第19話 生贄が生娘だと誰が言った?
翌朝。
「本当に大丈夫なんでしょうか」
俺達が略奪者でない事を知った村人の態度は昨日と打って変わって穏やかなものだった。
「大丈夫大丈夫。失敗したら皆死ぬだけだからこれ以下なんてないさ」
「とんでもない事をあっさり言うな」
「大事な事ほど気楽に構えるべきだ。それに変に期待しないでほしいんだよね。俺達は所詮、流れの人間なんだし。まあそういう訳だしさ。あんまり期待しないでくれや」
「はぁ…」
「それで今年の生贄は?」
「はい」
そう言って村人の一人が前に出た。
「へえ。これはこれは…痛っ。ちょっとマホちゃん。俺、何もしてないでしょ」
「鼻の下が伸びてた」
「それを言うならカクさんだって…あれ? ちょっとカクさん。急に真面目な顔しないでよ。俺一人バカみたいじゃん」
要するに生贄の人は美人だったのである。
「その年に二〇になった村一番の美人を生贄に捧げるのがこの村の掟なんです」
そう言ったのは昨日俺達を宿まで案内してくれた村人だった。
生贄の人と手を繋いでいる。
「そして今年は俺の嫁が…」
「大丈夫。俺は人妻だろうとしっかり仕事はこなすから」
「馬鹿みたいっていうか、ただの馬鹿よね」
すぐ後ろからそんな声が聞こえた。
振り返るとカクさんが同意を示すように首を縦に振っていた。
「そこの二人。聞こえてるからね」
「本当に大丈夫なんですか?」
俺達のやり取りを聞いて村人が言った。
あんまり信用していない目である。
「だからさっきも言ったでしょ。変な期待はしないで」
「それじゃあ意味がないんだ!」
「お、おう…」
「大切な人なんだ…無事じゃなかったらただじゃおかないからな」
呆気に取られたが、考えてみれば確かにそうだ。
大切な人が自分達を守るために命を捨てに行くのに、そこによく分からない連中が現れて村を救うと言い出した。
どう見てもふざけているようにしか見えないその連中は信用できないが、腕は立ちそうで、任せても良いかと希望を持って生贄を送り出した結果、やっぱりダメでしたじゃやり切れない。
淡い希望を抱いた次の瞬間には絶望とか最悪のパターンだ。
「任せておけ。魔獣なんかさくっと退治してやるからさ」
それでもこんな調子にしか返事が出来ない自分に半ば呆れ、そして半ば感心する。
そう。
大切な事ほど簡単に言ってのけるべきなんだ。
ほんの少しの食料を貰い、魔獣と話をつけるべく村を出る。
「…それでそれで?」
「えっとね、それで彼ったら私の手を握って『お前がいなきゃ俺は幸せになれないじゃないか!』って。もう、笑っちゃって。ああ、彼には私しかいないんだなって。それで結婚しちゃった」
「きゃー!」
これから魔獣の元に生贄を届けようと言うのに何とも気楽な話題だ。
「女三人いなくても姦しいってどういう事だよ…」
こういう話題を聞くと、どうにもうんざりしてしまう。
それはカクさんも同じようで、少しむすっとしていた。
「なあ、楽しい?」
「当たり前じゃない。ロマンチックだとは思わない?」
「どうにも理解出来ないね。それより奥さん、名前を教えてもらっても良い?」
「カスミです」
「カスミさんね。なあ、こんな話して、辛くないのかよ」
こんな話するべきじゃないと分かっていても、どうしても聞いておきたかった。
純粋にこれから食べられに行くのに旦那との馴れ初めを嬉しそうに、誇らしそうに語る気持ちを知りたかった。
「勇者。それくらい察しなさいよ」
「マホちゃん、良いの。辛くないって言ったら嘘になります。でもどうしようもないんです。それに私が生贄になれば彼が助かると言うのなら、私はどうなっても平気」
「ふうん」
俺だったら逃げ出したくなるけど。
「それに皆さんが私を守ってくれるんでしょう? だったら大丈夫。私、怖くなんかない」
「カスミさん…。よーし! 頑張って魔獣を丸焼きにするわよ!」
「美味いと良いね」
「そういう事を言うんじゃない! 私が食いしん坊みたいじゃないの!」
「違うの?」
「違う! 私は成長期なの。沢山食べないと成長できないの」
「いやあ、その様子だとまともな成長は見込めな痛い痛い痛い! つねんないで!」
「ふふふ」
おっと。
「なあマホちゃん」
「皆まで言わなくても分かるわ。私も思ったもの」
「だよな」
こういうしょうもないやり取りに付き合って笑ってくれる人がいるのは新鮮だ。
馬鹿のし甲斐もある。
無口なカクさんでは得られなかったものだ。
こう、一瞬だけぱっと花が咲いたような空気。
悪くない。
「いっその事、カクさんに女装させて魔獣に食べてもられば良いんじゃない?」
「たまには良い事言うじゃない」
「だろ? …ああ」
でもダメだ。
「でもダメね。大きさが合わない」
こんなバカみたいにデカくていかつい野郎が女装とかすぐにばれる。
「やっぱり?」
「いっその事、カスミさんを攫って一緒に旅に…」
「それだ! という訳で魔獣の事は忘れて一緒に神に会いに行きませんか?」
「えっと、それはどこまで本気なの?」
「「全力で本気」」
おいおい。
マホちゃんとハモっちまったぜ。
カスミさんは困惑気味だったが、それでも言わざるを得なかった。
ここでカスミさんを諦めてさっきみたいな反応が失われるのは嫌だ。
カスミさんは助けを求めるようにカクさんを見上げるが、カクさんはどこか面白くなさそうにむすっとしながら肩を竦めるだけだった。
「やだなー冗談だよ。カクさん、機嫌直せって」
「え? 冗談だったの?」
そんなしょうもないやり取りをしながら歩くと、小一時間ほどで山の麓に着いた。
「これの頂上?」
それほど高くはない山であったが、それでもここから頂上まで登山するのだと思うと早くも休憩したくなってくる。
「そうです。このまま山を無事に登ることが出来れば晴れて私は生贄の役を果たせます」
「色々と不穏な単語が飛んで来たね。無事に登る事が出来ればって」
まだ面倒事でもあんのかよ。
何事も無く終われるイベントって無いものかね。
「そこの一行。ちょいと待ちな」
聞きなれない声がすると、嫌な予感が見事に的中した事が分かる。
もう少し楽にイベントをこなさせてくれないのかね。
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