第14話 昼寝、再会、そして出発
さらさらと風に揺れる草の音が良い子守唄になる。
地面がほんのりと温かく、寝るにはうってつけだった。
意識がどんどん底に沈んでいく。
生まれて初めての戦闘。
そりゃあ疲れるか。
思考が鈍くなり、言語化できなくなる。
全身を微睡が包み込んだ。
意識というものを認識できるようになると薄く暗い霧が一面に広がっていた。
夢だ。
「そう夢だ。しかし、夢でないとも言える」
聞き覚えのある台詞。
「またお前か」
シン。
俺達三人をこの世界に送り込んだ張本人。
「良かったじゃないか。無事に共に旅をする仲間を見つけられて。後は無事に俺の所まで来る事ができれば、その時には元の世界に帰してあげよう」
「話を聞いてもらおう」
この前はこいつが話してばかりだった。
今度はこっちの番と行かせてもらおう。
聞きたい事がいくつもあるんだ。
「時間は少しならある。聞きたい事があるのなら言ってごらん」
「なぜ俺達なんだ?」
「というと?」
「なぜこの組み合わせなのかという事だ。そもそも俺がこうやって旅をしなくてはいけない理由は何だ」
「それについては君自身、何かしら答えに辿り着いているのだろう? それじゃダメなのかい」
「そうだ」
俺。
マホちゃん。
カクさん。
皆、何かしら事情を抱えている。
俺はこれから来る世界の危機に立ち向かうために力を与えられた。
だから俺にとってのこの旅は得た力を自分の物にするためのものだ。
正直、なぜ俺がという疑問は残るが、それを考え出したらキリがない。
こんな風な事情がマホちゃんやカクさんにもあるに違いない。
マホちゃんは分からない。
カクさんは力を得ると同時に受けた呪いを何とかするための旅であるはずだ。
「俺はお前自身の口から聞きたい」
「じゃあ俺はこう答えないといけない。俺の居城まで来る事だ。その時、全てをつまびらかにしよう」
要するに何も答える気がないって事じゃないか。
「まあそう言うな」
「言ってねーし。思っただけだし」
「他にも聞きたい事があるのだろう?」
「そうだな。ハジマーリについてだ」
「ああ。あの村ね」
「なぜ俺達三人をあそこに集めた? あの村をどうにかしたかったのか?」
「いや、偶然じゃないかな。特に思惑があった訳ではないと思うよ」
どうだか。
こいつの言う事は信用ならん。
「お前はどうしようもない犯罪まがいの事をして村を発展させようとするハジマーリをどうにかしたかった。こういう仮定を置こう。そこに丁度良くこの世界を旅する三人が現れた。今、お前は世界の神だ。何でも出来る。この時、神の力を振るうとして、この三人にはどんな方法を用いて村をどうさせるんだ?」
「ああ。仮定の話は良いね。それはあくまで仮定であって真実じゃない」
「その通りだ。その仮定の話に乗って答えてくれよ」
「その仮定に従うのなら、旅の三人には何とかして村の人間にその犯罪まがいの事を出来なくさせて欲しいと思うかな。しかも村での生活が続けられる範囲で片を付けて欲しい」
「そうか。そう思ってくれるのなら、良かった。まあこれからは好き勝手にやらせてもらうけどさ」
「それで良い」
「じゃあ次。変身」
装備を展開させた。
「おお。何だ。出るじゃん」
「次に聞きたい事はその装備の事?」
「違う違う」
鞘から剣を抜き、構える。
「今すぐ俺を元の世界に帰してくんない?」
そう言って、シンに斬り掛かる。
「おい! ちょっと!」
流石のシンも慌てた様子だ。
薙ぐように剣を振るう。
しかし剣はシンを捉える事はなかった。
シンは想像しているよりも俊敏な動きをして俺の攻撃を避けた。
「いきなり切り掛かるなんてあり得ないだろ!」
それが素なのか、少し乱暴な口調で俺を諌めた。
「うるさい! いきなりこんな異世界とか訳の分からない場所に飛ばしやがって。それこそあり得ないだろ!」
溜りに溜った不満をぶちまけながらシンに攻撃を続ける。
「俺は元いた世界にいたいの! あのぬるま湯な感じが好きなの! 俺の世界に危機が迫ってる? 俺に力を与えた? じゃあそれで良いだろ。別に俺をこんな場所まで飛ばすなや!」
何度剣を振るうが、斬撃がシンの身体に届く事は一度たりともなかった。
スローンとは違う。
スローンは分厚い壁みたいなものがあった。
対してシンは薄い紙切れに斬り掛かっているみたいな感触。
ぬらりくらりと躱される。
腹が立つタイプだ。
ふざけた事をする割にはかなりの実力者だ。
「リバウンド!」
「おっと…」
身体の動きが鈍くなった所に素早く斬りこむ。
「面倒だな」
シンが悪態を吐き、手をこちらにかざした。
次の瞬間、持てないくらいに剣が重くなった。
思わず剣を手放す。
「危ないだろ! 流石の俺でも死ぬぞ!」
「じゃあ俺を元いた世界に帰してもらえませんかね。ダイエット」
即座に魔法で剣を元の重さに戻し、それを掴む。
しかし次の瞬間にはシンが再び剣の重量を増やした。
「…」
よほど俺に剣を握らせたくないらしい。
「だから俺の所まで来たら帰してやるって」
「今が良い」
「それは無理」
「何でだよ」
「今、お前を帰すと別な世界が崩壊する」
「それが何だよ。俺には関係ない」
「俺には関係がある。それにその余波でお前がいる世界も崩壊する」
「は?」
「そういうものなの。世界っていうのは」
何それ。
いや、待て。
こいつが嘘を吐いている可能性もある。
「それが本当であると言う証拠は?」
「世界を壊して確かめるか? 俺にとってお前は重要だ。お前を殺す事だけはしない。だからお前がどうしてもと言うのなら、元の世界に帰してやろう。ただそこでお前は自分の世界の崩壊を見る。全て壊れるぞ。何もかもだ。ただ俺はお前を殺させやしない。だから世界の崩壊が始まったら俺はすぐにお前をこっちに連れてくる。それで良いか?」
「ぐぬぬ」
「そしたらお前はこの先ずっとこの世界にいてもらう。どれだけ転生しても、どれだけ長い時間を過ごしてもこの世界から出さない。それで良いなら帰してやるよ」
「悪魔の証明まがいの事を言うな。くそっ」
分かったよ。
降参だ。
そう脅されては何も出来ない。
どうやら俺はこのまま旅を続けるしかないらしい。
覚えていろよ。
こいつの望まない事をしながらこいつの所まで行ってやる。
「分かれば良いんだ」
「本当に腹の立つ奴だな」
「神だからな。今回はここまで。それじゃあ、また会おう」
俺はもうお前には会いたくないよ。
少しずつ霧が深くなる。
やがて何も見えなくなるのと同時にどこからか声が聞こえてくる。
始めは意識しなければ聞こえないくらいの声はどんどんその音量を増していく。
「勇者!」
重い瞼を開ける。
マホちゃんは俺の顔を覗き込むようにしながら頬をぺちぺちと叩いている。
「おはよう」
もう帰って来たのか。
もう少しゆっくり帰って来ても良かったのに。
いや。
もっと早く帰って来てくれればあの野郎と顔を突き合わせる事もなかったのに。
上体を起こし、伸びをする。
あれ?
「何か焦げ臭くない?」
「い、いや? 気のせいじゃない?」
マホちゃんは動揺している。
「いや、焦げ臭いって」
「そんな事ないわよ!」
ぺちん、とマホちゃんが俺の頬をはたいた。
何だ?
どうした?
何があった?
カクさんを見ると、カクさんはある方向を指差した。
その方を見ると雲が立ち込めている。
「?」
違うな。
煙だ。
しかも村の方じゃないか。
マホちゃんを見る。
「違うの。私のせいじゃないの。悪いのはあのおじさんなの。急に襲い掛かってきて、怖かったの」
スローンの奴、二日酔いでもやっぱり襲い掛かって来たか。
「でもそこの男が私を助けてくれたわ」
「それで何で煙が立ってんのさ」
「べ、別に咄嗟に魔法で村を焼き払うとか、そんな事ある訳ないじゃない」
あ、そう。
焼き払っちゃったの。
「ちょっと、笑わないでよ! 私だってやり過ぎだとは思ってるの。反省してるんだから」
これは良い。
どこか村とか街とかに寄る度に破壊活動して行ったらどうなるんだろう。
異世界の人間がシンの創った世界を壊して歩く。
シンの奴、どう思うかな。
あいつ、意外と俺達をすぐに元の世界に帰したくなるんじゃないか。
名案だ。
「よくやった」
「え?」
「いやいや。ナイスだよマホちゃん。次からもやっていこう。異世界焼き討ちツアーだ。くふふ。これは面白くなってきたぞ」
「…あんた、やっぱりクズね。本当に勇者な訳?」
「勇者が善行ばかりすると思ったら大間違いだよ」
決めた。
異世界焼き討ちツアーはともかくとして、目的地に着くまでとことんシンに嫌がらせをしていこう。
人をぬるま湯から大冒険の世界に飛ばしたんだ。
これくらいの報いは受けてもらおう。
起き上がり、尻に付いた草を落とす。
「よっしゃ。じゃあ行くか」
「ちょっと待って」
「ん?」
「この男、さっきからどれだけ話し掛けても返事もしないんだけど、どうなってんの?」
そう言えば紹介するのを忘れていた。
「名前はカク。訳あって話せないんだ。通訳は俺がするから心配しないで。大丈夫、悪い奴じゃない」
「何それ」
「皆、それぞれ事情があるのさ。マホちゃんにも何かあるだろ?」
「まあ、そりゃあね?」
「なら良いじゃん。そこそこ長い旅になるんだ。お互いの事は道中で知って行こうぜ。それよりも早く次の村まで行こう」
シン。
俺達をこの世界に連れてきた事を後悔させてやる。
自分の行いが間違いだったって教えてやる。
首を洗って待ってろよ。
絶対、後悔させてやるかな。
「急に張り切るんじゃないわよ。あっ、ちょっと待ってってば!」
愉快な仲間との旅が今、始まった。
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