第25話 私はそうしたい

「信じらんない」

 一人でもやるって言ったら本当に山を降りて行っちゃった。

 本当に勇者?

 そもそも本当に一緒に旅をする仲間?

―見事に取り残されたな。

「…うるさいな」

 それにこの概念生物。

 ドラゴンとか言っていた気がしたけど、勇者は概念生物の事は知らなかった。

「あんた。一体、何?」

―見ての通りだが?

「そうじゃなくって」

 何だろう。

 勇者と似た空気を感じる。

―そうむくれるな。儂はシンによって創られたに過ぎん。それ以上でもそれ以下でもないよ。それよりもここに残ったのだ。他にする事があるのではないか? それとも儂に食われる覚悟が決まったか?

 私の聞きたい事を分かっていながらはぐらかす。

 本当にどこかの誰かみたい。

「もういい。それじゃあね」

 これ以上、これと話をしても埒が明かない。

―山の魔獣にはお前さんを襲わないように言い聞かせよう。安心して山を降りると良い。

「あっそ。ありがと」

 そもそもこんな山に住み着くんじゃないわよ。

 登りと違い、降りは平和そのものだった。

 魔獣は茂みの奥底からこっちを見ているだけで何もしてこない。

 おかげですんなりと小屋まで戻って来る事ができた。

「よし。ちょっと休憩」

 小屋に入る。

 今朝出てきた時と同じ様子だった。

 そりゃそうか。

 誰もこんな場所にある小屋なんか使わないか。

 何もない小屋だけど、外で休むよりも何倍も安心できる。

 少しひんやりする床に座り、足を伸ばす。

 自然と息が抜けた。

「勇者の奴、意外と魔法のセンス良いもんな」

 そうなんだ。

 あの勇者もどき、いつの間にか魔法を使いこなしていた。

 初めて会った時はノミカイゴとか訳の分からない魔法を使っていたけれど、今日なんかは私が教えた通りの手順で魔法を使っていた。

 どっちの魔法にしても、私から言わせればやっぱりどこか変。

 でも、あれは確かに立派な魔法。

 センスが良いのかもしれない。

 夜中に少しだけ基礎の基礎を教えただけなのに。

 どうしてあんなに飲み込みが早いんだろう。

 私なんかあのレベルになるまでに何年かかった事か。

 いや。

 正直、私なんてあのレベルにも達していない。

 シロとクロに手伝ってもらってようやく半人前。

 それなのにユウはもう魔法を使いこなし始めている。

 ここでも私は置いて行かれるんだろうか。

 さっきみたく、ユウとカクに置いて行かれるんだろうか。

 視界が霞む。

「いや! ダメだ! 泣くな私! いや、別に泣いてないし!」

 何で自分に突っかかってんだ。

 そうだ。

 休憩してるから弱気になるんだ。

 前を見ろ。

 歩け。

 それしかないだろ。

 立ち上がる。

 お尻を払う。

 戸を開ける。

 人がいた。

「うひゃぁ!」

 素っ頓狂な声が上がった。

 目の前に人間がいる。

「シロ!」

 目の前にいる人間が昨日戦った人間である事に気が付く前にほとんど無意識にシロを召喚して襲わせていた。

 しかし、目の前の人には戦意がなかった。

「待て! 戦う気はない!」

 そう言えば、私はこれから彼らに会いに行くところだった。

 攻撃しちゃダメじゃん。

「待ってシロ! 待って! 待て!」

 しかし時すでに遅く、シロの凶刃は目の前の顔に直線の傷を何本か残していた。

「ああ…ごめん」

「…気にするな。当然だ」

 不機嫌そうに目の前の男が言った。

「それよりカスミはどうした」

 顔の傷に恐る恐る手を触れながら言った。

 よく見ると、外には盗賊の仲間が何人か控えている。

 ヤバい。

 この人数差で喧嘩売っちゃった。

 私の魔法もこの距離でこの人数相手だとほとんど役に立たない。

 どうしよう。

 そうだ。

 とりあえず謝ろう。

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! こんな事するつもりはなかったの! だから許して!」

「それよりカスミはどうした。魔獣に食われたのか。そうなのか?」

 シロに引っ掻かれた男が言った。

 切羽詰まったような声色だ。

「え、ええぇ…?」

 シロに引っ掻かれた事はどうでも良さそうだ。

 鬼気迫る表情の盗賊が怖くなって、正直に山頂での出来事を話した。

「やはり…カスミも食われずに済んだのか。それで村に帰ったのか?」

「ええ。仲間が一緒に山を降りたわ」

「そうか…」

 そこで盗賊達は顔を見合わせた。

 彼らから漂っている雰囲気から強張りが抜けていた。

「どうしたの?」

「いや、それよりお嬢ちゃんはどうしてここに?」

 途端に親しみを持って盗賊が話しかけてきた。

 本題に入るにはちょうど良いかな。

「貴方達を救いたいの」

 私はこの瞬間の彼らの顔を一生忘れないと思う。

 何言ってんだこいつ。

 皆が揃ってそんな顔をしていた。

 私がしようとしていた事の全てを否定された気がした。

 勇者が私を止めようとした理由が何となく分かった。

 こうなる事を予想してたんだな。

「どういう事だ?」

「話は全部聞いたの。生贄として捧げられて魔獣から食べられる事を拒まれて盗賊になったって。でもそんなのおかしい。私は貴方達を村に帰れるようにしたい」

 どこか私の返答を予想していたような雰囲気だったので、私も用意しておいた答えを素直に口にした。

 すると案の定、盗賊達は微妙な顔をした。

「私達は帰る事は出来ない」

 そう答えたのは紅一点。

「どうして? 帰りたいんじゃないの?」

「ええ、そうね。帰りたいわ。でもね、帰ってどうするの?」

 帰って、どうする?

 そんなの元の暮らしをするに決まってるじゃない。

「大人しく村に帰って生贄になる前の生活を送れって言うつもり? でもそんなの無理に決まってるわ。私達は生贄になって何年も経つの。その後、お互いに別々の道を歩んでいるのよ。かつて所帯を持っていた人も生贄になる時に別れてきたの。その後、ツギノで彼らがどんな生活をしているか知ってる? 私達の事なんかさっぱり忘れて別な人と一緒に生活しているのよ。そんな中に私達が入れるはずないじゃない。私達も私達で新たな生活を送っているしね。どうあっても村に戻るなんてあり得ない」

 自分に言い聞かせるように女盗賊が滔々と語った。

「できる」

 だから私も自分に言い聞かせるように盗賊に言った。

 このまま勇者の予想通りの展開なんて嫌。

 私は私が描く理想を現実にする。

「できるよ」

「でも」

「でもでも何でも。だって何も悪い事してないじゃない。村に帰りたがってるじゃない。それなのにしたい事が出来ないなんて、そんなの、世界が悪い」

「無理よ、そんなの」

 だんだん腹が立ってきた。

 自分の事なのに、したい事のはずなのに、どうしてそんなに消極的なの。

「無理じゃない。できる」

 そう。

 無理じゃない。

 できる。

 やれば、できる。

「どうやって?」

「そんなものはこれから考える。だからとりあえず私を盗賊に入れて。方法を考えましょう」

 盗賊は揃って顔を見合わせた。

「それじゃあ決まりね。じゃあ行きましょう」

「行くってどこに?」

「そんなの貴方達が普段生活している所に決まっているじゃない。とりあえず、お腹が減ったわ」

 何が何でも村に帰してやるんだから。

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