

「あそこを超えれば山頂です」

 太陽が天頂に辿り着こうという頃。

 ようやく山頂付近までやって来た。

「やっと着いたのか…疲れた」

「何へばってんのよ。ここからが本番でしょ」

 徹夜した上で戦闘しながら登山した俺をもう少し褒めてほしい。

「分かってるよ。次はマホちゃんも参加してよね。流石に限界だから」

「当然よ。美味しい所…じゃなかった。山頂の魔獣は私が倒す」

 山頂が近づくにつれ、緊張してくる。

 それは他の三人も同じようで、皆、神妙な面持ちになっていた。

 口数が減り、沈黙が流れる。

 あるのは歩く音だけ。

 自分でも鼓動が高鳴っているのが分かる。

 魔獣がどんな奴なのか。

 もしかしたら死ぬかもしれない。

 興奮と恐怖。

 その気持ちが心臓を破裂しそうなくらいに動かしている。

 一歩ずつ足を動かしていく内に山頂に着いた。

 山道と異なり、開けた場所だ。

 いつか登った地元の山を彷彿とさせる。

 そんな場所に目的の相手がいた。

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