第18話 怪しい者じゃありません。ただの旅人です

 意外と遠かった。

 なまじ景色が良かったから近いものと思っていたが、全然そんな事はなかった。

 道は遠回りさせるように曲がっていたし、道自体も悪かった。

 舗装され、道路看板が目的地までの距離を教えてくれるあの世界が懐かしい。

「着いたー。疲れたー」

 マホちゃんが感慨深そうに言うものだから共感を覚える一方で文句の一つでも言いたくなった。

「本当だよ。人の飯は食うし、半分以上おんぶで過ごした奴が痛っ」

 だから人の脛を蹴るなって。

 でもまあ、マホちゃんの言う事も一理ある。

 やっと着いた。

 そして疲れた。

「とりあえず飯だな」

 飯屋を探そうと村の中へ入ると早速村人を見かけた。

「第一村人発見」

 ちょっとと声を掛けようとすると村人の方もこちらに気が付いた。

 手を挙げて挨拶をすると向こうも手を挙げ返してくれた。

 しかし様子がおかしい。

 手を挙げたは良いが、村人はあっちを向いている。

 どうしたのだと思っていると、村人がどんどん現れた。

「そんな大仰に歓迎してくれるの?」

 どんだけ旅人が珍しいんだよ。

「良い所じゃない」

 俺とマホちゃんが良い場所だとツギノを褒めちぎっている間にも村人はどんどん増えていく。

 そしてあっという間に囲まれた。

 人数は二十程度。

 数人が縄を持っている。

「こういう歓迎なのかな?」

 どうも別な意味で歓迎してくれるらしい。

 じりじりと村人の輪が狭まる。

「この世界ってこういうのが流行りなの?」

 ハジマーリでもこんなシチュエーションに出くわした気がする。

「悪く思わないでくれ」

 目を血走らせた村人が早口で言う。

「ああ。こっちも悪く思わないでくれ。そっちがその気なら、こっちだって思いっきり抵抗させてもらうぜ。変身」

 俺が変身し、マホちゃんが猫を召喚し、カクさんが構えを取ると、俺達と村人の間に妙な均衡が生まれた。

 俺が変身と言って展開させた装備はこの世界を創り出したシンとかいう神に与えられた力だ。

 展開される装備は剣に胸当て、額当て、マントに靴など。

 ダサい装備だが、神が誂えただけあって性能はチートもいい加減にしろという物ばかりでこんな村人に後れを取る事など無い。

 その内、この力の名前を考えないとな。

 相手が襲い掛かってこない間にそんな事を考えている内に向こうが仕掛けてきた。

 拙い動きで一人が襲い掛かってくるが、これは剣の柄で迎え撃った。

 村人はすぐにその場で蹲る。

 完全に素人の動きだった。

 ハジマーリとは異なり、ここの村人は訓練を受けている訳ではなさそうだ。

 動きがぎこちなく、統率が取れていない。

 この程度なら神の装備でパワーアップしている俺一人でも何とでもなる。

 それから戦闘をしばらく続けて分かった事があった。

「マホちゃん待ってぇ!」

 どうにかしなくてはいけないのは倒すべき敵ではなく頼りになる味方の方だった。

 カクさんの動きは手馴れていて、襲ってくる村人を適当にあしらっているだけだ。

 加減を知っている動きだ。

 しかし、マホちゃんは違った。

 襲ってくる村人は排除する。

 そして襲い掛かってこない村人には自分から襲い掛かる。

 ただの戦闘狂がそこにいた。

「え? 何で?」

 マホちゃんはどうして自分が止められたのか分からないという顔をした。

 きょとんとするんじゃない。

「いや、考えろよ。俺達は別にここの人と争う事が目的じゃない」

「敵を殲滅する。そして焼け残った村から必要な物を拝借すれば良いじゃない」

 うわあ。

 略奪しろってか。

 マジかよ。

 ドン引きだよ。

 カクさんもドン引きしたようで、村人をあしらいながらマホちゃんを凝視している。

 俺達を捕まえようと頑張っていた村人もぴたりと動きを止め、そして恐怖に顔を引き攣らせてマホちゃんを見た。

 要するにその場にいた全員がドン引きしていた。

「え? 何? 私、何かおかしい事でも言ってる? だって少数を寄ってたかって袋にするような連中でしょ? 返り討ちに遭って地獄を見たって自業自得じゃない」

 そうだけどさ。

 確かにそうだけどさ。

 そうじゃないんじゃないの?

「…」

 いや、待てよ。

 逆に利用させてもらおう。

「お前らよく聞け!」

 マホちゃんの発言一つでここまで場が凍りつくなら、場を収めるにはこれが手っ取り早いだろう。

「こちらにおわす御方をどなたと心得る! こちらにおわすは隣村ハジマーリを壊滅させた野宿するくらいなら徹夜で行軍したい…もといナイトウォーカーことマホちゃん様にあらせられるぞ!」

 そう声高々に叫ぶと村人の顔が青ざめていく。

 この分なら上手くいきそうだ。

 村人達は波が引いて行くように俺達から離れるとその場で平伏した。

 平伏した村人がそのままの姿勢で何やら話をしているのが聞こえる。

 ハジマーリ壊滅って本当かよ。

 でも行商人もそんな事言ってなかったっけ? 

 じゃあ本当だったんだ。

 ハジマーリのスローンと言えば百戦錬磨の猛者だろ。

 ゴンベエも手練れの魔法使いだって聞くぜ。

 そいつらを血祭りに上げたって言うのかよ。

 やっぱり旅人を狙って生贄にするっていうのは無理があったんだ。

 そんなひそひそ声はそこかしこから聞こえてくる。

 やっぱりハジマーリって特殊だったんだな。

「静まれ!」

 俺のその一声で静まり返る。

 よしよし。

 良い感じだぞ。

 ちょっと優越感。

「勇者。ハジマーリを壊滅させたとか人聞きの悪い事を言うな!」

 マホちゃんが抗議の声を挙げて俺の横腹を殴ると村人の方から悲鳴にも似た声が聞こえる。

「え? ちょっとそんなに怯えないでよ」

 今度は村人の方を向いて言う。

 ちょっと待って、とでも言うかのように手を村人の方に向けるだけで村人は平伏したまま後退するという器用な動きを見せた。

「す、すすすすす、すいませんでしたーっ! 命だけは! どうか命だけはっ!」

 村人が半泣きで必死に許しを請う。

「何これ…」

 マホちゃんはマホちゃんでこの状況に愕然としているようだった。

「そんなに自分の命が惜しいか」

 しかし、こちらにとっては好都合。

 このまま話を進めてしまおう。

「は、はい…」

 村人の一人が顔を上げて答えた。

「じゃあ今から俺が言うものをマホちゃん様に献上しろ」

「マホちゃん様っておかしいでしょ」

 マホちゃんのツッコミを無視し、俺は水と食料、そして数日の宿を要求した。

 地図を見る限り、次の街まで数日で行ける。

 その分の水と食料なら調達するのには困らないはずだ。

 しかし村人の顔が無表情のまま固まっていた。

 その表情は知っている。

 どうしようもなくなって、それでも必死に何か答えを探している時の顔だ。

「どうした? 三日分の水と食料、そして宿だ。難しい要求ではないだろう?」

「はい」

「それとも献上できないとでも?」

「滅相もございません! ただ…」

「ただ?」

「その、今すぐには、ちょっと、その、ええ。えへへ」

 歯切れが悪い上に誤魔化そうと必死に愛想笑いを浮かべている。

 さっきの村人達の会話がなまじ聞こえてしまったから何となく事情は察している。

 うんざりする。

 またこういうパターンか。

 次の村に行く度に何かしらのイベントが発生する仕様なのか?

 全部あの野郎の差し金だとしたらこのままスルーも良いかもしれない。

「言え」

 ただそれはいけない。

 後々何をされるか分かったものではない。

 流れに乗るしかないだろう。

「はい。実は…」

 案の定、何かしらの事情を抱えていた村人はどこか安堵した顔で語り始めた。

 話す時だけ妙に顔が輝いているのは温情を掛けてくれると思っているからか?

 そんなお人好しではないんだけどね。

 村人の話を要約すると次のようになった。

 随分と前から村の近くにそびえる山に魔獣が住み着いている。

 その魔獣は強く、賢く、そして人語を操るそうだ。

 魔獣はその昔、村から毎年一人の生贄と作物を要求した。

 要求に応えなければ自分達の身が危ないと感じたツギノの村人は毎年生贄と作物を魔獣に捧げてきた。

 そしてこの時期が丁度生贄と作物を捧げるタイミングなのだと言う。

「要するに俺達に献上する分の食料が無いって訳だ。ふーん」

「こ、これ以上は…その…」

 俺達が自分達の事情などまるで気にしないタイプの人間らしいという事が分かって村人の顔に焦りが現れる。

「自分達が生きていけない?」

 村人は明言せず、ただ頷くばかりだ。

 まあ当然だよな。

 自分達が生きられないのなら生贄も作物も用意する意味がない。

「じゃあその魔獣を何とかすれば食料はそれを流用出来る訳だ」

「は?」

「俺達が魔獣討伐を行う。討伐に成功したらさっき要求した物品を無償で提供しろ。それから魔獣討伐が終わるまで宿を用意してくれ。魔獣討伐が成功したらこれもまけてくれ。失敗したら言い値の額を支払う」

「え?」

 何を言い出すんだこいつ。

 そんな顔だな。

 俺も可能ならスルーしたいんだけどさ。

 無理そうだから首を突っ込ませてもらうよ。

「返事はどうした。はいかイエスで答えろ」

「は、はいっ。すぐにご用意いたします! お、おい行くぞ!」

 その合図を皮切りに平伏していた村人が三々五々に散って行った。

 よっしゃ。

 タダで飯と宿ゲット。

「ちょっと。簡単に魔獣討伐とか受けて良いの? さっさとシンの所まで行くんでしょ」

 村人がはけたタイミングでマホちゃんが言った。

「どの道、ここで補給が必要だよ」

 誰かがウォーウルフを食い散らかすから。

「でも…」

「急ぎの旅じゃない。少しくらい寄り道したって良いだろ。それともナイトウォーカーの名を轟かせたいの?」

「う、うるさいな…」

 先程の村人の異様な怯え方を思い出したのか、マホちゃんはばつが悪そうにした。

 こういう表情も良いな。

 それに殴られない。

 最高じゃん。

 思い出した頃にまたいじってあげよう。

「それにしても荒んでんな」

 ツギノを見渡して気が付いた。

 村にある家々はどれもボロく、いつ壊れても不思議でない。

 俺達を恐々と見ている村人の衣服も同様にボロい。

 そして目が死んでいた。

 ハジマーリとは似ても似つかない。

 生贄にならならず、魔獣に殺されない事が生きる目的になっているようだ。

 正直、あまり長居したい場所では無い。

 しかし、だからと言ってこのままイベントを無視する訳にもいかない。

 さっさと仕事を終わらせて次の街まで行きたいものだ。

「お、お待たせしました。宿まで案内します」

 村人に着いて歩く。

 歩く途中で出会う村人は俺達を見て、皆一様に怯えていた。

「ちょっとマホちゃん。皆怯えているよ?」

 出来るだけニヤニヤしないように気を付けながら言う。

「私が何をしたって言うのよ…」

「そりゃあ略奪者として当然の振る舞いを」

「略奪者なんかじゃないもん。私は誉あるホリゾン家の人間よ。そんな野蛮な事なんかするはずない」

「誉れ高き人間が村を焼き払ったり無抵抗の村人に襲い掛かるかなぁ?」

「うるさい! ハジマーリについては事故よ。事故なのよ。だってあいつが…ぶつぶつ」

 いつものマホちゃんの反応だ。

 しかし俺達の事を知らない村人が後ろをちらちら見ながら俺達を恐れているのは別な意味で面白い。

「ハジマーリは事故か。じゃあここでの事は?」

「そ、それは…その、あれよ。生きていれば間違いだって犯すわ」

「間違いを犯した結果、無抵抗の人間に魔法をぶちかますのか。なあ、あんたどう思うよ」

「へぁっ!」

 急に話を振られた村人はびくりとしてかた立ち止まり、俺達の方を振り返った。

 めっちゃ怯えてる。

 やべえ。

 笑わないようにするので精一杯だ。

 ドッキリを仕掛ける人間ってこういう気持ちなのか。

 テレビ業界からあんな胸糞悪い番組が消えない訳だ。

 それにしてもこの村人には俺達はどういう風に見えてんのかな。

 凶悪は冒険者に見えてんのかな。

 そんなに凶悪じゃないんだぜ?

「なあ、どう思うよ?」

 ま、略奪者で良いや。

 面白いし。

 見るからに怯えている村人はその内ガチガチと歯を鳴らしてマホちゃんと俺を交互に見た。

「ど、どうって…えっと、ええ、そうですね…えへへ。良いんじゃないですかね?」

「へえ! 良いのか!」

 俺が少し大きめの声で反応すると村人は更に萎縮したように肩を縮みこませた。

 ああ面白い。

 しかし度が過ぎたようで、カクさんが俺の肩をかなり強く叩いてきた。

「あでっ!」

 めっちゃ痛い。

 涙出てきた。

「分かったよ。この辺にしておくよ」

 仕方が無いので村人に素性を明かす。

「え? 略奪者じゃない?」

「そうそう。ただの旅人だから」

「でもさっきは…」

「だってそっちが俺達を囲むから。前にいた村で酷い目に遭ってね」

「でもナイトウォーカーさんは…」

「ああ。それはマホちゃんが凶悪…痛っ。だからそうやってすぐ暴力に出るから怖がられるんじゃないの?」

「うるさいわよ。すぐに人の事を貶めようとして。安心して。大丈夫よ。私、普通の人には普通の対応をするから。悪人と外道には容赦はしないけど」

 じろりとこっちを見るんじゃない。

「は、はあ…」

 そう言う村人はやっぱりドン引きしていたけれど、どこかで安心したようにも見えた。

 それから他愛のない話をしながら少し歩くと、宿に着いた。

 部屋に通される。

 ようやく一息吐く事が出来た。

「あー。疲れたー」

 寝転がって伸びをしながら大きく深呼吸をする。

「何よ情けない」

「重たい荷物を担ぎながら山を越えたからな。そりゃあ疲れも…って待って!」

 マホちゃんが無防備な腹目掛けて足を振り下ろそうとしていた。

 踵落としはダメだろ。

「内臓出ちゃうから! ヤバいから!」

 流石に骨でガードされていない所にマホちゃんの蹴りを受けたら死んじゃう。

「大丈夫よ。私、軽いから」

「そういう問題じゃない! それより今後の事を考えよう。そうだ、それが良い。そうしよう! お願いします!」

「冗談よ冗談…その内冗談じゃなくなるかもしれないけど」

 マホちゃんはそんな恐ろしい事を言いながら俺の腹の上から足を引いた。

 これ以上のしかかられないように起きる。

「それからパンツ見えてたからね」

「それを早く言え!」

 後頭部目掛けてマホちゃんの脚が飛んで来た。

 延髄蹴りだ。

 もう恥ずかしがってるのかパンツ見せたいのか分かんない。

 痛む後頭部をさすりながら俺はマホちゃんとカクさんに向き合う。

「それでどうすんのよ」

 マホちゃんが言った。

 勝手に山の魔獣を退治するとか言ってどうしてくれんのよ。

 そんな心の声が聞こえてきそうな言い方である。

「村人の話を聞く限り、魔獣には知性があるようだからさ、とりあえず話でもしに行こうかなって」

「話をする前に食べられちゃったらどうすんのさ」

「マホちゃんじゃあるまいし目の前に餌が出てきてすぐに食べるなんてごめん殴らないで!」

「それで真面目な話、どうするつもり?」

 もうほとんど顔に当たるかどうかまで突き出された拳を戻してマホちゃんが言った。

「昔ドラマで見たんだ。何年も村人を生贄に要求していた魔物が実は当初の目的を忘れて惰性で生贄を受け取っていたって話」

「ドラマ?」

 ああそうか。

 マホちゃんの世界にドラマなんて概念は無いか。

「だからさ、今回も村から生贄を出してもらうんだ」

 特にドラマの説明はしないで話を続ける。

 こんな事はもう割と頻繁に起こるからお互いに慣れ始めている。

「それじゃ意味ないじゃん」

「そこに俺達が護衛に就く。一緒に山を登って、それで魔獣と話をする」

「だから話が通じないんじゃないの?」

「その時は魔獣にはあの世に行ってもらおう。とりあえずはそれで解決じゃん」

「確かに。どの道、魔獣には会いに行かなくちゃいけないものね。もしかしたら美味しいかもしれないし」

 少しは食べ物から離れようか。

「カクさんはどう? こんな感じで良い?」

 カクさんは無言で頷いた。

「じゃあ決定。決行は明日で」

「そうね。こんな面倒な事、早く終わらせた方が良いに決まってるわ」

 明日以降の動きを確認してから俺達は村人に計画を伝え、明日に備えるべく早めに寝る事にした。

 こんな薄っぺらい布団なんかと言っていたマホちゃんが真っ先に寝息を立て始めたのは言うまでもない。

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