ある道の上で
第15話 飯を食う
「今日はこの辺かな。何か問題ある?」
開けていて遠くまで見通せる。
地面もそこそこ柔らかい。
野宿にはうってつけな場所だ。
ハジマーリを出発して、小さな山を越えた所で陽が傾いてきた。
位置的にはハジマーリとツギノという村の中間くらいだろう。
「何がこの辺なの? 次の村までまだ大分あるじゃない」
マホちゃんが何を言っているのか分からないといったような感じで言った。
「今日はここで野宿です」
「えっ! ここで眠るの?」
目を見開き、驚きを隠そうともしないマホちゃん。
魔法の世界からやって来たというのに旅をした事はないのか。
かく言う俺も旅とか野宿とか、そういう経験はない。
現代日本に暮らしていて野宿は普通はしない。
だからこそこういう状況が楽しくもある。
「ツギノまではまだ距離がある」
焚火を起こし、それを囲むように三人が輪になってささやかな食事を取って草を布団に寝る。
面白そうじゃん。
わくわくするじゃん。
それなのにマホちゃんは野宿には否定的な様子だった。
「そんなの嫌よ。頑張って次の村まで行こうよ。ふかふかのお布団じゃなきゃ眠れない」
そこら辺の道で大の字で爆睡した挙句、誘拐されてるくせにほざきよる。
「いや、今から頑張ったら夜が明けるから」
「良いじゃん。こんなとこで堅い地面に眠るくらいなら徹夜で歩き通した方がマシ」
「夜は危ない」
「私の魔法があるから大丈夫」
何を言っても無駄な気がする。
「カクさん…」
カクさんは首を横に振るばかりで何も話さない。
話す事が出来ないカクさんだから仕方がない事ではあるが、それでも何とかしてほしかったりする。
どうしよう。
せっかくウォーウルフの肉を仲良く食べられると思ったのに。
いや待てよ。
「そこまで言うなら良いよ」
「本当? じゃあ、早速…」
「ただしマホちゃん一人で行ってくれ」
「え…」
「俺達はここで夜を明かす。わざわざ危ない目に遭ってまで夜通し歩きたくはないからね」
「そう。じゃあツギノで落ち合いましょう。それじゃあ…」
そそくさとマホちゃんが背を向けて歩き始めた、
「じゃあ俺達はこれから飯にするから。カクさん、ウォーウルフ食べよう」
「ちょっと待って」
ぴたりと動きを止め、素早く振り返るとマホちゃんが言った。
「うん?」
よっしゃ。
ちょろいぜ。
「ちょっと待って」
「うん」
「私もご飯、食べたい」
「そうか。じゃあ歩きながら食べられそうな果物類を少し包むよ」
言いながらハジマーリで調達した食料品を探す。
「だから!」
「うん?」
「だからあれよ…」
「歯切れが悪いじゃない。言いたい事があるなら素直に言って欲しいな」
「…食べたい」
「え?」
「食べたいの」
「果物を?」
「ウォーウルフ! 私もウォーウルフ食べたい」
すっかり暗くなってしまってよく見えないけど、きっとばつが悪そうな顔をしてるんだろうな。
相変わらずからかい甲斐がある子だ。
「でもそれじゃあ歩きながらは難しいよね」
俺達が食べようとしているウォーウルフはマホちゃんが魔法で丸焼きにしたやつだ。
腰を据えて食べないと食べづらいし、何よりウォーウルフに失礼だ。
「でも食べたい」
「今発たないとと朝までに着けないよ」
「でも食べたい」
「ウォーウルフの丸焼きだから食べるのに時間かかるよ」
「…行かない。ここで寝る」
「ふかふかの布団で寝たいんでしょ。俺達は気にしないから、先行きなよ」
「私もウォーウルフを食べたいの! 良いでしょ! 意地悪言わないでよ…」
良い感じにしょんぼりしてる。
相変わらず良い顔してんだろうな。
夜にこういうやり取りをしているのが残念でしょうがない。
よし。
もう十分マホちゃんをからかったし、この辺で切り上げよう。
俺も丸焼けにされたらかなわない。
「しょうがないな。じゃあ一緒に食べようぜ」
「うん!」
素晴らしく元気の良い返事だった。
マホちゃんとの愉快な会話をしている間にどこからか木を持ってきたカクさんが火をおこしていた。
自然と自然と焚火に集まる。
「あれ? マホちゃん目元赤くない?」
もしかしてウォーウルフ食べられない事を想像して泣いちゃったの?
「そ、そんなわけないでしょ!」
狼狽しながら語気を強めて言うところを見ると、想像して泣いちゃったらしい。
「焚火が赤いからかな」
「そうよ。勇者の顔も赤く見えるから、そうに違いないわ」
「はいはい」
そういう事にしておくよ。
「ねえ。そんな事より、早くウォーウルフ食べようよ」
その言葉を受けて、カクさんがウォーウルフを手に取った。
普段から持ち歩いているらしいナイフで器用に肉を捌き、各々の目の前に置いていく。
すっかり冷めてしまっていたが、それでも美味そうな匂いがするあたり、一級品なのだと分かる。
「ちょっといい?」
さあ食べるぞと意気込んで肉をつまむと、おもむろにマホちゃんが言い出した。
「それだと手間よ」
言った次の瞬間、マホちゃんは肉に齧り付いていた。
ちょっとした人間くらいの大きさを誇るウォーウルフの丸焼き。
そこに頭から突っ込んで肉を頬張るマホちゃんの姿はシュールと形容する以外になかった。
「すげー格好で食ってんな…」
もう少し人間らしく食べられないものかね。
食べやすいようにというカクさんの心遣いをまるで無視して、そしてカクさんから丸焼きを奪い取り、マホちゃんはがっつく。
カクさんは唖然とその様子を眺め、それからコメントを求めるようにこちらを見るが、気の利いたコメントは出来そうにない。
代わりに肩を竦めると、カクさんも同じように肩を竦めた。
「まあ、俺達も食べようぜ」
幸い、マホちゃんが魔法で焼いたウォーウルフは十を軽く超え、それら全てをカクさんが担いできていた。
マホちゃんが一頭丸々食べてもまだストックはある。
俺とカクさんはマホちゃんの邪魔にならないように少しずつウォーウルフの肉を取り分けて食べる。
「いただきます」
カクさんがナイフでばらした肉を少しずつ食べる。
ハジマーリで食べたステーキよりも焼き加減にムラがあるが、それでもウォーウルフ独特の食感や味は健在だ。
今まで食べたどんな肉よりも美味い。
むしろ所々生っぽい食感があって、そこがより肉の味を引き出しているような感さえある。
「やっぱり美味いよな…」
思わず嘆息してしまう。
「カクさんはこれが初めてのウォーウルフだよな」
カクさんは頷きながらも肉から目が離れないでいた。
口に合ったらしい。
「ねえ勇者」
もぐもぐと口を動かしながらマホちゃんが声を掛けてきた。
「イタダキマスって何?」
「え? あ、ああそうか」
俺もマホちゃんも、そしてカクさんも皆それぞれ違う世界からこの世界にやってきた。
当然、文化も風習も違う。
それどころか、マホちゃんがいた世界では魔法が当然のように存在しているし、カクさんのいた世界では機竜という生物もいるという。
何もかもが違うのだ。
食事の前の挨拶がないという事もあるのだろう。
「いただきますっていうのは飯を食う前の挨拶だな」
「へえ」
マホちゃんはどことなく興味がありそうな顔をしていた。
何だかもう少しいただきます談義をしたくなった。
「食事を作ってくれた人、食材を作ってくれた人、そして俺達に食べられる動物に今日も生かしてくれてありがとうって言う訳だな」
「面白いじゃない。じゃあ食べ終わった時も何かあるの?」
「その時はごちそうさまって言うんだ」
「どういう意味?」
「食事を用意してくれてありがとうって意味かな。いや、貰った命を大切にしますよって意味かもな。どっちにしろ、俺達の飯になってくれたものに対する感謝の言葉だ」
「いただきます。ごちそうさま…うん、良いじゃない。私もこれから使う事にするわ。いただきます。いただいてます」
それからマホちゃんは再びウォーウルフに齧り付いた。
「マホちゃんのいた世界にはこういう挨拶はなかったの?」
「…ほうね。特にないわね。朝おはようって言って、夜おやすみって言うくらいかしら」
口一杯に頬張った肉を飲み込んでからマホちゃんが言った。
「それはまたバリエーション少なすぎるんじゃないの?」
「そうでもないわよ。おはようって言うのはいわばこの世界に生を受けた事を象徴する言葉。逆におやすみっていうのはこの世界に別れを告げる言葉。それ以外の事象は生きていればあり得るかもしれない事よ。そんな事にわざわざ何かを言う必要なんてあるとは思えない。食べるのは生きる上で当たり前の事じゃない? それに取って付けたように何か言うのは食べる事を美化しすぎている事に他ならないわ」
「にしてはいただきますって言葉は気に入ったみたいだけど」
「気に入ったよ。気に入ったけどね、ただそれだけの事よ…ああ、そうよね」
「どうしたよ」
「いえ。勇者のいた世界では魔法がなかったんだって思って」
「それが?」
「私の世界では魔法を使える者は真理を追究するものなの。そもそも、真理を追究するために魔法を学ぶんだもの。そして物事に偏重する事は認識を捻じ曲げる事に他ならない。それは真理を追い求める事とはまるでかけ離れているでしょう。だからいただきますとかごちそうさまとか、生きるのに必要な行動を美化するような事は言わない。ただ、私は気に入ったけどね」
「何だか、マホちゃんが普通じゃないみたいな言い方だな」
「そうね。普通じゃない。私、特別なの」
そう言うマホちゃんの表情はどこか恐ろしかった。
あまりこの話題を続けない方が良さそうだ。
「正直、マホちゃんが異常だろうが何だろうが俺にはどうでも良い話なんだけどね」
「ちょっと何よそれ。異常じゃない。特別!」
「はいはい」
「本当に腹の立つ奴よね、あんたって。それよりも勇者がいた世界の事をもっと教えてよ」
どうにかして話題を逸らそうと考えていたが、マホちゃんの方から話題を変えてくれた。
「どんな事が聞きたいんだよ」
「何が美味しいの?」
ブレないなぁ。
真理の追究のために質素倹約が大切だとか言っていた人間の言葉とは思えない。
「美味いものね…俺がいた所は世界的に飯が美味いって評判なんだけど、俺はその中でも玉子かけご飯が好きだな」
安っぽいけど、好物だ。
「玉子かけゴハン? ゴハンって言うのに玉子をかけるの?」
「そうそれ! 炊き立ての米に玉子をかけて食べると格別なんだよな」
「ゴハンなの? コメなの? どっち?」
「米を調理するとご飯になる」
「ああ、そういうこと。何か随分、安っぽいわね」
「玉子かけご飯を馬鹿にするな!」
安いけどさ、玉子かけご飯。
俺の世界の話をするのに、美味い物の代表に玉子かけご飯を挙げるなというツッコミを受けるのも承知している。
だけど好きなんだからしょうがないでしょ。
「玉子かけご飯はな、TKGはな、男のロマンなんだ! 何かテキトーな肉を食って満足するような奴がTKGを馬鹿にするな!」
「あ、うん、ごめんね…」
「分かれば良い」
マホちゃんが引き気味なのはきっと気のせいだろう。
「そう言えばハジマーリでステーキ食べたな」
スライムだけど。
「あれね。美味しかったなぁ、スライム…」
「マホちゃんの世界にはステーキってあった?」
「そりゃああるわよ」
「でもご飯は無いんだよね」
「そうね。それがどうかしたの?」
「いや、俺の世界にもハジマーリで食べたみたいなステーキって食べ物があるからさ」
「へえ。面白い偶然ね」
確かに面白い偶然だ。
違う二つの世界で同じ食べ物が存在している。
それもステーキと言う呼び名で調理方法まで同じ。
シンの意図を感じる。
根拠はない。
考え過ぎだと言われればそうだと答えざるを得ない。
ただ、こういう直感は馬鹿にならない。
とにかく、シンの意図を感じるのだ。
というかこの世界は何なんだ。
魔法が当たり前のように存在している。
俺が元いた世界の食べ物が、少し違うけれど食べられる。
それでいて俺達三人がいた世界とはまるで違う。
ここは一体どういう場所なんだろうと考えたところで意味がない事に気付く。
考えたってどうにもならないな。
今度、直接聞いてみよう。
「ねえ。他にはどんな食べ物が美味しいの?」
「そろそろ食べ物から離れない? それとも食いしん坊キャラでも目指してる?」
「誰が食べ過ぎよ!」
そんな事は言ってない。
というか、多少なりとも自覚はあったんだ。
「じゃあ勇者のいた世界はどんな場所なの? 魔法のない世界って想像出来ないんだけど」
「俺の世界?」
マホちゃんやカクさんのいた世界と比べたらきっとかなり異質だろう。
何て説明しよう。
電気がなければ何も出来ない世界?
事実だけど、ちょっと違う。
「そうだな。ええとね。強いて言えばだけど、魔法を使わずに魔法を使う世界かな」
「は?」
ああ、うん。
そうだよね。
そういう反応になるよね。
知ってた。
「要するに、エネルギーを使って遠く離れた人と会話をしたり、何年もかかるような道程を数時間で行き来したり、そういった事が当たり前のように出来る世界なんだ」
「何それ。凄いじゃん。魔法も使わないでそんな事が出来るっていうの?」
「出来るよ。電気っていうエネルギーを機械に食べさせて機械を働かせるわけだ」
「物体操作魔法みたいな感じ?」
「魔法は俺のいた世界にはないけれど、ニュアンスはきっとマホちゃんが想像しているもので間違いはないと思う」
それからも俺とマホちゃんはお互いの世界の事を聞かせ合った。
お互いの世界の事を自分の世界の知識を使って何とか理解しようとした。
何となくこうなんだろう。
そんな理解でしか自分達の世界を知る事は出来なかったけれど、それでもなかなか話の種は尽きず、そして有意義な時間であった。
「さて、そろそろ寝るけど、本当に見張りをしてもらっても良いの?」
「良いの良いの。それじゃあおやすみ」
この辺には危険な生物がいない事は分かっている。
見張りというのは口実だ。
「そう? じゃあお言葉に甘えて。おやすみなさい」
マホちゃんは自分のローブを布団の代わりにして横になった。
そして数秒後には穏やかな寝息が聞こえてきた。
話には聞いていたが、とんでもない寝つきの良さである。
何がふかふかのお布団じゃなきゃ眠れないだよ。
「やっぱスゲーなマホちゃん」
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