第21話 しごき反対!
マホちゃんが落ち着くのを待ってから登山を再開する。
「盗賊はあのままで良いの?」
「その内意識を取り戻すさ。放っておいても死にはしないだろ」
一応、盗賊の心配をしておく。
「それよりカスミさんよ。魔獣っていうのはどんななの?」
「どんなとは?」
「こう、何かあるだろ? 四つの頭が足で、足が頭の怪物みたいな」
「そ、それは想像したくない怪物ですね」
「ゲゴギゴス!」
突拍子もなくマホちゃんが叫んだ。
「え? 何て?」
「ゲゴギゴス!」
「え?」
急にどうしたんだ。
「だから! ゲゴギゴス!」
「え? ゲゴ…?」
「え?」
「え?」
どうも会話に齟齬があるようだ。
「四つ頭で移動する足が頭のお化け。ゲゴギゴス」
なるほど。
察しました。
「そんな名前の怪物がいるんだね」
「そうよ。常し…もしかして勇者の世界にはいないの?」
「いないよそんな化物」
「そうなんだ。残念」
「どんな奴なの? そのゲゴ何とか」
「ゲゴギゴス。魔法使いにとっては縁起の良い生き物よ。出会ったら新たな魔法を発見できるって言われてるわ」
出会っただけで新魔法習得とか。
とんでもない奴がいたものだな。
「それで山の魔獣はゲゴギゴスなの?」
「いえ、違います。ただ、人の言葉を操ります。あと魔法も…とても恐ろしいです」
村で聞いた通りの事しか分からないな。
「どんな風体?」
「翼のある大きなトカゲみたいな感じです」
「ドラゴンじゃん」
「ドラゴン?」
もしかしてこっちの世界にはドラゴンって概念はないのか。
「カスミさんが言ったような化物はドラゴンって言うんですよ」
それにしてもドラゴンか。
戦闘になったとして、三人で倒せるのか?
「ユウさんって物知りなんですね」
「それほどでもあるけどね」
そんな会話をしながら山道を登る。
その一文を見るだけではハイキングのような楽しそうな様子を想像してしまうが実際のところはてんで違った。
足場は悪いし、雨は降らないまでも、雲行きが怪しくなってきている。
それに生贄を捧げに行くのだ。
肉体的、そして精神的な疲労が増していき、空気はどんどん悪くなる。
お通夜ムードまっしぐら。
事情が事情だと分かっているのか、マホちゃんもおんぶや休憩をせがんだりしない。
ただ無言で歩く。
ひたすら歩く。
歩く。
…。
「無理無理無理。もう無理っ。休憩! 休憩しよう」
そんな空気、俺には耐えられないし、もう歩きたくもない。
それに目の前に小休止を挟むには丁度良い空間がある。
ここで休まずしていつ休むと言うのか。
必死に駄々を捏ね、休憩を入れる事にした。
都合よくあった切り株に腰を掛ける。
「ふぃー。生き返るぜ」
「ちょっと。女性に譲るのが礼儀じゃないの?」
マホちゃんが突っかかって来た。
膝をさすっている所を見ると、相当疲れていたようだ。
「そういう考え方はいけないな。男女平等さ」
言いながら俺は場所を譲る。
各々が思い思いの姿勢で休息を取る。
自然と静寂が流れた。
その静寂も今の空気では遠慮したいものだった。
「ちょっと良いですか?」
俺の気持ちを知って知らずか、カスミさんが声を上げた。
「ん?」
「それよりも御三方はどういった関係なんですか? 身なりも全然違うし、どうも時々話がかみ合っていないように思うのですが」
「あー。それ聞いちゃう?」
「あ、何かいけない事でしたか?」
「いや、全然」
「ちょっと。カスミさん困ってるから」
「あはは」
笑うカスミさんの声はどこか乾いている。
「いやさ、俺達、ついこの間知り合ったばっかなの」
「えっ、そうなんですか。それにしては息が合ってるように見えますが…」
「「どこが?」」
またマホちゃんとハモった。
「そう言うとことか」
カスミさんが愉快そうに言った。
マホちゃんと目を合わせる。
それからカスミさんにつられてお互い笑った。
「そう言うとこも」
「まあともかくさ。知り合ったのはついこの間。ただ旅の目的地が一緒だからね。それで自然と一緒に」
「そこの大きな方もですか?」
「そう。カクさんって言うんだけどね。まあ事情があって人前では話さないから、そこら辺はスルーしてよ」
「どこを目指して旅をしているんですか?」
「ちょっとシンって神様の所まで」
「凄い! それって選択者の試練じゃないですか! うわぁ、おとぎ話だと思ってた」
え、信じるの?
選択者の試練?
「何それ。初めて聞いたんですけど」
ハナさんもそんな事は一言も言ってなかったのに。
「おとぎ話です。世界を生み出した神様がいつかやって来る危機から世界を救うために救世主に試練を与えるってお話なんですよ」
うわあ。
シンが俺をこっちの世界に連れてきた時に言った言葉のまんまじゃん。
「ちょっとそれ詳し…何だよカクさん」
話の途中でカクさんが肩を叩き、立ち上がった。
そして未だ休憩を続ける俺に向かってカクさんがジト目を向けてきた。
何だよその目は。
カクさんはそのまま押し倒すように俺の肩を押してきた。
思わず尻餅を付く。
「ちょっと。ちょっとちょっと」
文句の一つでも言ってやろうとしたその瞬間。
俺が腰かけていた場所が爆発した。
「うおあっ!」
何?
俺の屁は地面を抉る勢いなの?
いやいや。
屁とかしてないから。
「え?」
カスミさん。
そんなあからさまにどうして良いか分からない顔をしないで。
「いや、違うからね?」
「随分と大きなおならね」
立ち上がり、服に着いた草やらを払いつつマホちゃんが言った。
「だから屁じゃないから!」
「分かってるわよ。これも好き勝手に倒しちゃって良いんでしょ?」
え?
何の事?
何が何だか分からない俺を余所にカクさんとマホちゃんは臨戦態勢を取ったなと思っていたらマホちゃんが早くも呪文を唱え始めていた。
「吹きて障害を阻め」
呪文を手早く唱え終えると、下手したら体ごと持っていかれそうな突風が吹いた。
そしてぼとぼとと目の前で何かが落ちる。
漫画で見た事のあるやつだ。
クナイ。
忍者?
なんで?
それでようやく状況を把握する。
「ちょっと勇者。少しは働きなさいよ」
「いや、敵が見えないのに戦えないでしょ」
「あそこよ」
マホちゃんは言いながらある方向を指差して短い呪文を唱えると、太い木の枝が折れ、そして人間が落ちきた。
「はい、やっちゃって」
やっちゃってって。
もう伸びてるし。
そんなやり取りの間にもカクさんが木々を軽々と飛び移りながら敵を倒していく。
倒された敵をよく見ると、先ほど戦った盗賊と同じ服装をしていた。
「仲間かよ」
あれで終わりじゃなかったのか。
しつこい連中だ。
あっという間に現れた敵を排除し終えると、カクさんが地面に降り立った。
「何だよ」
カクさんは不服そうな顔をしていた。
楽しないで戦闘に参加しろと言いたげな顔である。
「言っておくけど、俺はカクさんみたいな動きは出来ないからね。って言うか少し前までただの村人Aみたいな戦闘力しかなかったんだから、急に戦闘のプロみたいな事を要求しないでよ」
「情けない」
「情けなくない。これから成長するの」
「だってさ。ちょっと今日から一緒に勇者をしごきましょうよ」
「物騒な事を…ってカクさん、名案だみたいな顔して頷かないでよ」
「決定よ。一日おきに魔法と戦闘を叩き込むから。今晩は私からね」
ちょっと。
勝手に決めないでよ。
楽できないじゃん。
「それにしてもこいつらもしつこいな。カスミさんさ、こいつらいっつもこうなの?」
「そうですね。ただ私達も必死ですので、毎年命懸けで山の上まで登ってます」
生贄を運ぶのに随分と必死なんだな。
明日の命を得るためだから必死にもなるのか。
「何が狙いなんだ…?」
「そんな事を考えてる暇があったら登るわよ。早くしないとまた奴ら追って来るわよ」
「山の中腹に小屋があります。今晩はそこで夜を越しましょう」
「ええっ! ふかふかの布団で寝たいのに…」
「大丈夫だよ。寝つき良さは俺達の中では一番だ」
「あ、そうだ。寝なきゃ良いのよ。朝まで勇者に魔法の特訓をすれば良いんだ」
「物騒な事は言わないでもらえるかな?」
それから何回か盗賊の襲撃を受けながら俺達は登山を敢行した。
幸いな事に盗賊の一人一人の戦闘力はそこまでではないため、戦闘には苦労しなかったが、想像以上に疲れた。
「ふぃー。やっと着いた。疲れたー」
小屋が見えてくると、少し気が抜ける。
「勇者は何もしてないでしょ。盗賊をやっつけたのは私とカク」
「俺だってカスミさんを落ちてくる木の枝から守ってるからね」
「はぁ? あんた馬鹿なの? いや、馬鹿なのか…。まあ良いわ。確かに疲れたし小屋の中で休みましょう」
小屋の中は想像通りの造りをしていた。
よくある登山口の山小屋である。
殺風景ではあるが、建物の中と言うだけで何とも言えない安心感を覚える。
「ここまでくれば安心ですね」
「とりあえずカスミさんは休んでよ。夜襲の警戒は俺達でしておくから」
「あ、大丈夫ですよ。盗賊はここまではやってこないんです」
「いや、あからさまに襲って下さいみたいな建物があるのにそれはないでしょ」
「ここは山の丁度半分くらいなんですが、この先は魔獣の支配下になります。なのでっていうのはちょっとおかしいかもしれませんが、盗賊と魔獣がお互いに警戒して緩衝地帯になってるんですよ」
「へえ…」
そんな都合の良い話があるのか。
「じゃあ寝るか」
「ちょっと」
「え?」
「それでも見張りは立てるべきじゃないの」
「布団が無いと眠れないマホちゃんが見張れば良いと思うよ」
「ひとでなし」
「なんとでも言うが良い。俺は寝たい」
「清々しいくらいにクズね」
「じゃあ、おやすみ」
早く眠って明日に備えないとな。
そそくさと横になる。
硬い地面で眠る事にも慣れてきたせいか、どこでも眠れる自信がついてきた。
「だから寝るなって。魔法の特訓よ」
「ええ。でも明日大変…」
「そんなものカクに背負ってもらえば良いじゃない。ねえカク?」
マホちゃんの問いかけにカクさんが頷いた。
「そういう訳だから勇者と私は夜通し、見張りも兼ねた魔法の特訓ね」
「マジかよ。ちょっとカクさん」
しかしカクさんは俺を無視して横になった。
「勇者。あんた働かなさすぎなのよ。そりゃあカクも怒るわ」
「マジかよ」
「それじゃあカク、カスミさん。お休みなさい。勇者、表出なさい。魔法のまの字から教えてあげる」
それから夜通し、しごきとも形容できる特訓が繰り広げられた。
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