第20話 真面目に戦うつもりなんてこれっぽっちもないからな
木陰から数人の明らかに穏やかではない一団が現れた。
即フラグ回収と来たか。
随分とせっかちだな。
まあ、でもあれか。
最後の最後に実は俺達が黒幕なんだぜって感じで来られるよりはマシか。
「出来れば聞きたくないんだけど…えっと、どちらさん?」
「盗賊です」
カスミさんが言った。
「この時期に私達が行く事を知っているのか、こうやって山の前で待ち伏せをしてるんです。でも奪うのは作物だけで人の命までは奪わないの」
それは見掛けによらず優しい盗賊さんだ。
「それでその心優しき盗賊さんよ。俺達に何の用?」
「見ねえ顔だな」
「お互い様だ」
「あれか? 用心棒か?」
「好き思ってくれや。それよりここを黙って通してくんない? どの道、あんたらは何も出来ないんだ。悪い話じゃないと思うんだけど」
「いけ好かない野郎だ」
「それもお互い様だ。で、どうすんの。黙って通すの? それとも返り討ちに遭う?」
「本当、腹の立つ野郎だ。ただな、俺達もここで引き下がるわけにはいかないのよ」
盗賊は言いながら構えて、どうあっても穏やかに事を運ばせたくなさそうだった。
「強奪するくらいならここら辺の土地の物を食べれば事足りそうだけど」
「物を奪う事が俺達の仕事じゃない」
じゃあ何が目的なんだよ。
「仕方ない」
話が通じないんじゃ肉体言語で訴えていくスタイルで行くしかない。
「そうだ。マホちゃん」
「何よ」
「こいつら相手なら何をしても良いよ。無抵抗の人間を襲っても何をしても可」
「物騒な事言わないでよ。私、そんな下品じゃない」
「昨日の事を思い出そう」
「んぐっ…あんた、覚えてなさいよ」
「おうよ。無抵抗の村人に魔法をぶっ放すマホちゃんの姿。一生忘れないから」
「ぐぬぬぬ…」
よーし。
加減が分かってきたぞ。
こんな感じに弄ってあげれば痛い思いをしなくて済むのか。
「あんたら。ふざけてんのか」
「生まれてこの方、真面目になった事なんか一度もないね」
真面目に不真面目がモットーだっつーの。
「じゃあ死んで後悔しろや! 野郎ども、行くぞ!」
その掛け声と共に盗賊の一団が襲い掛かって来た。
「カクさんとマホちゃんで戦闘。俺はカスミさんを守る」
見た目は強そうな盗賊だ。
ただハジマーリの連中ほどではないだろう。
あんなのがそこかしこにいられちゃ困る。
戦闘は二人に任せておけば大丈夫だろう。
楽ができるな。
完璧だ。
「カク。行くわよ」
その合図とともにこちらも攻め込む。
まずカクさんが徒手空拳で武器を持つ一団に突っ込んだ。
大柄な体に似合わず俊敏に動き、盗賊の一人の懐に潜り込む。
武器を振るうには近すぎる距離まで接近された盗賊は為す術も無くカクさんの一撃を受けてその場に沈んだ。
その一瞬の動きで敵の動きが鈍った。
明らかに動揺している。
その隙を逃さずマホちゃんが猫を召喚し、呪文の詠唱を始めていた。
「誰にも与さぬ兵よ。一時だけ、力を貸しておくれ」
呪文を唱えると、近くにあった木の枝がしなりながら盗賊の身体に巻き付いた。
盗賊を絡め取った枝が大きく旋回し、盗賊を投げ飛ばす。
その盗賊は宙を飛び、味方に衝突した。
「やっぱ楽勝だよな」
これならもうすぐ戦闘も終わるだろう。
「そう思うか?」
油断していた訳ではなかったが、意識の死角を縫った攻撃に反応が遅れた。
「っ!」
盗賊の刃を間一髪、避ける事が出来たのは他ならぬ偶然だ。
「盗賊のくせに意外とやるじゃん。スローンと戦っても良い所まで行くんじゃない?」
下手したら死んでたぞと文句を言いたくなったが、向こうは殺す気で来ているのを忘れていた。
「俺達も生きるために必死だからな」
盗賊は何度か攻撃を仕掛けてくるが、剣を振るって捌いていく。
何度か物理攻撃の応酬の後、盗賊が距離を取った。
「まったく。一撃で仕留められなかったのは痛かったな。それじゃあここからは本気で行かせてもらうぜ」
盗賊はそう宣言すると真っ直ぐと俺に向かってきた。
盗賊目掛けて剣を振るう。
「大振りだ。そんなんじゃ当たらない」
盗賊は余裕の表情でその一振りを躱し、距離を詰めてきた。
この距離では盗賊の短刀の方が有利か。
短刀の切先が真っ直ぐに向かってくる。
さながら一本の槍のようだ。
速い。
だけど遅い。
この程度ならスローンの足元にも及ばない。
「ノミカイゴ!」
盗賊の身体が大きくぶれた。
盗賊はよろめき、腹ががら空きになる。
もちろん、殺す気はない。
盗賊の防具に剣の柄を強めに当てるだけだ。
「ぐふっ」
「悪いけど。俺は裏ルートとか裏口入学とかそういうのが好きなんだ。だから魔法だってガンガン使う」
「おろろろろろ」
盗賊が嘔吐した。
吐瀉物が俺の身体に降りかかる。
「うげぇっ!」
近すぎたため、避ける事は出来なかったが、盗賊はその場に倒れて気を失ってくれた。
敵は倒したが、代償が大き過ぎた。
臭い。
汚い。
最悪。
向こうの方の戦闘も終わったのか、茫然と立ち尽くす俺の元へマホちゃん駆け寄って来た。
「勇者も終わったの? それじゃあ早速山に…うわっ、臭っ! 何これ! 勇者臭い!」
「だよな。めっちゃ臭いよな…ああ、死にたい…」
「げっ! ゲロまみれ! あ、ちょっと、近づくな! 擦り付けるな!」
くそう。
せめてマホちゃんに擦り付けて仲間を増やしてやる。
一緒に状態異常、ゲロまみれになろうぜ。
「待てよ。一緒にまみれようぜ」
「嫌だ! 絶対嫌だ! いやだってばあっ! うわぁーん! びえー! まほうでなおすからぁ! こっちこないでよぉ…」
言うや否やマホちゃんが呪文を唱えるとゲロ臭さや吐瀉物がどこかに消えていった。
「こんなんも治せるのか」
何だよ。
魔法って便利だな。
泣きべそをかきながら呪文を唱えたマホちゃんによって俺の身体から吐瀉物は綺麗に取り除かれた。
気分爽快。
「よし。それじゃあ魔獣に会いに行こう」
「さいあくだ。きもちわるい…」
「何だよマホちゃん。泣くなよ。たかがゲロあでっ」
まあ、あれだ。
ごめんね?
でも鳩尾に拳を入れようとしないでね。
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